第47話 抑えきれない感情
私はエリスに連れられ、王城まで来ていた。
「カガミ、大丈夫か?」
「……うん、まだ……大丈夫だよ」
不思議な感覚だ。
最初に王城の門をくぐった時は、ワクワクした明るい気持ちだったというのに……今の気持ちはその真逆。この場所が全ての始まりの場所だと思うと、私の中に燻っていた感情がふつふつと湧き出てくる。
これが我慢出来なくなって、暴走してしまえば……きっと私は、二度と戻ってこれなくなる。
とても危険な状態にあることは理解していたけれど、まだ制御出来るレベルだ。
王城を見ただけでここまでなのだから、実際にガイおじさんと会ったらと思うと…………って、ダメだ。今から心配になって挫けてどうする。
私はエリスに「大丈夫」と言ったんだ。
最初か躓いてしまったら、何も変わっていないじゃないか。
勿論、無理はしない。
だけど、この機会に私の限界を知っておきたかった。
「……辛くなったら、すぐに言ってくれ」
エリスはそう言い、私の手をぎゅっと繋いで歩き出した。
「お待ちしていました。エリス様、カガミ様。こちらへどうぞ」
兵士は私が原因でこの前の事件が起こったことなんて知らない。
だからとても親切に私達を案内してくれる。
……これで事実を知ったら、彼はどうなるのだろうか。
私を敵視するのかな。
睨みつけてくるのかな。
剣を抜いて斬りかかってくるのかな。
色々な考えが頭を巡って、私は不安に煽られる。
嫌な考えばかりが思いついてしまって、急に私は歩いている感覚を失った。
足は動かしていると思う。
でも、ちゃんと進めているのか。
私は二本の足で立っているのか。
それが、わからなくなった。
「──カガミ」
そんな時、ぎゅっと抱きしめられる感覚と共に、私の意識は現実へと引き戻された。
「えり、す……?」
「大丈夫だ。不安に思うことなんてない。お前は、こうやって戻って来られたではないか」
エリスは約束通り、私を守ってくれた。
どうしようもない不安の底から、私を引き戻してくれたのだ。
「約束しただろう。お前が助けを求めるのならば、絶対に手を差し伸べてやる。……不安になるなとは言わない。だが、私だけでもいいから信じてくれ」
私はあの件があってから、人を信じられなくなった。
でも、エリスだけは信じることが出来る。
命懸けで私を助けてくれた彼女のために、私も彼女の意思に報いたい。
「うんっ……! ありがとう、エリス」
エリスは微笑み、私の頭を撫でてからまた歩き出す。
その手は、互いに繋がったままだった。
◆◇◆
エリスのおかげで気持ちが少し楽になった私は、兵士に応接室に案内された。
初めて王城に来た時に案内された部屋と同じ場所だった。
でも、あの時のような明るい雰囲気はそこに無かった。
気持ちが暗くなってしまっているのではなく、単純に私は緊張していた。
最初とは別の緊張感は私の口数を減らし、エリスはそんな私を優しく見守ってくれている。
そこに会話はなかったけれど、エリス以外の人が存在しないこの空間は、とても安心することが出来た。
「なぁ、カガミ」
ふと、エリスが静かに口を開いた。
「やっぱり、帰った方がいいのではないか?」
それは私に対する優しさから出た言葉だったのだろう。
エリスは俯き、ポツリポツリとその本心を口にしていく。
「カガミは十分頑張っている。あの事件だって、カガミなりに頑張って動いた結果だ。……失敗に終わってしまったからこうなったのは痛いほどに理解している。だが、やはりそのことでカガミが裁かれるのは……許容出来ない」
それを聞いた私は、驚きすぎて言葉を失っていた。
だってそれは国王の決定に背く考えで、根っからの騎士であろうとするエリスの口からは絶対に出ないようなことなのだから。
「カガミは我慢出来ないと心配しているようだが、私も心配なのだ」
「……エリスも?」
「ああ、そうだ。私だって今回のことで思うところはある。だからこそ、カガミがいいように振り回されているのが気に食わなくて、仕方がないのだ。こちら側の勝手で不幸にさせ、最後は罪を与えるなど……胸糞悪くて我慢ならない。…………と言っても、私が言えた立場ではないのだがな」
さっきからかなり危険な発言をしているけれど、大丈夫なのかな。
でも、きっとこれがエリスの本心なのだろう。
それは私のために怒ってくれていて、私を何よりも優先してくれている。
……それが、素直に嬉しかった。
「大丈夫だよ、エリス」
正直に言ってしまうと大丈夫ではない。
だからって逃げ続けることも違うと思った。
「私は、大丈夫」
──コンコン。と、扉が叩かれる。
ちょうどいいタイミングで迎えが来たようだ。
「行こ? 王様が待っている」
不安そうに表情を暗くするエリスの手を引き、私は部屋を出る。
そして連れて来られたのは、とても豪華な装飾が施された大きな扉の前だった。
以前にも案内された『王座の間』だ。
そこがゆっくりと開かれ、中の様子が少しづつ見えて来た。
エリスの同僚である騎士達がズラリと並び、赤い絨毯の先には王様のみが座ることを許されている玉座が鎮座している。
その王座にどっかりと座るその人こそが、この国の王、ガイウス…………。
「ぅ、あ……」
──ドクンッ!
と胸が大きく鼓動した。
途端に呼吸が困難になり、心臓を抑えて数歩後ろに下がる。
そんな中、どうには呼吸をしようとするせいで息は荒くなり、背中に変な汗が伝う。
「カガミ……?」
ガイおじさんを見ているだけで胸がざわめき、私の中から、もう一人の何かが出てくるような感覚に陥った。
それがとてつもなく悍ましいものに感じてしまい、私は咄嗟に腰に手を伸ばし、しかしそこに求めるものが無かった私の手は空を切る。
──その手が伸びたのは、漆黒の剣があった右の腰だった。
「あぁ……そう、か……」
私は理解してしまった。
やはり私は、まだ何も許せていなかったのだと。
目の前にいる元凶を、どうしようもなく憎く感じてしまっているのだと。
今一瞬、本気で彼を殺そうとしていたことを、私は理解した。
でも不思議と、それに対しての罪悪感は無かった。
それが当然のことだと思ってしまったのだ。
私は国王の『面白そうだ』というしょうもない理由で巻き込まれ、密かに憧れていた学園生活は苦渋の思い出となった。
その結果、私が魔王の器と成り果て、魔王が復活するという最悪の結末を招き、私はその罪を着せられる。
私の心の弱さも問題なのだろうが、そもそも国王が魔剣アトラク・メレヴァを私に渡さなければ、何も始まることはなかったのに……。
一度全てに絶望してしまった私は、もう歯止めが効かなくなっていた。
今、地を蹴ってガイおじさんの首をへし折ろうとしていないのは、単にエリスの存在があるからだ。
つまり、この場にエリスがいなかったら、私はすでに彼を殺しに掛かっていた。
「はぁ、はぁ……」
目が血走るのを感じる。
視界が徐々に赤く染まり、国王ただ一人だけが鮮明に映った。
【コロセ】
──ドクンッ!
心臓が強く、痛いくらいに飛び跳ねる。
「──っ、あぁああああああ!!!!」
そこで私は、自らの意識を手放した。




