第48話 許せない
気が付けば私は、白いベッドの上で横になっていた。
「──気が付いたか」
目を覚ますと同時に聞こえた声。
首だけを動かすと、エリスが心配そうに表情を暗くさせながら私の手を握っていた。
「もしかして、ずっと居てくれたの?」
「勿論だ」
即答だった。
「私は、どれくらい寝ていたのかな」
「二時間と少しだな。……急に声を荒げたかと思えば気を失って、大変だったんだぞ?」
「ごめんなさ──」
「それ以上は何も言うな」
口にした謝罪の言葉は、エリスによって遮られた。
上半身だけ起こした体を引き寄せられ、純白の鎧の胸元に頭がコツンと当たる。
──抱きしめる彼女の体は、微かに震えていた。
「良かった……紛れもなく、カガミだ」
「……何それ、私は私だよ」
冗談めかしてそう言っても、エリスの震えは収まらない。
逆に締め付けが強くなり、鉄より硬い胸元に押し付けられて顔が痛い。
「怖かった」
「エリス……?」
いつもの強い意志を持った口調ではなく、とても細くて弱々しい……そんな声がエリスの口から発せられた。
「目が覚めたら、またカガミはカガミではなくなってしまうのではないかと……お前が眠っている間ずっと心配だった。でも、そうならなかったことが何よりも嬉しい」
……エリスは一度、私の嘆きを聞いている。私の本当の心を聞いている。
次に目を覚ました時もそうなってしまうんじゃないかと心配になって、ずっと私の側でこうして手を握ってくれていた。
「私は、大丈夫……じゃなかったけれど、今は大丈夫」
今はあの時のような、痛いくらいに感じた胸の鼓動はない。
視界も普通に戻っているし、最後に聞こえた声も聞こえない。
……そうだ、声。
「エリス。私、気絶する直前に声を聞いたんだ」
「声だと? ……それは、どんなだ?」
私は周囲に人が居ないことを確認して、ゆっくりと口を開く。
「【コロセ】って」
エリスが目を見開く。
だけどすぐに真剣な表情に戻った。
「それは、アトラク・メレヴァの声なのか?」
その問いに、私は首を振った。
「……わからない。何個も重なっていて判別出来なかった。でも、多分メレヴァなんだと思う」
いや、正確にはメレヴァだけじゃないんだと思う。
それを話すと、エリスは怪訝に眉を顰めた。
「アトラク・メレヴァだけではない?」
「私の中からメレヴァは出て行った。今の私に残っているのは残滓。それが私の奥深くの場所で絡まって、自我を持っている……んだと思う」
「つまり、メレヴァ本人ではない。ということか」
「うん……」
私の奥深い場所。
それは私の根本にある場所でもあって……もしかしたらあの声は、私自身も望んでいたことなのかもしれない。
「本当に、今は何も聞こえていないのだな?」
「……大丈夫。何も聞こえない」
真っ直ぐに見つめられ、私も嘘偽りがないことを示すために見つめ返す。
時間にして3秒。ようやくエリスは瞳を閉じ「それなら良かった」と安堵の息を吐いた。
「にしても、急に気絶するとはな……やはりカガミは、そのなんだ……」
「……私は、やっぱりまだおじさんを許せていないんだと思う」
「…………そうか。やはり、そうだったのか」
エリスは何とも言えない表情になった。
それはそうだろう。
彼女が忠誠を誓っている国王を、私が殺したいほど憎んでいる。
その中間に立たされたエリスは、どうしたらいいのかと頭を悩ませることになっている。
「カガミの気持ちはわかる。……だが、私とて騎士だ。主君が傷付くとわかっていながら、それを見過ごすことは出来ない」
「……うん。それも理解している。でも私は、この気持ちを抑えることは出来ないと思う。おじさんは全ての始まりであって、私がこうなった全ての元凶だから」
アトラク・メレヴァは長い間、人の手によって封印されていた。
その憎しみも相まって、私はガイおじさんを殺すことに躊躇いがなくなっている。
……今になって、あの時気絶して良かったと本当に思った。
もし私の中の何かが暴走してしまい、様々な騎士が見ている前で王様に襲いかかったら……きっとエリスは私を庇えなくなる。
そして私は、もっと重い罰を下されることになっただろう。
「とにかく、今日のところは帰ろう。動けるか?」
「……まだ、若干気怠いかな」
「ならば背負ってやる。……ほら、私の背に乗れ」
くるりと背を向け、エリスは自分の背中を叩く。
「え、でも……悪いよ」
「何が悪いものか。病人は大人しく保護者に従っていろ」
「本当に悪いよ。私は調子が良くなるまでここに居るから、エリスは先に──」
「ダメだ」
ぴしゃりと放たれた力強い言葉に、私は言葉の続きを言えなくなった。
「ここに居るだけでお前にとってはストレスだろう。そんな場所に、お前を置いて行けない。……それに、お前を離さないと誓ったからな」
「──っ!」
「どぅわ!?」
私は感極まってベッドの上から、エリスの背中にダイブした。
その拍子に顔面をぶつけるけれど、そんなの私は気にならなかった。
「ちょっとカガミ! 乗っていいとは言ったが、急に飛び乗るのは──!」
「ありがとう。ありがとう、エリス……」
エリスの背中に顔を押し付けて、私は何度も「ありがとう」と繰り返した。
きっと今の私は、酷い顔をしている。
だから、エリスには見せられない。
「…………ったく、泣き虫だな、カガミは」
エリスは呆れたようにそう言った。
でもその口調は、どこか優しかった。




