第1話 備中高松の陣中にて(回想の起点)
時期:天正十年(1582年)四月
ここは備中の国中。泥濁りの水が、ぬかるんだ微高地を徐々に飲み込んでゆく。備中高松城を包囲する突貫工事の水堤のかたわら、吉備の湿った風が泥の匂いと腐敗した草の香を運んでいた。
羽柴本陣の裏手に位置する足守川の河畔では、小動もしない舟艇の群れがもやわれていた。瀬戸内の塩煙をその肌に染み込ませた来島水軍の幹部、来島小富士朗の姿もそこにある。
弱冠二十歳を過ぎたばかりのその引き締まった身躯には、大三島流の速舟を自在に操る海民のしなやかさが宿っていた。腰には海の民らしからぬ長脇差を差している。配下の者には木箱を持たせている。
その木箱に納まっているのは、一般的な火縄銃の半分ほどしかない、異様な長さに銃身を切り詰めた馬上筒——北摂の地で生まれた、短筒と弾丸と火薬であった。
小富士朗は鋭い視線で舟の喫水を確かめつつ、遠く本陣の幕幕の間を闊歩する男の姿を目で追った。羽柴筑前守秀吉。黄金の馬じるしを背に負い、豪奢な羽織を翻して指揮を執るその姿は、天下をその手中に収めようとする英主そのものであった。
しかし、小富士朗の胸には、拭い去れぬ気味の悪さが澱のように溜まっていた。
陣を包むあの異様な冷気。好色と冷酷さを目元に覗かせる秀吉の影——。
(あんな顔ではなかったが……)
小富士朗の脳裏に、十一年前の北摂・茨木城の光景が鮮やかによみがえる。茨木城の脇に立つ櫓の広間で、中川瀬兵衛清秀と、まだ木下藤吉郎と名乗っていた秀吉が、囲炉裏を囲んで大笑いしていた。
食卓には、まだ幼き少年時代の小富士朗が伊予の海を恋しがっていた時、清秀の妹・せんが作ってくれた、少し背伸びをした贅沢な「松山の鯛めし風の炊き込みご飯」も並んでいる。
そして、北摂の農産物や魚を調理した素朴な料理の大皿の数々。そして摂津池田や茨木の銘酒たち。それら料理を大きな口で頬張り、賑やかな雰囲気で「我らは実の兄弟じゃ」と酒を汲み交わしていたあのエネルギーに溢れたギラギラした日々。あの泥臭くもあり熱くもあり、そして温もりもあった時代に各地を駆け抜けた地上の星々たちは、どこへ消えてしまったのか。
小富士朗の記憶は、地元瀬戸内の潮風を離れ、動乱の渦中にあった摂津の山々で過ごした日々へと遡っていった。




