第37話 決着は一瞬で
訓練場の観客席には、大勢の生徒が駆けつけていた。
おそらくこれも、レティシアの仕業だろう。
私の実力を見せつけるため、教員に噂でも立てさせたのかな。
皆、出てきた私を値踏みするように見ている。
……こうして不意にエリスを探してしまう辺り、まだ離れきれていないんだな……と思う。
「カガミ……」
「……シア……」
反対側からレティシアが出て来る。
彼女は誰が見てもわかる通り、本気だった。
目には覚悟が宿り、ただ一点──私だけを見ている。周りの観客のことなんて、一切視界に入っていないようだ。
この決闘の真剣度で言えば、私は圧倒的に負けている。
でも、この決闘に負けるつもりはない。
「まずは、この決闘を受けてくださったこと、心よりお礼申し上げます」
レティシアはドレスの裾を摘み、優雅にお辞儀した。
その動作は慣れていて、流石は王女様だと感心する。この動作だけで魅了される人も、中に入るのではないだろうか?
「あの約束、忘れていないよね?」
「ええ、もちろんです」
あの約束とは、私が彼女との決闘をする上での条件のことだ。
「『絶対に手加減をしない。本気で殺すつもりで、一瞬も気を抜かない』」
「うん、覚えてくれているなら、大丈夫だ」
満足して頷き、剣を抜く。
「……そちらの黒い剣は、抜いてくださらないのですか?」
「そんな残念そうに言わないでよ。シアも王族なら、この剣のことくらいわかっているでしょう?」
アトラク・メレヴァ。
これは破滅の剣だ。
剣には魔王の魂が封印されており、使用するたびに魔王は使用者の心はアトラク・メレヴァに侵食される。その代わり強大な力を得ることはできるけれど、流石に今回は使わない。
貰えるものは貰う。
力が得られるのであれば、それに越したことはない。
でも、命は別だ。
それが危険に晒されるのであれば、例え欲深い私でも無闇に使うのは躊躇う。
「今回はエリスの剣で我慢してよ。……むしろ、これが私の全力を出し切れる」
これに触れているだけで、側にエリスが居てくれている気がする。
その安心感が、私を強くさせてくれるんだ、
「わかりました。残念ですが……いつかそちらの剣を抜かせることを、私の目標としましょう」
「ははっ、勘弁してよ」
そうならないことを祈る。
だってこの剣は、私が命の危険を感じた時にだけ抜くと決めている。
レティシアに向けてアトラク・メレヴァを抜くということは、彼女と敵対するということだ。
「緊張は解けましたか?」
「……まだかな。でも、程よい緊張感だよ」
そう言うレティシアこそ、緊張で震えている。
頑張って隠しているみたいだけど、雰囲気でバレバレだ。
……まぁ、それは本人も自覚していることだろうから、わざわざ私が言う必要はないだろう。
「──さ、始めようか」
剣を構える。
まだそれだけのことなのに、レティシアの顔はキュッと引き締まった。
それは彼女だけではなく、観客や審判、司会者までもが黙った。
先程までの歓声が嘘のようだ。
「シア、もう一度聞く。覚悟はできてる?」
レティシアは無言で頷いた。
「審判」
「──っ、始め!」
開始の合図と共に動き出したのは、レティシアだった。
彼女は口早に魔法の詠唱に入り、最初の実技の授業で放ったような氷の矢を空中に生成する。
でもその量は、あの時の比ではなかった。二倍、いや三倍の矢の先端が、私を確実に射抜こうと狙いを定めている。
「これが私の、全力です!」
「……ありがとう」
「こんな状況で何を……」
「私との約束を守ってくれて、ありがとう」
あの氷の矢達は、本当の全力なのだろう。
友人を殺すための覚悟というのは、簡単にできるものではない。
レティシアはそれをやってくれた。
「なら私も──本気でいかせてもらう」
剣を横に振る。
たったそれだけの動作で、無数にあった氷の矢が霧散した。レティシアと氷の矢との魔力回路を切断したためだ。
「なっ……!?」
一度斬られた魔力回路は、修復が難しい。
あまり戦い慣れていないレティシアでは、一瞬で治すことなんてできないだろう。
でも、これで終わりではない。
「シア、防御」
剣に魔力を纏わせる。魔族と戦った時に取得した『魔装』だ。
上段に構え、精神統一。
レティシアが魔力障壁を組み上げたのを確認して、一気に振り下ろした。
私とレティシアの距離は、約10メートル。その程度の距離なら攻撃の余波が衝撃となって、全て斬り払える。
「──キャァ!」
幾重にも張られた障壁は、ガラスが割れるようなけたたましい音を立てて崩壊した。
衝撃波は勢いが衰えることはなく、レティシアの腹を斬り裂く。遥か後方に吹き飛び、彼女は壁に背中から叩き付けられた。
その後、彼女が動くことはなかった。
息はしている。気絶しているようだ。でも、お腹からはおびただしい量の血を流している。すぐに治療しなければ危険だ。
「ふぅ……」
私は息を吐き、剣を鞘に納めた。
「早く治療を」
「っ、レティシア様!」
後ろで控えていた医務班は、ハッと我に返ってレティシアに駆け寄り、担架に乗せて運んで行く。
遠くの方で私達の戦いを観戦していた教員達が、慌ただしく動いているのが見える。
「し、勝者、ナンジョウカガミ!」
歓声は湧かない。
全てが一瞬の出来事で、誰も脳の処理が追いついていないのだろう。
……まぁ、こうなることはわかっていたさ。
溜め息を一つ、私は静寂に包まれた会場を去った。




