八坂八宵、メランコリー-2
開かれたページに、次々と新しいメッセージが浮かんでくる。あたしはそれをひとつひとつ、指でめくり、さらっていく。
「『イエロー』と『パープル』の動向はわかった……『グリーン』はしばらく、様子見。あの人は不安定だから、あとは『ピンク』と『オレンジ』の動向が、まだわかっていない」
少し高い所にいるせいか、風が吹くだけで肌寒い。
魔法少女に変身しても、こういう生理的な感覚はそのまま残っている。痛みは和らぐし、傷を負ってもすぐに再生する。ほんとうに、不思議で、都合のいい存在だ。
魔法少女と、それを生み出す『魔法のライター』。
これを最初に作り出したひとは、いったい、なにがしたくて、なにになりたくて、こんなものを作ったのだろう……
「『きをつけて』『きをつけて』『きをつけて』『きをつけて』『きをつけて』」
とつぜん、ページにいっぱいの警告文が広がった。
夏の夜の天空に、ぶわっと熱波のようなものが広がり、あたしの背後から叩きつける。
「『あわてないで、あたし』――」ページの隙間から栞をとりだし、「『あわてないで』――『あわてないで、八宵ちゃん。あたしなら対処できるよ』」
栞がびゅんっと、折り紙のツバメのような形に折れ曲がって背後へ飛んで行った。ばちんとぶつかる音がして、背中の方で光が散った。
「ちっ、」
背中で小さな舌打ちが聴こえた。
立ち上がり、振り返る。そこにはあたしと同い年くらいの、女の子が立っていた。普通の格好をしているが、両足には真っ赤に光るテーピングのようなものがぐるぐる巻き付いていて、そこから猛烈な蒸気をふきだしながらあたしのことを睨みつけている。
――いや、あたしのほうを見ていない。
あたしの後ろを見ている。
「『あたしを守って』」
呟くと、栞がひゅんと音を立てて飛んだ。同時に振り返ると、目の前で白い栞が、巨大な水晶のかたまりのように浮かび上がって、盾のように立ちはだかる。がきんっと硬質な金属音がして、振り下ろされた刃が受け止められた。
目の前の空中に、黒い翼を生やした少女が浮かんでいた。両手に持った巨大な鎌の刃が受け止められたことに、わずかに目を見開いていたのが、闇の中でも分かった。
また、背後からぶわっと熱を感じた。
「『すこし集中しないと』――」手にした本のページが開き、五枚ほど千切れて周りに散った。「『あたしを守って』――『やりかたはおまかせ』――『栞は刃に、ページは盾に』――」
周囲に散ったページたちは、紙飛行機か、折り紙のツバメか、鋭角な光につつまれて、ひゅんひゅんと飛び回り、ふたりの少女たちの攻撃を受け止め、かわし続ける。
あたしはそれらに守られて、ふたりをつぶさに観察することができる。
いっぽうは背中から翼を生やし、大きな鎌を携えた、悪魔のような姿の魔法少女。空を飛び回っているが、攻撃は単調で大振りだ。
もういっぽうは、両脚にテーピングをぐるぐる巻いて、ストライプのニーソックスみたいにした魔法少女。ものすごい熱を放つ脚で、猛烈な蹴りを放ってくる。
ふたりはあたしを挟んで常に直線状にならび、互いに巧みに目配せをし、間断なく攻撃を繰り返してくる。――よくみると、顔立ちはそっくり似ていた。もしかしたらきょうだい、あるいは、ふたごなのかもしれない。
『テーピング』の魔法少女が飛びかかってくる。本のページがくるっと丸く柱のように突き立ち、それを受け止めると、受け止めたそばからページがぶすぶすと、黒くこげくさい煙を上げる。何度も、何度も蹴りつけているうちに、どんどん紙の柱はぼろぼろになっていく。あたしがすいっと指でさしずすると、栞が彼女の胸元目がけて、突き刺すような挙動でひゅんひゅん飛び回る。
それに気を取られそうになった瞬間に、背後では大きな鎌を振りかぶる猛烈な殺気がする。数枚のページを束ねて広げ、巨大なほろのように広げると、鋭いきっさきがぼすっと包み込まれて消える。少女はまた大きな舌打ちをして、翼をひるがえし、空たかく飛び上がった。
「『撃ち落とせ』」
命じると、ついさっきまで盾の代わりになっていたページが鋭い槍のようになって、空飛ぶ少女へと向かっていく。それに気を取られていると、こんどはまた背後からもう一人の少女の蹴りが飛んでくる。
「このっ!」
「このぉっ!」
ふたりが同時に飛びかかってくる。
思わずため息が漏れる。何度やったって同じだ。あたしにはかなわない。
「うっとうしいな……」
一気に数十ページを引きちぎって、宙に放り投げた。それはあたしのまえとうしろ、それぞれで壁のようにそそり立ち、ふたりの少女を受け止めた。
「『すこし黙ってて』――『あたし、ちょっとつかれたな』」
激しい爆発。閃光。ページが弾けて、ふたりを吹き飛ばした。ようやくふたりはおとなしくなって、あたしから数メートルほど離れた場所でようすをうかがっている。
ちぎれたページは霧散して消えていく。あたしのもとには、小さな栞だけが残された。
「あなたたちは――まだ、見たことのない魔法少女ね。なにもの?」
「うるせえ。ガキ」
翼の生えたほうの子がいち早く答えた。
遅れて、もう一人のほうも続けて言った。
「質問をするのは、こっちの方ですわ。そして、あなたには答えていただかないといけません」
「揺はどこだ。答えろ」
よう。それは聞いたことのない名前だった。
「しらない」
「とぼけるな」
「ほんとうよ。知らないの」
「しらばっくれるなら、それもよし。――痛い目に遭ってもらうだけですわ」
もう一人のほう――『テーピング』のほうが、懐から何か取り出した。
それは拳銃のような金属製の器具だ。
弾倉にあたる部位には、黒いどろっとした液体の詰まった『ライター』が詰め込まれている。
「みらいっ、それはやばい。まだあんたは――」
と、『翼の生えた』ほうが叫んだ。呼ばれた方がにこっとほほえんだ。拳銃をこめかみに押し当てると、指で引き金を引いた。
なにかが爆発するような音と共に、その子の身体は、赤黒い炎につつまれた。
「ううぅっ――――」
「それは……へえ。それを魔法少女が使っているのは、はじめてみた! どうなるのか見せて、あたしに!」
彼女の身体じゅうから、真っ赤な蒸気が吹きあがり、周囲にゆらゆら陽炎がたちのぼった。姿がはっきりと見えなくなるほどに濃くなって――
次の瞬間、彼女はあたしの目の前まで飛びかかってきていた。
「『まもっ』――」
言葉に出す前に、とっさに本を頭のよこに掲げた。
衝撃が、身体をたたいた。彼女があたしを蹴ったのだ。こめかみに向かって飛びかかって来て、蹴りつけてきたのだ。とっさにかばった本のおかげで、大きなダメージにはならなかったが、あたしの身体は吹きとばされて、虚空へと投げ出された。
バランスを崩したままのあたしに向かって、『翼の生えた』ほうが大きな鎌を振りかぶって襲いかかってくる。
あたしは黒く煤けた本を開いた。
「『空をとびたい』――」それは願い、そして怒り、「『あの子がうらやましい』――『ねたましい、ずるい、ひどい、いたい、こわい』――『あたしにも翼をください』」
栞がぎゅるると捩れて伸びて、巨大な翼のはえた杖のような形になった。手で強く握りしめると、杖は、ぐいとあたしの身体をひっぱりあげて、振り下ろされる鎌をよけて、そのまま上へと飛び上がった。
『翼の生えた』ほうが大きく土埃を上げながら追いかけてくる。
『テーピング』をした方が、高く跳躍する。
「めざわりな……うっとうしい……!」あたしは手に握った杖に命じた。「『あんなやつら、やっつけちゃえ』――『まとめて吹きとばしちゃえ』――」
その時だった。
ふたりの魔法少女が同時に、動きを止めた。そのまま、シートで覆われた現場の床面へと落ちていくと、激しい音を立てて激突した。
土煙が立ちのぼる。
「もうっ、『邪魔!』」
杖から風が渦を巻き、煙を吹き飛ばした。
ふたりはぐったりとしていた。床面にひざをついて、ぜえぜえと苦しそうに呼吸している。なにより、ふたりの姿が変わっていた。『翼の生えた』ほうからは、翼と大きな鎌が消え、手首に真っ黒な手袋をはめている。『テーピング』のほうは、身体の半分に真っ黒な機械のような部品を身に着けていた。
ふたりからはさっきまでのような、猛烈な力は感じない。
なんだか拍子抜けだ。
すると、空から突然、光り輝く槍のようなものがふりそそいだ。雨のように投げかけられたそれは、床面に倒れ伏したふたりの魔法少女たちの姿をまばゆく覆い隠してしまう。
「八宵ちゃん!」
振り返るとそこには、真っ青に光り輝く空ちゃんがいた。
「空ちゃん」
「だいじょうぶ? 遅くなってごめん! わたしが八宵ちゃんを守らないといけないのに、ほんとうにごめんね! ケガ、ない? どこかいたくない? いたい、いたーい!」
「落ち着いて。だいじょうぶだよ」
土煙が晴れたとき、もうふたりはそこにいなかった。
「逃がした……」
「あーあ、どっかいっちゃった。仕留められたらよかったのに、ざーんねん」
空ちゃんはまた、けろりとした顔であたしに縋り付いてくる。
あたしはまたクレーンの足場へと降り立つと、空ちゃんのことをじっと見つめた。空ちゃんはあたしのことを見るなり、うるうると瞳をうるませて……
「うわぁーん! 八宵ちゃん、ごめんなさい~!」
「わわわっ。急にだきつかないで」
「八宵ちゃんをわたしが守るって約束したのにぃ~。ごめん、ごめんなさい~」
「い、いいから、もう。ね、落ち着いて、あたしはだいじょうぶだよ」
「なぁんだ。それならよかった」
けろっとして空ちゃんは、ぱたぱたと、背中の羽で空中をくるくる飛び回った。
「遠くから、八宵ちゃんが襲われてるのが見えたから、飛んできたんだよ! あ、いまのはものすごく急いできたって意味と、文字通り、羽で飛んできたっていう、ふたつの意味があるんだけど……ね、どう? 面白い? 面白かった?」
「空ちゃん、いままでどこに行ってたの? ずいぶん遅かったけど」
「あ、うーん、それなんだけどね、八宵ちゃん」
空ちゃんは一生懸命に思い出そうとしながら、しどろもどろに答えた。
「なんかね、八宵ちゃんに言われたとおりに、街をぐるぐる飛び回ってたの。子分たちのことも使って、魔法少女たちを探せって、言ったでしょう?」
「うん」
「そしたらね、あのね、すっごく変な魔法少女を見つけたの」
「変って?」
「うーんとね、すごく、すんごく強いんだけど……なんだろう、わたしや八宵ちゃんとは、何かが違う! って確信したんだ。それで、戦いが終わってから、家までこっそりついて行ってみたんだよ、その子の家まで! そしたらね、分かってしまったんだ。わたしは!」
「なにがわかったの?」
「うーんと、それがね、どうやらね――――」
それを聞いた時、あたしは心の底から――
混乱した。
「ほんとう……?」
「うん、たぶん。だって、八宵ちゃんともわたしとも、ほかの魔法少女たちとも違うってなると、それしか考えられないし! だって八宵ちゃんは魔法少女の中でもトクベツだし、わたしはもともと人間じゃないし。だとしたら、それしか考えられないかなあって」
「いや、でも、そんな……そんなことってありえるの?」
「わからないから戻ってきたんだよ~。八宵ちゃんならきっとわかるかなあって」
空ちゃんは無邪気に語っている。
あたしは空ちゃんを、絶対にうそをつかない、絶対にあたしを傷つけない、絶対にあたしのそばにいてくれる『仲間』として選んだ。そのために『パステルブルー』のライターを最初に与え、魔法少女にしてあげたのだ。
そんな空ちゃんに限って、うそやでたらめを、わざわざあたしに言うはずがない。
「どう思う、八宵ちゃん」
「…………、と、とにかく、確かめてみよう。空ちゃん、パロマたちにも伝えて。その魔法……いや、その子のことを見張るようにって」
「おっけーい。なに、わたしが言えばすぐやってくれるよ」
あたしは、不思議とどきどきしていた。
空ちゃんの言うことがほんとうなら。いままであたしがやってきたこと、生み出してきた『魔法少女』たちのこと……それから、あたしが考えてきた常識が、すべて間違っていたことになる。
もともと、『ライター』のことも、ちゃんと知っていて使っているわけじゃない。
空ちゃんや麗、絢水に配っているライターも、もともとあたしが持っていたものをまねて、それらしく作ったものに過ぎない。
そうだ、それとさっきの魔法少女たちのことも気になる。
『揺はどこだ』。そう言っていた。それは誰だ? なぜあたしにそれを聞く?
「その魔法少女のことも、探さなくっちゃ」
「なあに? 八宵ちゃん、次はどうする? どうするの?」
「ううん、やることがいっぱい。夏休みっていそがしい」
あたしはとりあえず、栞を元にもどして本に挟み込むと、空ちゃんの手を握った。
「わわっ、どうしたの急に。どきどきしちゃうじゃん!」
「空ちゃん、家に連れて行って……今日はもう疲れたから、一緒に寝よう?」
「い、いっしょに……いいよ! つれていってあげる!」
空ちゃんはあたしをひょいと両手で抱え上げると、背中の羽でふわふわと飛びはじめた。あたしの家までは、ここから少し離れている。空ちゃんのからだはふわふわしていて、暖かくて、ぽかぽかで……抱かれているだけで眠くなってくる。
「うぅん、はじめてあんなにたくさん魔法を使ったから……疲れちゃった」
「パロマに戦わせればいいのに。八宵ちゃんだってできるでしょ、そのくらい。パロマたちもきっと喜ぶよ、『大親分のためなら!』ってね」
「ねえ、空ちゃん……」あたしはあくびをこらえながら、「その、『大親分』っていう呼ばせかた……パロマたちには、やめるように言っておいて……」




