第46話 燻る心
その次の朝、王城から送られてきた兵士が、エリスの屋敷を訪ねて来た。
「カガミ殿、エリス様。国王陛下がお待ちです。王城までご足労いただきたい」
エリスは一度断った。
私は傷を負って消耗している。それに、私をもうこの国と関わらせない。強くそう言ってくれたけれど、兵士の人は「命令ですので」と頑なだった。
「命令だろうと従うわけにはいかない」
エリスは私を守ると誓ってくれた。
だから命令だろうと私を絶対に王城に近づかせないと譲らなかったけれど、そのせいでエリスの立場が危うくなるのは避けるべきだと思った。
自分のことを放り投げて他人を優先したんじゃない。私が大好きなエリスが悪くなるのはもっと嫌なんだ。
「エリス……王城に行くよ」
本音を言ってしまえば私は王城に行きたくなかった。
もし行ってしまったら、私はもう我慢出来ないと思ったから……。
私が今まで悩んできたことを、ガイおじさんにぶちまけてしまいそうで、嫌だった。
ガイおじさんにほぼ強制的に入学させられてそこで虐められて……我慢出来なくなった結果、私は多くの被害を巻き起こした。
私は悪くなかった。途中まで私はただ巻き込まれていただけだった。そのはずなのに、いつの間にか私は悪くなってしまっていた。
全ては王国側が悪いんだと理解していた。
でも、最終的に迷惑を掛けてしまったのは私の方なのだ。
「行ってしまったら、カガミは罪を受けることになる。それでは私の誓いは──」
「良いんだよ、エリス。これは私の罰だから……逃げたらダメだと思うんだ」
「……だが、理不尽だとは思わないのか?」
エリスの言いたいことは理解している。
それでも私は罪を背負ってしまった。
それ相応の罰は受けるつもりだ。
「エリス、私を連れて行って?」
「──っ、いや、だ……! 嫌な結果になるとわかっていて、お前を連れて行くなんて……私には出来ない」
「お願いだよ。私は大丈夫だからさ……ね?」
「……くっ!」
酷なことを言っているのは自覚していた。
一度守ると誓わせたのに、他ならぬ私がそれを破らせようとしているのだから。
でも私は、一度決めたことは曲げない。
それはエリスもわかっているはずだ。悔しそうに顔を歪め、力無く「準備してくる」と口にして、兵士を連れて部屋を出て行った。
「さて、私も準備しなきゃ──」
そう言って手を伸ばした先には……何もなかった。
「ああ、そうだ。エリスの剣。失くしちゃったんだった」
それを理解した瞬間、途轍もない虚無感が私を支配した。
……私は、あれを池に捨てられた衝動で反転してしまったのだ。
「そういえば、あいつらはどうなったかな」
思い浮かべるのはクラスメイトの女子達とそれの取り巻き連中の顔だ。
殺してはいない……と思う。多分。
私がやったのは全ての魔力を奪い尽くした程度だ。強制的に全てを抜き取ったので、二度と魔法を扱えない体になったとは思うけれど、最悪命までは取っていないはずだ。
「まぁ、どうでも良いか」
アトラク・メレヴァに半分意識を乗っ取られていたとはいえ、もう半分は私の意思で動いていた。あの時、エリスに言った言葉は全て真実であり、紛れもない『私』だけの気持ちであった。
一度それを自覚してしまったら、もう彼らに優しさなんて与えられない。
ガイおじさんや先生、他の人にだってそうだ。関係ない人と親切に接することの無意味さを知った私は、もう二度と私が認めた人以外に優しくは出来ないのだろう。
そこに後悔はしていない。
むしろ今までが優しすぎた。
異世界に来て、色々なことに巻き込まれて、自分のことに精一杯だ。他人を気にしている暇なんてなかったはずなのに、どこかで私は彼らと仲良くしようと思ってしまっていた。
その気持ちを払えた今は、少し心に余裕ができた。
「でも、シアは心配だな」
彼女も最後まで私の味方で居てくれた。
病院は崩壊してしまったけれど、そうなる前に魔法障壁で守ったし、私が作り出したテリトリーの影響も受けさせないようにしていた。
だから大丈夫だと思うんだけど、ちゃんと兵士に人が回収してくれただろうか。
「それはガイおじさんに聞けば良いんだけど……正直、会いたくないなぁ」
ガイおじさんに悪気がなかったことだけは理解している。
理解しているんだけど、やっぱり彼が唐突に進めたことで私は大変な思いをした。
だから今は会いたくないという気持ちが大きかった。
おじさんは、あれでも国王だ。
今日もおじさんは『ガイおじさん』ではなく、オードヴェルンの国王『ガイウス・エル・オードヴェルン』として私と会うのだろう。
そしてエリスからの報告を受けたガイおじさんは──私を断罪するのだろう。
「はぁ…………」
この際だからはっきり言ってしまおう。
私はガイおじさんを憎んでいる。全ての元凶なのだから、それは当然のことだ。
あの人の顔を見た時、私の中の闇が抑えられるか。それについては不安しかない。
今、あの人の顔を思い出すだけで胸の奥がざわつくんだ。
「──っと、危ない危ない」
何度も言うけれど、アトラク・メレヴァは私の中から消えた。
だからって憎しみが消えたわけではない。それはずっと私の中で燻っている。
時々高圧的な考えに陥ってしまうのも、それが関係しているのだろう。
「…………よし、落ち着いた」
でも、エリスが止めてくれると信じている。
だから私は王城へ行くことを望んだ。
「それでもやっぱり……不安だなぁ……」
私はポツリと、弱々しくそう呟いたのだった。




