37 レイラ・グランデⅡ
女性のみで構成されている聖愛騎士団は、千を超える女性騎士が所属している。その頂点に立つのが、総隊長であるフレイヤ・マイヤーズだ。辺境伯マイヤーズ家の長女であり、齢二十八にして総隊長に就任した逸材である。
総隊長の下には十五の部隊があり、それぞれの部隊長が約六十名の騎士を取りまとめる。それからさらに、班長が現場指揮官として直接の指示を出す、というのが聖愛騎士団の組織形態である。
聖愛騎士団の任務は主として部隊ごとに割り振られており、護衛から魔物の討伐まで、どの任務に当たってもいいような訓練を受けている。という体裁ではあるが、それぞれの部隊には得意とする分野があるため、部隊に宛がわれる任務内容は固定化される傾向にあった。守備に特化した部隊には街や要人の警護を、攻撃力に富んだ部隊には魔物の討伐を、と振り分けた方が、効率性が良い。
レイラの所属する第十五部隊は、どちらかといえば人を相手にする任務の方が多い。
六十二名いる第十五部隊は八班に分かれており、この日は四つの班が王都の見回りに向かっていた。それ以外の騎士は、事務処理を行うか訓練を行うか、個人の判断に委ねられる。聖愛騎士団の中には貴族出身の令嬢も数多くいるため、お茶会を催している騎士もいた。
居残り組の班だったレイラは、午前中の時間を事務に当て、昼食を取ってから精霊魔法の訓練でも行おうと思っていた。事務といってもレイラには大した役割もないので、早々に執務室の机を片付けて、横に立て掛けていた剣を手にした。
「レイラ・グランデ、少し待て」
席を立とうとしたレイラを呼び止めたのは、執務室の中央奥に机を構えている部隊長のメリル・ダリスティーンだった。
レイラは、問題ばかり起こしているせいでメリルから疎まれていると感じており、声を掛けられるたびに緊張で体が硬直してしまう。
メリルは、貴族階級ではない一般市民から実力だけで部隊長へと成り上がった実力者だ。
「使えない部下は必要ない」というのが彼女の望む方針だが、やはり貴族勢力に物申すには立場が弱く、問題を起こしてばかりのレイラに確固たる処分を下せない。が、レイラの存在は確実にメリルの重荷になっている。
メリルとしては、扱いにくい荷物を押し付けられたようなものなのだ。
椅子から僅かに腰を上げた状態で静止したレイラに、メリルは数枚の書類を無造作に放った。
「エレメンタル・オーダーから依頼があった。魔道具の使用試験に関するものらしいが、すべて一任する。報告書を作成しておけ」
要は面倒ごとを押し付けられたのだが、再び椅子に腰を下ろして書類に目を落としたレイラの心は浮足立っていた。
エレメンタル・オーダーが威信をかけて開発している『魔道具』は、契約した精霊属性を超えた精霊魔法を行使できるという奇跡のような装置だ。ただ、発動するのは微かな精霊魔法だけで実践には向いておらず、扱いが非常に難しいという。
使いこなすためにはかなり時間がかかり、それに加えて魔道具使用の経過に対する報告義務が生じるため、積極的に魔道具の使用試験へ携わっていこうとする騎士は少ない。
自分の精霊魔法すらままならないのに、という焦りは一瞬だけ頭に浮かんだが、それよりも未知なる魔道具に惹かれる思いの方が強かった。
これ以上どうにもならない現状から目を逸らし、書類を読み込んでいく。
魔道具の使用試験期間は一カ月、エレメンタル・オーダーにて講習を受けた後は、どんな場面で行使するも自由だ。だが、自在に発動する人もいれば何の反応も得られない人もいるようだが、その結果が本業務に影響することはない。どうやら、優れた精霊魔法の使い手が魔道具の扱いに長けている、という訳ではないようなのだ。
それは、レイラを取り巻く焦燥の世界から完全に切り離されていることを意味する。
さっそく魔道具を授かるべくエレメンタル・オーダーへ足を向けたレイラの気分は、久々に晴れ渡っていた。
「これが、魔道具……」
重厚な箱に入れて手渡された魔道具は、短剣ほどの長さの杖だった。目を引く紅色で彩られた本体は、どんな素材で作られたのか推測できないほど艶やかだった。持ち手となる部分は木でできており、手になじむ形で張り出している。
机の向かいに座っているのは、レイラの担当をすることになったエレメンタル・オーダーの研究員、マックス・トレイサーである。白衣に黒縁眼鏡、肩に付くほどのもっさりとした髪……マックスは、レイラの連想する研究員の姿そのものだった。マックスはまさに学者気質で、研究にしか興味のないような性格だった。そのため、レイラも変に気負うことなく、魔道具と向き合うことができたのだった。
手に取るようマックスに視線で促され、レイラは恐る恐る杖を箱から取り出した。
「どうです?気分が悪くなる、耳鳴りがするなどの症状はありませんか?」
魔道具を手にして、不調をうったえた者が過去にいたのだろう。レイラにはそういった症状は一切なく、首を横に振った。
「何ともありません。でも……少しだけ、不思議な感じがします」
木の葉がそよ風に吹かれて騒めくような、静かな揺らめきが起こった気がした。だが、手にした一瞬のことだったので、紅色の杖をまじまじと見つめた時には不思議な感覚だけがレイラには残っていた。
「不思議な感じ、ですか。そういえば、レイラさんと同様のことを言っていた騎士のことを、以前にミザネスから聞いたことがありますね」
ミザネス、本名アッシュ・ミザネスは、この魔道具を開発した研究師で、魔道具開発の一人者として一躍有名になった人物だ。騎士のなかで、彼の名前を知らない者はまずいないだろう。
「それでは、杖を使って精霊魔法を発動してみてください」
レイラが相槌を打つ暇もなく、マックスは次々と話を進めていく。
(簡単に言うけれど、発動はなかなか難しいのではなかったかしら)
少なくともレイラはそう解釈していた。けれど、研究師であるマックスがやれというなら、レイラに否はない。どうやって発動すればいいのかマックスは全く触れていなかったが、取りあえず杖を構えることから始めた。
「その杖の属性は火ですので、火傷には注意してください」
最も重要なことを補足事項のように付け足され、レイラは思わず身構えてしまう。
レイラにとって、火と聞いて真っ先に思い浮かぶのはフェリシアだった。いつも自分の先を歩いていた双子の姉。
何もかもに優れ過ぎていたフェリシアの所為で、レイラは辛酸を嘗めるばかりの人生を送ってきた。幼い頃は、一族の関心を一身に掻っ攫っていた姉を疎ましく思っていた。だが、成長するにつれて自分自身の力不足を実感するようになると、フェリシアに対して抱くのは申し訳なさだった。
不出来な妹のせいで、フェリシアには余計な苦労を掛けてしまっている。
それでもレイラが聖愛騎士団に入団したのは、自分を認めてもらいたいからではない。そこが、フェリシアの精霊魔法を一番近くで見ることができる場所だと思っていたからだ。
結局は、部隊が分かれてしまって接点はほとんど無くなってしまったのだが。
レイラは、フェリシアの精霊魔法が好きだった。精巧な芸術のように美しい、火の造形。
火の精霊魔法と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、やはりフェリシアの火だった。
(あの綺麗な炎を……私も生み出してみたい)
「なっ!」
マックスの引き攣った声に、レイラはふと我に返る。
杖を向けた先には、赤々と燃える火の玉があった。拳ほどの大きさだったそれは、レイラの意思に従って嵩を増やしていく。頭ほどの大きさまで膨らませて、火の精霊魔法の成長は止まった。
「……綺麗」
風の動きに合わせて揺らめく炎は、フェリシアのものには遠く及ばない。けれど、初めて自分が生み出した火は、何物にも勝る美しさだった。
暫くの間炎を眺めたあと、マックスから合格の判断を下されたレイラは、杖を一カ月の間保持する許可を得た。
さらに、もし今以上の発動効率を得られるのなら、一か月の使用試験期間を延長してほしいというマックスの申し出を、レイラは快諾した。
放った後は自分の制御を離れてしまう水の精霊魔法よりも、望むままに操ることのできる火の魔道具に、レイラの関心は傾いていったのだった。




