第22話 王との謁見
マディアスさんは私達を一際大きな扉の前まで案内してくれた。
彼は「ここで待っていてください」とだけ伝えると、他の騎士に連れられて何処かへ行ってしまった。
扉の前にはエリスと同じような鎧を着た騎士が二人立っている。
エリスと騎士二人が軽い挨拶をしていたことから、少しは顔見知りなんだろう。でも、仕事との区別を弁えているからお互いに無駄なことは話していなかった。
二人の騎士は私のことが気になっていたみたいだけど、私はその視線をガン無視していた。……というよりは、それに構っている余裕がなかったと言った方が正しい。
「うう、胃がキリキリする……」
緊張のせいでお腹が痛くなった私は、自分の腹を抱えて弱音を吐いた。今すぐトイレに駆け込みたい。でも、それをしてしまったら多分そこから出ることは出来なくなる。物理的にではない。心の問題でだ。
「大丈夫だ。何度も言っているが、陛下は寛大なお方だ。お前が作法を知らないことも理解してくださっている。だからお前は作法だなんだと考えず、あまり緊張をせずに堂々としていればいい」
「……口で言うのは簡単だけどさ、実際そう簡単に気持ちを切り替えられないって。いきなりこんなところに来ちゃって、緊張しない方が無理な話だよ」
豪華な雰囲気も、時々すれ違う使用人も、ゆっくりと談笑している騎士も。
私にとってはどれも別世界の人間だ。……あ、いや、確かに異世界ではあるんだけどね。そういう意味ではなくて、住む世界が違うということだ。
先程からそれを見せつけられていたから、私はずっとお腹をさする羽目になっている。
……思い出したら、また胃が痛くなってきた。
「本当に無理そうだったら、私の後ろに隠れているといい。それくらいは許していただけるだろう」
「わかった。エリスの後ろが私の定位置だ」
エリスの後ろに回り込み、抱きつく。
脳天にチョップを受けた。解せない。
「待て待て、いくらなんでも早すぎるぞ。せめて、挨拶くらいしてからにしろ」
「……一気に難易度跳ね上がった気がする」
「気のせいだと思え」
「……そりゃあね。エリスは慣れているのかもしれないけどさ。私はお偉いさんと会うのは初めてなんだよ。……あーあ、これなら魔物百体と戦えって言われた方が、まだ楽だよ」
魔物に挨拶も礼儀もいらない。ただ殺してお金を稼げば、それでいい。なんて楽な職業なんだろう。
だから冒険者は野蛮だと貴族の間で毛嫌いされているらしいけれど、それでも私は稼げていればなんでもいい。命の危険よりもお金だ。どの世界にもお金は必要で、いくら持っていても困らない。
だから私は沢山稼ぎたい。沢山稼いで、好きな物を好きなだけ買いたい。それは前世で何も出来なかった私の、一つのわがままでもあった。
そのためには魔物を狩らなければならない。より強い魔物を狩れば、それだけ報酬がよくなる。だから力も必要だ。その力は、強欲のおかげで何とでもなる。……そう思えば、なんて都合のいいスキルなんだと感動すら覚える。
と、話が逸れた。
つまり、冒険者で活動していくつもりの私には、こんな場所は居心地が悪いだけだ。居るのも嫌だ。話すのなんて論外だ。だから、今回の謁見は全てエリスに任せて、私は一人狸寝入りしたかった。
「……こう見えても私だって緊張しているのだぞ?」
そう言うエリスの手は、微かに震えていた。
「いや、だからって経験したことある人と、未経験者じゃあ気の持ちようが違うじゃん」
「……お前は、まだ子供のくせに時々痛いことを言ってくるよな」
「気のせいだと思った方がいいよ」
「ふっ、そうだな。お互いに気のせいだということにしておこう」
と、話している内に時間が来たようだ。
扉の前に立つ騎士が左右に分かれ、やがて扉は重々しく開かれた。
中はとても広い空間だった。エリスが王座の間と説明してくれたけど、なるほど一目見ればその説明に納得がいく。
ズラリと並ぶ騎士達。その後ろに貴族のような人達が整列していて、それだけでも圧巻の光景だった。
中央には赤い絨毯が敷かれていて、その奥に王の玉座へ登るための階段が待ち構えていた。頂上には勿論、王様が豪華な椅子に腰掛けていた。横には側近だと思われる人達が待機している。その中にマディアスさんの姿も見えた。
合計500は居るのではないかと思われる人の数。その全ての視線が私達に注がれた。
発作を起こしかけるけど、エリスが背中を叩いてくれたからギリギリ抑えられた。彼女も彼女で緊張しているのに、よく私のことを見てくれていた。それを嬉しく思う。後でお礼を言おう。
私は萎縮しまくりなのに、それに対してエリスは萎縮せず、小さく「行くぞ」と言って歩き出した。私は足が震えて怖かったけど、一人だけ止まっているのも不思議に思われる。だから、意を決して私もエリスの後を追いかける。
もう彼女の後ろに隠れたい気持ちで一杯だったのに、それを我慢して普通に歩いた私を、誰か褒めて欲しい。
中心まで歩いたエリスはおもむろに立ち止まり、剣を床に置いて跪いた。
私も見よう見まねで跪いた。頭を下げたので、床とお見合いをすることになった。前と横を見る余裕はない。作法がなっていないとかで笑われていないだろうか。誰かの咳にすらビクビクと震える。
騎士が身動ぎしたんだろう。その音が玉座の間によく響いた。たったそれだけのことがよく聞こえるほど、その場は静まっていた。
「騎士、エリス。ここに参上致しました」
静かに、でも全体に響くような声で、エリスは名乗った。
え、どうすればいいの? 何もかも置いてけぼりなんだけど?
そうパニックになっていた私に、エリスは小さい声で、挨拶とアドバイスをくれた。
挨拶。そうだ挨拶だ。
「……南條鏡、です」
この世界で初めてフルネームを名乗った気がする。エリスが小声でそんな名前だったのか……とか呟いていた気がするけど、そんなのに反応出来る状態ではなかった。
「うむ、騎士エリスにカガミ。よく来てくれた」
「ハッ! 勿体無きお言葉でございます」
…………ん? なんか、聞いたことのある声だな。どこで聞いたんだろう?
「頭を上げよ。エリス、そしてカガミよ」
……うん、やっぱり聞き覚えのある声だ。
「ハッ!」
エリスと私は言われた通り頭を上げる。そして、初めて私は王様の顔を見た。
「はぇ?」
そんな素っ頓狂な声を出したのは、私だ。
王様は、人の上に立つに相応しい威厳のある顔つきだった。でも、私を見て人がよさそうな笑みを浮かべている。微笑みというより、ニヤニヤとした表情だ。
王様の居る場所は遠くて、普通なら顔までよく見えないだろう。でも、私は遠目というスキルによって、遠くのものもはっきりと見えるようになっていた。だから、私は王様の顔がはっきりと見えていた。
「ガイおじさん……?」
数時間前、ロウリーさんの喫茶店で出会い、仲良くなったガイウスおじさん。
その人が、私達のことを玉座から見下ろしていた。
閑話を作っていたことを今思い出しました。
完全なうっかりさんです。やっちまった……
ということで、16話と17話の間に閑話を差し込みました。そちらの方もチェックお願いします!




