第3話 頼れる男・本田菊之進と北摂の土地
時期:元亀三年(1572年)秋 〜 天正二年(1574年)秋
茨木城の南に広がる安威川水系と淀川沿いの豊かな田園地帯。そこでは、妙見党のエース級でありながら、泥にまみれて村々を巡る一人の男がいた。本田菊之進である。
妙見党、忍びをつかう山伏集団であり、傭兵集団でもある。
そこの凄腕の隠密であった菊之進だが、抜群の頭脳と人柄の良さを買われ、北摂の村々の水利調整と農地管理、そして「半農半士」の村人たちの動員配分を一手に引き受けていた。
淀川水系から安威川、茨木川の水運としての河川、農作物をはぐくむために必要不可欠な要素としての水を運ぶ領内の水街道。
元は同じ雨水、山の湧き水であったとしても、その水は人々の生活において形を変えた役割を担っている。
夏場、渇水時には水争いで、無用ないさかいを興すばかりか、死人まででるのが水問題の恐ろしさのところである。
「水争いは村を滅ぼす。安威川の井堰を改修し、上流も下流も均等に水が行き渡るようにせねばならん」
菊之進は各村の村長たちと膝を突き合わせ、粘り強い交渉で水利配分を取り決めた。
土木の知識がなければ、川堰を築くことはできない。
また、戦が起これば、どの村から何人の若者を出し、誰を村に残して田植えを行わせるかを計画しなければならない。
先の戦での働きや傷病を被ったものについてはその回復状況も考慮しなければならない。
この時代、百姓の不満がおりのように沈殿したら、時には一揆に発展する、そういったことは些細な芽の段階からなくさなければならない。
本田菊之進の、その緻密な計算と人間関係の調整がなければ、中川軍の動員力も兵糧を主とした兵站も数日持たずに破綻するであろう。
さらに菊之進は、村の若者たちの中から足が早く呑み込みの早いものを見出し、中川軍の斥候や技術者としてスカウト・育成する「目利き」の能力も発揮していた。戦の世である以上、戦は避けられない。
その戦で滅びを避けるためには、ことが起こってから対処したのでは間に合わない。備えあれば憂いは減じられるということである。
彼には呉春という聡明な娘がいる。呉春は父の知性と鋭い観察眼を受け継ぎ、北摂の種苗や植物の性質、祭りの文化を深く学ぶ心優しい乙女へと成長していた。
娘であるが故に妙見党のしきたりにも捉われる必要がない。仲の良い中川せんの縁で、おせんの双子の弟であり、寺で近隣の子どもを教育する中川清三郎と祝言を上げた。
呉春の聡明さに深く惹かれるものは多かれども、北摂にあって呉春の知性と土着の智慧に釣り合う相手となれば、数は少なかったであろう。
茨木領内の躍動する知恵ともいえる呉春が、茨木に残ることになった。このことは後に大きな意味を成すのである。




