どうやら私は聖女だったみたいです
最終話です。
少々どころではなく、長くなってしまいました。
緩く読んでいただけると幸いです。
フォルティナ・デューク。
それが『変人殿下』の名を欲しいままにする、我が国の第二王子の名前でした。
「気分的には初対面ですよ……。
ダンスパーティーで会ったときは、ずいぶんと上手に猫を被っていらっしゃったのですね?」
デューク殿下の呼び名が『変人殿下』で定着したのは……やっぱりあの時でしょうか。
私は、3年前のとある事件を思い返します。
事件の始まりは、王都に『国境南部にモンスターの集団が侵攻してきている』との知らせが入ったことでした。
それから、お城は上を下への大騒ぎだったので非常に印象的でした。
その事件を解決したのが、なぜか"お忍び"で国境南部に滞在していたデューク殿下だったのです。
好んで、国境沿いまで出かけるフットワークの軽さ。
その理由も理解不能で『行きつけの料理屋があったから』なんていう冗談みたいなもの。
モンスターの集団を現地で退けた、という冗談みたいな功績を上げつつも、貴族界で取り上げられたのはデューク殿下の変わり者としか言いようのない行動についてでした。
「ダンスパーティーで猫を被るのは、当たり前だよ。
国の開く行事だ。それなりの体裁は整えるさ」
「……その、それっぽく振舞う能力。
是非ともヴォン殿下にも渡してあげてください」
やや呆れたように答えるのは私。
そういえばヴォン殿下は、婚約者である私を放り出してイリアとダンスに興じていましたね……少しは、取り繕って欲しいものです。
「これまでの道は、全部自分で選び取ってきたとか言ってませんでしたか?
思いっきり、城に飼いならされてるじゃないですか……」
「最低限の義務は果たしてるからこそ、ここまで自由に出来てるんだ。
僕は割と疎まれてるからね。下手するとお城に幽閉されかねないし……」
ふと浮かんだ突っ込みに、割と怖い返しをしながら
「まあ、そんなこんなでよろしく頼むよ」
デューク殿下は、いたずらに成功したような顔で笑ってみせました。
◇◆◇◆◇◆
デューク殿下の正体が分かった今。
ふとこれまでの会話が脳内にフラッシュバックしました。
「これまでの無礼をお許しください、デューク殿下」
ササッと謝ります。
「今更、そんな言葉遣いをされても違和感しかないよ。
いっそ普段みたいに『変人殿下』とでも、気楽に呼んでくれて構わない」
――まるで私が、影で変人殿下呼びしていたみたいじゃないですか!?
「不敬罪で捕まりたくないので却下です。
でも……なんで正体を隠していらっしゃったのですか?」
「面白かったからね」
へえ、思わず半眼になりました。
「なるほど。『変人殿下』の異名は伊達ではないですね」
「そう怒らないでよ」
まるで会話のペースを掴めません。
会話のペースを掴めないばかりか……
「正体を明かしていたら、こんな態度は取ってくれなかっただろう?」
――ヴォンですら知らない君の素顔が見られたようで、少し嬉しかったんだ
なんてことを、そんな大真面目な顔で言うんですか!?
わざとですかね、からかっているんですかね?
……なんか、手玉に取られてます。
こほん。
ええ、誰にも見せたことのない一面を晒してしまったことは、間違いありません。
そして、それは貴族令嬢としては間違いなく醜態と言えるようなものでした。
それを好意的にとらえてくれるとは、さすが変人殿下。
……というか、素顔→鍋を馬鹿食いってことですよね。
なにか馬鹿にされてませんか?
「……素顔ではないですよ」
「え?」
「お腹が空いていただけです。
いわば異常事態です。本当の私は別ですよ!」
――え、そこ!?
なぜか驚かれました。
これ以上は何を話しても、ずぶずぶと深みにはまっていく予感がします。
「何が面白いんですか!?」
それは、照れ隠しとちょっとした意地。
反射的に続ける特に意味のない言葉。
「ふふっ。そういうところだよ
模範的な貴族令嬢はムキにならない。
おしとやかに笑って受け流す」
もういいですよ。
拗ねた私にできることは、ただデューク殿下を半眼で眺めることだけでした。
◇◆◇◆◇◆
「なんであいつは、こんな面白い子を手放したんだろうね……」
ポツリとデューク殿下が呟きました。
「僕なら絶対に逃がさないのに」
こちらを熱心に見ながら、そんな言葉を言わないで欲しいものです。
一歩間違えたら、熱烈なプロポーズと勘違いされそうな言葉ですよ。
なんとも恥ずかしくなるような言葉を、平気な顔で……。
「ヴォン殿下とイリアは、互いを好きあってましたから。
大した魔力も持たない私より、あの子の方が良かったんでしょう」
すました顔でそう返します。
イリアは、魔法のエキスパートでした。
根っこから腐ってる令嬢ではありますが、その魔法の才能だけは認めないわけにはいきません。
「そんなこと。魔力なんて些細な問題だろう?
君には聖女の力がある」
聖女、縁遠そうな言葉です。
心当たりが全くないので聞き違えかと無視していましたが……
「聖女の力というのは、伝説の大聖女の生まれ変わりだけが宿す……奇跡の力でしたか?
恥ずかしながら、私は魔力不足で満足に魔法も発動できないです。
そんな偉大な力が、宿ってるはずがないじゃありませんか?」
「……冗談で言ってるんじゃないよね?」
「そちらこそ……」
――うっそでしょ、兄上……
啞然とした表情で、空を仰ぐデューク殿下。
「いいかい、よく聞いて」
真剣な表情でこちらに向き直ると、デューク殿下は聖女の力について説明を始めました。
曰く、普通の魔法とは違って"人から譲り受けた魔力"を利用して、祈りの力で様々な現象を起こすのが「聖女」の魔法だとのこと。
曰く、仕組みが通常の魔法と違うので、聖女が魔法をまったく使えないのは当然だとのこと。
「今更、そんなことを言われてもピンと来ませんよ。
やっぱり人違いだと思いますよ?」
役立たずの烙印とともに、パーティーを追放された私です。
あまりに非現実的な『聖女』の話を前に、どうしても否定から入ってしまいます。
「ちょっと、これを持ってみて?」
否定を繰り返す私に、デューク殿下はキラキラ輝く宝石を渡してきました。
瞳と同じエメラルドグリーンの輝き。
私は宝石をそっと手のひらにのせると、首をかしげてデューク殿下を見つめました。
「それには、僕の魔力が込めてある」
「……私が聖女なら、この魔力を使って力を行使できるはず。
そういうことですか?」
自信満々にうなずくデューク殿下、その自信が羨ましいです。
私は、そっと宝石に込められた魔力を探ります。
――うん、量は微弱だけど透き通って癖のない魔力
宝石に込められた魔力は微弱です。
でも、私はパーティーを追放されるレベルの少ない魔力しか持っていなかった身。
これでも少ない魔力をやりくりするのは得意です!
……魔力が少ないからこそ、効率を極限まで追求する必要がありましたからね。
「魔力が馴染まなかったらごめんね。
その魔力を使って……う~ん。バフ、なんて言っても通じないかな。
僕が朝食を取ってこられるよう、無事に帰ってこられるよう……応援してくれない?」
「分かりました」
魔力で応援、どういうことでしょうか?
……なんとも抽象的なことをおっしゃいますね。
どうせ、聖女の力なんて振るえるとも思えません。
なかばやけくそのように宝石を握りしめると
――明日の朝食はあなたにかかっています! 頑張ってください、変人殿下!
そう祈りを込めて、宝玉に押し込められた魔力を解き放ちます。
優しくマイペース、そんな殿下らしい色を纏った魔力。
1片の魔力も無駄にしないように。
ふわっと優しい光がデューク殿下を包みました。
他人から魔力を譲り受けて力を行使。
まさか成功したとでも言うのでしょうか?
「どうですか?」
「これが聖女の力か!
いやいや、想像してたけどすごいね……」
しみじみと呟くデューク殿下。
成功したというのなら、内心では私も驚きでひっくり返りそうでした。
通常、他人の魔力を使って魔法を行使するのは不可能と言われています。
そうでなければ、私も魔法がほとんど使えず『役立たず』の烙印を押されることはなかったでしょう。
「あ、宝石が少し濁ってます…。
ごめんなさい、魔力使いすぎたかもしれません」
いくら聖女の力が使えたっぽい、といっても自信満々とは行きません。
どれほどの効果が出ているのかは不明。
そのくせ、込められた魔力は目に見える形で減っています。
「あ、大丈夫。
鍋の火付けに使った余りものだから」
「そんなことに、こんな貴重そうな宝石を使わないでくださいよ……」
「大丈夫、何度でも使えるから」
そうですか。
もう突っ込む元気もありません。
「ということは――?」
「想像以上の効率だ。最高といっても良いよ。
うん、体がとても軽やかだ。羽が生えたように軽い気がする」
よく分かりませんが、デューク殿下が喜んでいるので「成功」と言ってよいだけの効果はあるのでしょう。
なんということでしょう、私は聖女だったようです。
「あまりに調子が良い。ちょっとひと狩り行ってこようかな」
「い、今からですか? 夜の森は危ないですよ」
「なに、心配してくれるの?」
「おもに自分の身を心配しています。……ここに居てください」
ふと、こんなわがままを言ってしまいました。
心細いものなんですね。
1人で森の中で夜を過ごすというのは。
ここで、デューク殿下と会わなかったらそんな感情は抱かなかったでしょう。
「君の口からそんな言葉が飛び出すとはね。
大丈夫、ちゃんとここにいるよ」
この人との会話はこんなに気楽です。
思い返せば元のパーティーメンバーとは、こんな穏やかな時を過ごした覚えがありません。
「お休み」
その言葉を最後に、私の意識は闇の中に沈んでいきました。
◇◆◇◆◇◆
「起きて、起きて」
ゆさゆさ。
揺すられる感触で、うっすら目を開けました。
いつの間にか太陽が昇っていました。
ここは――?
「デューク殿下!」
バッと飛び起きました。
まさか、モンスターはびこる森の中でここまで熟睡していまうなんて……。
不覚です。
「少し離れた場所で、モンスターの気配と……パーティーの気配。
襲われてるみたいだね」
「遠征の最中ですし。
モンスターと接触したなら、戦うのは当然なんじゃないですか?」
眠気でやや頭がぼーっとしていますが、そう返します。
デューク殿下は「それはそうなんだけど」と考え込むと
「2人倒れてるみたいだ。
まともに戦えそうなのが、あと1人しかいない。
少々やばいかもしれない」
そう補足してきました。
身の安全だけを考えるなら、ここに留まるべきなのかもしれませんが……。
「どうしますか?」
否、自分の身のみを可愛がるような生き方は貴族令嬢として相応しくありません。
いいえ、違いますね……。
私のことを起こしたのです。
デューク殿下は、きっと助けに行くことを既に決断しているのでしょう。
ならば……私は、その足かせにはなりたくない。
そして、できることなら……。
――この力で手助けがしたい。
自然とそう思いました。
「もちろん、助けに行くんでしょう?」
「モンスターと戦いになるかもしれませんよ。本当に良いですか?」
「はい、その代わり。ちゃんと守ってくださいね?」
――あたりまえ。
返ってきたのはそんな頼もしい応え。
「じゃあ、向かうよ。背中に掴まって?」
え……?
なるほど、言われてみれば当然ですね。
おんぶで移動?
こほん。
そんなこと、意識している場合ではありませんね。
「それともお姫様だっこが良い?」
「結構です!」
背中にジャンプで飛び乗ります。
「着いたら全滅したパーティーが待っているとか嫌ですよ。
早く向かいましょう!」
照れを隠すように、早く移動するよう催促します。
デューク殿下が面白がるように笑ったのは、見なかったことにしておきましょう。
◇◆◇◆◇◆
「な、貴様は……!」
モンスターとパーティーが戦っていると言われている場所。
向かった先にいたのはヴォン殿下のパーティーでした。
立っているのはヴォン殿下1人。
その背後には腰が抜けたのかへたりこんでいるイリア。
ロキとジークは満身創痍で、地面に突っ伏しています。
「おまえの仕業だったのか……!?」
「助けにきたつもりでしたが、必要ありませんでしたか?」
イリアを背中に庇うように、モンスターに武器を向けています。
相手は……ドラゴン。
その巨体を相手に、殿下の操る剣はあまりにちっぽけなものでした。
「おまえがモンスターを呼び寄せたのだな!
復讐のつもりか?」
「そんなわけないでしょう……」
あんな言いがかりをつけるとは、まだまだ元気がありそうですね。
全力で見捨てたい。
……ですけれど、そういうわけにもいかないですよね。
私はデューク殿下の背中から降りると
――お願い、治して
そんな祈りとともに宝石を胸に抱きました。
そして怪我が治ったなら戦って、という本音。
なぜこんな森にいるのか分からないけれど、相手はドラゴン。
モンスターの中でも危険ランクは最高に位置付けられている相手です。
――デューク殿下だけでは厳しいかもしれない
「なっ――」
「傷が治っていく……!?」
驚いた声を上げるロキとジーク。
曖昧な祈りでしたが、きちんと効果が発揮されたようで一安心です。
「さすがは聖女様の祈りの力だね。
びっくりしたよ、あれだけの傷を一瞬で治すなんて」
デューク殿下が、そう声をかけてきました。
私もびっくりです。
高位の回復魔法でも、こうはいかないでしょう。
聖女の魔法、どうやら想像以上のものかもしれません。
「な? 聖女だと!?」
――それにデューク、なぜ貴様がここに!?
ヴォン殿下は、驚愕の表情を浮かべます。
「僕だって遠征ぐらい参加しますよ。
モンスターに襲われていそうなパーティーを発見したから、助けに来てみただけですよ」
「そいつが聖女だと? 何かの間違いだろ!?」
憎々しげな表情で、こちらを見てくるヴォン殿下ですが……
ふと何かを考え込むような仕草を見せると
「マリアンヌ。
パーティーからはぐれてしまってみんな心配していたよ。
君のことは、ずっと心配していたよ」
奇妙な笑みを浮かべて、猫なで声でそう私にささやきかけました。
その態度には、ふつふつと静かな怒りが湧いてきます。
――あれだけのことをしておいて
その一言だけで、すべてをなかったことにできると思っているのでしょうか?
出てきたのはとげとげしく、空気を凍らせるような冷たい声色。
「白々しいですね。
あなたが何をしたのか、忘れたわけではないでしょう?」
「誤解だよ、愛しのマリアンヌ。
こうして再会できたことを神に感謝しないとだね」
身振り手振りで、再会を喜んでいることを表すヴォン殿下。
そんな元婚約者の行動は、何一つとして私の心を動かすことはありませんでした。
聖女の力を持っていることが分かっただけで。
そこまで綺麗に手のひらを返しますか。
ああ、本当につまらない人だったんですね。
私は、ヴォン殿下に冷たい視線を送ります。
そんなことよりも。
今は、目の前の脅威を排除しなければなりません。
「デューク殿下。
ドラゴン、どうにかなりそうですか?」
ドラゴンの巨体。
今まであったモンスターとは格が違うということを、否が応でも意識してしまいます。
「やってやれないことはないかな。
昨日のやつ、お願いできる?」
それでも返ってきたのは、そんな頼もしい答え。
私は黙ってうなずくと
――この人を守って。
――ドラゴンなんかに負けないで
宝石を抱きしめ、静かに祈りを捧げました。
胸の中の宝石から、デューク殿下の魔力を感じます。
私にできるのは、こうして祈りを捧げるだけ。
それでも聖女の力はきっと応えてくれるはずです。
これまでにないほどの光が、デューク殿下を包み込みました。
まばゆい光。
あたたかな光。
私は確信しました。
間違いなく、成功した。
今やれる最大限の力で、デューク殿下を祝福できた、と。
デューク殿下に微笑みかけます。
彼も、私に微笑みを返します。
「すぐ終わらせる。
今日の朝食は期待しておいてくれ」
ここから先、私の目では何が起きたのかを正確に把握することはできませんでした。
印象的だったのは、騎士団長の息子であるジークですら驚愕の表情を浮かべていたこと。
性格は置いておくにせよ、彼の実力は本物のはずで。
そんな彼ですら、あんぐりと口を開けていたのですから。
次の瞬間、視界に入ってきたのはバラバラに惨殺されたドラゴンの死体でした。
「は――?」
そう。意味が分からないことですが。
あれだけの威圧感を放っていた巨大なドラゴンは。
……次の瞬間には、バラバラ死体になっていました。
うそ……。
◇◆◇◆◇◆
「あなた様は、まちがいなく聖女の力を生まれ持った尊きお方。
まごうことなき聖女様です。
この結果も、聖女様のご加護のおかげです」
ドラゴンをデューク殿下が瞬殺してくださった直後。
デューク殿下は、まるで今までの振舞いとは別人のような態度を取ってきました。
「デューク殿下、どうしてしまったというのですか?
止めてくださいよ」
「ありがたいお言葉です、聖女様」
デューク殿下が、なぜか私に跪いています。
何が起きているのでしょう?
「顔をあげてください」
「はい、仰せのままに」
「……今まで通りでお願いします」
私には、デューク殿下の変わりようが理解できませんでした。
ドラゴンの討伐に少なからず「聖女」の力が関わっているのであれば。
その力が強大であることは疑いようがないことです。
そして。
――ものすごく孤独です
「……聖女様がそうおっしゃるのなら、分かった。
でも、覚えておいてね。
この国で聖女様の力は、最後の希望なんだ」
デューク殿下が言葉を続けます。
「何があっても守らなければならない国の宝なんだ。
……その命は、国の王子よりも重い」
そんな大事なお方を、パーティーから追放して殺そうとしたんだ。
――さて、覚悟はできてるよね
ギロリ、と。
デューク殿下が、ヴォン殿下たちを睨みつけました。
「そ、そんな。誤解です! 信じてください、デューク殿下。
その女が『聖女』だなんて、そんな馬鹿な話はありません」
イリアが、瞳をうるうるさせてデューク殿下を見つめますが
「なら、さっきの力はどう説明するつもりだい?」
と返され、あっという間に沈黙しました。
「ま、マリアンヌさんは権力に物を言わせて、これまでも酷いことをしてきた。
やりたい放題してきた悪女なんです!」
「事実無根です。
なんなら自治団に調査を依頼してもらっても構いませんよ?」
ギリっと歯ぎしりするイリアに、こう返します。
堂々とした態度で。何も後ろめたいことはありませんから。
家名に誓って、名を辱めるようなことは何もしていません。
「こうして私が無事にデューク殿下と合流できた時点で、チェックメイトです。
全てが浅はかなんですよ、あなたの行動は」
「何なのよ、あんたは!」
癇癪を起こした子どものように駄々をこねるイリアさん。
キッと刺すような視線を向けてきました。
「悪役令嬢なら、悪役令嬢らしくさっさと追放されなさいよ!
聖女? 知らないわよ、そんな設定!」
もはや何のことか意味の分からない、ヒステリックな叫び。
デューク殿下は、そんな彼女をどこか憐れむように眺めていましたが
「このことは全て国王に報告しておく。
君たちパーティーが、聖女様にしでかしたことを一部始終ね」
最後通告を叩きつけました。
ジークとロキが、何かを諦めたような表情で俯きました。
ヴォン殿下は、ただ一言。
「俺は、どうなる?」
「良くて離れの塔に幽閉か。
廃嫡もあり得る」
「そこまでの事か……」
「そうだな……」
二人の王子の簡素なやり取り。
「ちょっと!? ヴォン殿下!
ロキもジークも!
何とか言ってよ、このままだと私たちみんな大罪人よ!」
イリアの言葉は、空虚に響くだけでもはや誰の心にも響きません。
私が本当はイリアの言うような性悪な令嬢ではない、ということをこの場にいる全員が理解してしまったから。
「選択肢をあげるよ。
このまま学園まで戻るか。
……そのまま国外に逃げるとしても見逃すよ」
デューク殿下は、ヴォン殿下にそう告げました。
どこまでも冷たい声色は、肯定以外の返事を許さぬもので。
「私もそれで良いと思います」
私も、デューク殿下に同意。
もともと冤罪さえ晴らせれば、十分だと思っていました。
実際の罪の中身、そのような面倒ごとに関わりたいとは思いません。
「嫌よ! 国外追放なんて、冗談じゃないわ!
みんなどうして信じてくれないのよ!
そいつが聖女なんて全部うそっぱち!
そいつは、私を殺そうとした極悪令嬢よ!」
「静かにしてくれないか、イリア嬢」
ついに我慢の限界を超えたのでしょうか。
声を上げたのはロキでした。
「ヴォン殿下が言えないようだからハッキリ言おう。
……往生際が悪い」
――おまえの企みは失敗したんだ。
去り際ぐらい潔く去ろう、と。
「このパーティーは、罪の象徴だ。
ヴォン殿下が国外を選ぶなら、俺もジークもついていくさ」
「心配するな。おまえを放り出すつもりはないさ。
やり直そう。俺たちは、たぶんイリア嬢に依存し過ぎていたんだ」
ロキとジークはこちらに向き直ると
「すまなかった、マリアンヌ様。
謝って許されるとは思っていないが、本当にすまなかった」
深く頭を下げてきました。
「どうでもいいです」
本当に。
今更、としか言えないですからね。
「このパーティーで国外に出る。
盲目的に、都合の良いことを信じるだけではなくて。
今度こそ、一から信頼関係を築きあげよう」
――そして、いずれは国を裏から支えられるパーティーになってやろう
決意を新たにしたヴォン殿下は、力強くそう呟きました。
それを聞き届けたデューク殿下は
「期待しているよ」
とだけ言い残してきびすを返しました。
そして、私の手を引っ張り彼らとは逆の方向に歩き始めました。
◇◆◇◆◇◆
「何から何まで勝手に決めちゃったけど。
これで良かったんだよね、聖女様?」
森の中を歩きながら。
デューク殿下は確認します。
「何がですか?」
「ヴォン殿下たち」
「ああ……。
デューク殿下が決めたことですからね。
その意志を尊重しますよ」
「寛大な措置、感謝しますよ聖女様。
聖女様に対するあの者たちの態度は、本当に取り返しのつかないものだった。
全員一族郎党皆殺しにしろ、と言われてもおかしくないほどなんだ」
――この国では、聖女の地位はどうなっているんでしょうかね!?
小心者の私は、ちょっと恐ろしくなってきましたよ。
「ねえ」
「なんですか、聖女様?」
「その……。聖女様っていうの、止めてくれない?」
距離を置かれてるみたいで寂しいから。
しょんぼりしながら、そうお願いしてみると
「もちろんだ、もともとそのつもりだったよ。
言っただろ? 公の場ではちゃんと猫を被るって?」
あの場は公の場だったのでしょうか?
曲がりなりにも罪人の処置を独断で決めたわけで、確かに公の場とも言えますね。
「マリアンヌって呼んで良い?」
「ええ」
「僕のことも『デューク』って呼び捨てでお願い」
キラキラっとした無邪気な笑顔で、そんなことを言ってきました。
たかだか、呼び方1つですが距離が一気に縮んだような気がしますね。
「デューク」
「なーに?」
「……お腹が空きました」
「焼けるまで時間かかりそうだから、もうちょっと待ってね」
くるり、くるりと。
デュークは串刺しにされたドラゴンのお肉をひっくり返します。
そう、目の前ではデュークが惨殺した例のドラゴンが焼かれています。
ぱっと見、美味しくはなさそうですが……。
まあ食べてみてのお楽しみ。
「マリアンヌは、優しすぎるんじゃない?」
「なにがですか?」
「ヴォン殿下たちの罪状だよ」
さっきの話の続きですね。
「デュークが代わりに怒ってくれましたから。
私のこれまでの頑張りを認めてくれた。その上で、あの扱いを怒ってくれる人がいた」
――それだけで十分報われた気がしたんです。
だから、罪の中身なんて何でも良かったんですよ。
あなたの優しさに、心から感謝を。
「マリアンヌはさ、もう王子の婚約者なんて立場はこりごりかもしれない」
「急にどうしたんですか?」
「真面目な話……」
デュークが深刻な表情を浮かべています。
そのくせ、肉の焼き加減を見る手は止めないのが見ていて面白いです。
「ヴォン殿下がこの国の王になる可能性は、実質ゼロになっちゃったからさ。
被りたくもない王冠を被らないといけなくなっちゃったわけよ」
――でもさ、継ぎたくもない地位だけどさ
「マリアンヌ、君と一緒に進んでいけたら少しは楽しいかもって思えたんだ。
この国は、これからもっと良くなる。どうかな?」
「それって――」
そういうことでしょう。
それは、とても彼らしいお誘い文句でした。
だから、私も満面の笑みで。
「喜んで」
そう返事を返すのでした――
少しでも面白いと思って下さったかたは、ブクマ・評価をしていただけるととても嬉しいです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。