第45話 温もり
目を覚ました時、私は吐き気を催してトイレに駆け込んだ。
アトラク・メレヴァに精神を侵食されて、自分が何をしたのかを理解したからだ。
私は大変なことをしてしまった。でもそれは確かに私の本心も混ざっていて……。
「──っ!」
私は自分を責めた。
子供みたいに喚いて、本能のままに暴れてしまった。
そのせいで病院を壊してしまった。エリスに剣を向けてしまった。
「わたし、は……」
今すぐにここから飛び出して、自分が引き起こしてしまった災いと決着を付けに行かなければならない。
そう思って立ち上がるけれど、上手く足に力が入らなかった。
「なんで……動いてよ、私の足……!」
今すぐにアトラク・メレヴァを止めないと、きっと大変なことになる。
私に関係のない人を助けようとか、そんな聖人みたいなことは言わない。
でも、私のせいで沢山の人が死ぬのは……ダメだ。
「カガミ様……!」
床に座り込み、自分の足を叩く私の元に駆け寄ってくる人がいた。
「…………エリオット、さん」
彼はエリスの屋敷で働いている専属の回復術士だ。
……そうか、彼が私を看病してくれていたのか。
「まだ傷は塞がっていません。ベッドに戻ってください!」
エリオットさんは慌てた様子で、そう言った。
彼は知らないのだろう。私が何をしたか、この状況を引き起こしたのは一体誰なのかを。
「さ、戻りましょう」
「……いいの」
差し出されるエリオットさんの手を払う。
立ち上がりながら自分の回復魔法で傷を完治させる。
気怠げだった体は治り、足も少しは動かせるようになった。
「……行かなくちゃ」
「行くって何処へです! お戻りください!」
私はその声を聞かず、部屋から飛び出した。
そして────
「っ、エリス……」
こちらに向かって廊下を歩いて来たのは、エリスだった。
今は騎士の鎧を着ていなくて、動きやすいラフな格好をしていた。
手には水の入った桶と布を手にしていて、多分私に用があったのだろう。
「カガミ……? ──カガミ!」
エリスはその手に持っていた物全てを放り捨て、両手で私に抱きついてきた。
ガシャーンッ! と後ろの方で盛大な音がしたけれど、彼女がそれを気にした様子はない。
「良かった……無事だったのだな。カガミ」
私も咄嗟に抱き返そうとしたけれど、それはギリギリのところで留まった。
これに返す資格は、私にないと思ってしまったからだ。
「まだ起きたばかりなのだから、安静にしていなければダメだろう。部屋に戻るぞ」
「…………うん、ごめん」
エリスに見つかってしまったら、逃れられない。
まずは状況整理をすることにしようと諦めておとなしく部屋に戻ると、エリオットさんが安堵した表情で出迎えてくれた。
そして積もる話があると察してくれたのだろう。
もう急に動き出さないでくださいと、それだけを言い残して退出した。
「さて、カガミ。まずはお前に言いたいことがある」
「──っ、はい」
絶対に怒られる。
そう思った私はギュッと両手を握りしめた。
やってしまったことを後悔しても、もう遅い。
私がやってしまったのは、エリスに呆れられても仕方のない大罪。
最悪──絶縁だろう。
覚悟は出来ている。
でも、その未来を考えたら泣きたくなった。
まだ私はエリスに縋ろうとしていることに情けなくなって、私は自分に呆れた。
近い将来、私は一人で立ち上がらなければいけないのに、まだ私の心は弱いままだ。
そんなことを考えていると、ゆっくりとエリスが立ち上がった。
──怖い。
恐怖耐性を持っているはずなのにそう思ってしまい、目を瞑る。
「──すまなかった!」
エリスの言葉は、予想していた失望の声ではなく、謝罪の言葉だった。
驚いて目を見開くと、エリスが腰を直角に折り曲げて頭を下げていた。
「え、えっ……?」
私は意味がわからず、おろおろとエリスを見つめる。
「私が曖昧だったばかりに、お前を不安にさせてしまった。お前に辛いことをさせてしまった」
エリスはそんな私に気付かず、次々と言葉を発した。
「……謝って済まされることではないのは理解している。だが、それでも謝らないと私に気が済まないのだ。本当にすまなかった!」
「え、エリス……? まずはお願いだから顔を上げてくれないかな?」
「しかし、私はお前に合わせる顔がない」
──それはこっちのセリフだよ!
というツッコミをすんでのところで引っ込め、私はエリスの肩を掴んで上半身を起き上がらせる。
「謝るのは私の方だよ。エリスには勿論、私は沢山の人に迷惑をかけちゃった。だから、ごめんなさい! 私のせいで危険な目に合わせちゃって、私のせいで傷つけちゃって……本当に……っ!」
言葉は途中で止まった。
私を包み込む人肌を感じたからだ。
私は……再びエリスに抱きしめられていた。
「お前は悪くない。お前は謝らなくていいんだ……」
優しく抱き締められ、頭を撫でられる。
それは私が欲しいと願っていた温もりで────
「う、わぁああああぁあぁああんっ!!」
私は溢れ出す涙を止めることが出来なかった。




