第39話 魔剣の誘い
かなりの改稿を致しました。
そのことも含めてあとがきで説明するので、そちらもご覧ください。
私が意識を取り戻した時、そこは病院の廊下ではなかった。
足元には真っ赤な絨毯。それが前方にずっと続いている。
私の体が埋まるくらいの柱は絨毯を挟むように並び、天井には大きなシャンデリアがいくつも飾られていた。
王城の玉座の間のような空間。
それが私の視界に広がっていた。
「……ようこそ。と言っておこうか? なぁ、我が後継者よ」
静かに、でも鮮明に聞こえた声。
前の方を向くと、奥の方に巨大な階段があり、その頂点には不気味な玉座が鎮座している。
そこに腰掛け、足を組んでいる女性がいた。
薄く焦げた肌。頭から伸びた二本の禍々しい角。彼女の瞳から洩れる真っ赤な眼光が、一直線に私を貫いている。
小さな体格からは信じられないような魔力……いや、これは魔力ではない。見るものを恐怖で震え上がらせる嫌な感覚。これを例えるのならば『瘴気』だ。
──あの人に近付いてはいけない。
私の本能が、強く警鐘を鳴らしている。
いつまでも警戒したように突っ立っている私に、女性は煩わしそうに顔を歪め、こちらを指差した。
「さっさと──此方に来い」
「っ、なんで……体、が……!」
私の体が勝手に前へと動き出す。
反発しようと体に力を入れるけれど、そんなのお御構い無しに、玉座の彼女の元へ体は動く。
「そう、そのまま……良い子だ」
ついに私の体は大きな階段を登り、女性の元まで辿り着いてしまった。
バクバクと心臓が早く鼓動する。
私は警戒心を極限まで引き上げた。でも、操られているこの身では、ちょっとの警戒心なんて些細なことなのだろう。
「そう睨むな。悲しくなるだろう? なぁ、後継者よ」
「後継者って、何……?」
「……ふむ、その前に……余の名を教えよう」
女性は胸に手を当てる。
「余はアトラク・メレヴァ。災厄をこの身に宿した原初の魔王である」
「──っ!?」
いつの間にか、体の自由が利くようになっていた。
私は弾かれるようにその場を飛び退き、腰に手を…………と思ったけれど、そこに剣は無かった。
「だから、そう警戒するなと言っているだろう?」
「あなたは……本当に…………」
「なんだ? もしや余のことを疑っているのか? なら、これでどうだ?」
女性、アトラク・メレヴァは重い腰をあげ、その体に黒い粒子が纏わりつく。
それは形を変え、やがて漆黒の剣となった。
【信じてもらえたか?】
「…………うん」
【ならば、よい】
剣は粒子に囲まれ、人の形に戻った。
そして再び玉座へどっかりと腰を下ろす。
「それで後継者について、だったか?」
私は警戒心を解かぬまま、頷いた。
「簡単な話だ。お前は余を持った。だから後継者だ」
アトラク・メレヴァは魔王の魂が封印された魔剣だ。
使えば使うほど魔剣は使用者の魂を蝕み、最後には魔王として顕現を果たす。
私はそれをおじさんから貰った。
『後継者』とは、つまりそういうことなのだろう。
「私は、後継者になるつもりはない」
「ハンッ! 感情に呑まれておいてよく言うわ」
魔王は呆れたように、そう呟いた。
「なぁカガミ。貴様、憎いのだろう?」
「──っ、何、を……!」
「隠さなくてもよい。余は貴様と共にいた。感情なんて手に取るようにわかるわ」
魔剣アトラク・メレヴァは生きている。
抜いていなくても、私の感情くらいは筒抜けということだ。
「貴様、もう少し素直になったらどうだ?」
魔王は立ち上がる。
「──人間が憎くて憎くて仕方がない」
耳元で囁かれる声。
バッと振り返り、同時に腕を振る。
「おおっと、危ない危ない」
魔王はそれを軽々と避け、薄く笑う。
「…………」
「いつの間に。と言いたげな顔をしているな。……ふふっ、この空間は余の支配下だぞ。この程度のこと出来なくてどうする?」
「……私を呼び出して、どうするつもり?」
ここが、魔王メレヴァの支配下……。
私はあの剣に取り込まれたということ?
「安心しろ。精神のみを呼び出しただけで、どうにかしようとは考えておらぬ」
「……信じろと?」
「信じるか信じないかは、貴様次第だ」
……一気に信じられなくなった気がする。
「それでどうなのだ? 貴様は人間が憎いのだろう?」
「私は、そんなんじゃない」
「嘘を申すでない。貴様の感情は、とても美味だ」
魔王はそっと私に寄り添い、耳に口を近づける。
「貴様はどうして良い子になろうとする?」
────それ、は。
「貴様はもうわかっているはずだ。自分がどんなに利口になろうとも、認めぬ奴は貴様を認めぬ。だったら我慢する必要なんてあるのか?」
私は何も言い返せなかった。
本当なら「そんなことない」と言うところなのだろう。でも、あの人達を庇うことを私は嫌がった。
「お前は頑張った。でも無駄だった。……そうだろう?」
魔王の言う通り、私は頑張った。
頑張って耐えて、頑張って皆に認めてもらおうとしていた。
……全部、ぜんぶ無駄だった。
私の頑張りも、レティシアの覚悟も……エリスがどんなに励ましてくれても、何も変わらない。
「そうだ。お前では何も変えることは出来ない。それは何故か? お前は絶対に認められないからだ」
そう、私が何をしても認めてもらえない。
あいつらが認めないのは『私』であって、私が何をしようとも考えは変わらないから。
「そんなのに頑張って認めてもらおうとする意味はあるのか? あやつらは腐っている。性根から腐っているゴミの集まりだ。そんな屑ども相手に、カガミが傷つく必要はあるのか?」
「わたし、は……」
「まだ抵抗するか……では、こう言おう。カガミよ」
魔王は私を真正面に捉え、真剣に見つめる。
「お前は孤独を埋めたいだけだ」
……………………。
「前世は孤独だった。だからこの世界では信頼する『仲間』と過ごしたい。そう願っている」
……私は父親に虐待され、誰とも会わずに最悪の死を遂げた。
この世界で求めたのは、私に優しくしてくれる人。
私の孤独を埋めてくれる。そんな人だ。
「だが、この世界にそんな者はいない。お前を必要とする人は居ないのだ。……なんと悲しい結末だとは思わないか?」
ふと、私の脳裏にたった一人。純白の鎧に身を包んだ女性が思い浮かぶ。
「あの騎士のことを思い浮かべているのか? ハッ! 無駄だ。あいつも屑どもと同じ。ただの無能だ。カガミを利用するために、甘い言葉を囁いているだけの存在だ」
「エリスは、そんな酷い人じゃ……」
「本当に、そうではないと?」
「っ、でも、エリス、は……」
エリスは私のことを大切だと言ってくれた。友達だと言ってくれた。必要だと……。
「では問おう。あの騎士はどうしてカガミを手放した。国王に命令されたから? 学校にまで付いていけないから? ……違う。気味が悪いからだ。自分達とは決定的に異なるカガミを気味悪がったから、遠ざけた。王の命令や学則という理由を盾にしてな」
「──エリスはそんなこと……! そんな、こと……やめて。やめて!」
……頭が、痛い。
もう何も考えたくない。
これ以上、私に何かを言わないで。
これ以上、私を苦しめないで。
いやだ。こわい。裏切られたと信じたくない。私は、わたしは────。
「もう、良い。もう苦しまずとも、良い」
頭を抱える私の体を、何かがそっと包み込む。
魔王が私を抱き寄せたのだ。
……温かい。
「もう良いのだ。お前が傷つく必要は無いのだ。そうだろう?」
「でも、私は……皆のために」
「お前を認めない屑どもに慈悲を与える必要は、果たしてあるのか?」
私の頭に手が添えられて、撫でられる。
……ああ、この感じ。お母さんに撫でられていた時のように、懐かしい。
「カガミ。お前には、余がいる。余だけはお前の味方だ。そうだろう? 我が宿主よ」
「………………」
もう、何も考えたくない。
ただ私は、この感触が心地良かった。
今の私にはそれだけで…………。
「ふふっ、甘えん坊さんだな。良いぞ。お前のしたかったこと、されたかったこと。全て余が叶えてやろう」
「…………ほんとう……?」
「嘘ではない。余はお前の味方だ。たった一人の理解者だ。お前のその満たされぬ欲望を、誰よりも理解している。だからほら──この手を取るがいい」
アトラク・メレヴァは私から身を離し、手を差し伸べてくる。
その手には、真っ赤に脈動する球体が浮かんでいた。
「…………ああ……」
私は手を伸ばす。
このまま悩むなんて、苦しいだけだ。
私があんな奴らのためにすることなんて、何もない。
だってあいつらは、頑張っている私に何もしてくれなかったのだから。
だったらもう……楽になりたかった。
【そう、それで──良い】
気付けばそこには、アトラク・メレヴァと赤い球体は無くなっていた。
真っ赤な絨毯も、巨大な柱も、階段も、その玉座も。全てが夢のように消えていた。
私の目の前にあるのは、宙に浮かぶ一振りの漆黒の剣。
それはまるで、握れと言うように脈動していた。
「…………もう苦しみたくない」
私は解放されたいがためにその柄を……握った。
みなさま、お待たせしました。
かなり改稿してしまいましたが……これには理由がありまして、それを簡単にですが説明しようと思います。
はっきり言ってしまうと物語の展開が中途半端だなと感じたので、このように改稿することとなりました。そのせいでかなりの鬱展開となってしまうかもしれませんが、ちゃんと救いは考えているので離れないで下さい(切実)
次からはこちらも『転生エルフさん』同様に週一にとらわれず、少しづつ投稿する予定なので、楽しみに待っていただければと思います。それでも忙しい時は最低週一となるので、そこはご理解いただけると嬉しいです。




