閑話 貴族たちの宴
王都アーバンの郊外にある邸宅では、真夜中にも関わらず、数人の貴族らによる会合が開かれていた。
部屋に灯された蝋燭は多くはなく、窓はカーテンで閉じられている。薄暗い室内の中央には大きな円卓があり、等間隔で腰掛ける者の姿が不気味に揺らめいていた。しかしながら、蝋燭の微弱な明かりでは、彼らの顔をはっきりと浮かび上げることはできない。
その空いた一席に、最後に訪れたウィルノ・コリンズが腰掛ける。これで、十二の椅子が全て埋まった。隣同士の顔が見えないほど、席の間隔は広い。対角線上に座る者の顔など、もはや黒い靄でしかないが、彼らが国の最たる貴族ばかりであることをウィルノは知っていた。
国の頂点に近づくようになると、この会議の存在が自ずと耳に入る。
ウィルノは、今は亡きトラヴィス・メイラー公爵からそれを聞いた。トラヴィスが『真実上の統治』と呼んでいたその会議は、その名の通り、国王に成り代わって政治を取り仕切る貴族らによって開かれている。
アーシブル王国初代国王フラセル一世は、急激に広がった国土を平定するために貴族の意見を重視する『議会制』を執ったが、歴史と共に国王の権力は議会へと移っていった。議会の中でも影響力の強い派閥が実質的に国を動かしており、この『真実上の統治』はその名残だとされている。
トラヴィス・メイラーが任務中に死んだことで、ウィルノは空いた席に収まった。その末席に加わることができた己の幸運に期待しつつも、行く末に対する不安に苛まれてもいる。
先代までは、傀儡として操りやすい愚図な王ばかりだった。しかし、ギルバート第一王子が即位して以来、貴族の権力はたちどころに削られている。
いま貴族派に残されているのは、フラセル初代国王が確立した議会としての純粋な発言権と一部の軍事力だけであった。
現段階では、王立討伐騎士団を制していることによって貴族派は軍事力の大多数を掌握しているといえる。ウィルノはトラヴィスに代わって王立討伐騎士団で幅を利かせてはいるものの、総長の座に収まっているのはギルバート王の息のかかったサザン・ラーシェンクであり、この地位を得ない事には王立討伐騎士団の完全な支配は成しえない。
ウィルノが狙うのは、王立討伐騎士団総長の役職であった。
そして、『真実上の統治』に参会していれば、その席が自ずと舞い込んでくるはずだと、そう期待していた。
「コリンズ卿が参られた。始めようぞ」
彼が席に着くと同時に、誰かが口を開く。
この暗がりでは、誰が喋っているか分からない。しかしながら、末席であるウィルノは着席の順が最後だと決められており、誰がこの場にいるのか知ることができないのだ。退出時もまた、彼が最初に席を立たなければならなかった。
「さて、これをご覧いただきたい」
円卓の中央部分に、半透明の石が浮いて現れる。暗がりであっても、ウィルノはそれが何であるのかすぐに分かった。
「お待ちいただきたい!それは……」
討伐騎士としての職務に従事していたウィルノは、その石を見て喉の奥を引き攣らせた。
……魔物の核とも言われるその石は、討伐後に破壊することが義務付けられている。なぜなら、魔物をおびき寄せる作用があるからだ。
彼は思わず腰に手を伸ばすが、今夜は帯剣していないことに気が付いて、手を固く握りしめる。
だが、胸の内では気が気ではない。小ぶりな魔石だとはいえ、ここは王都の郊外であり、魔物が攻め入って来れば大惨事になりかねない。そもそも、魔結晶石の運搬は不可能だと言われている。なぜなら、魔結晶石に触れることによって激しい苦痛を伴うからだ。また、魔結晶石には精霊魔法が一切効かないという理由から、魔結晶石を風の精霊魔法で浮かせるという手段も難しい。
(……待て、なぜ浮いているのだ!)
破壊されるべき魔結晶石が目の前にあることに気を取られていたウィルノは、はっと目を見開いた。精霊魔法が効かないはずの魔結晶石が浮いているのは、明らかにおかしい。
ウィルノのその動揺を感じ取ったのか、「くっくっくっ」と低い笑い声が響き渡る。それが嘲笑だと分かっていたが、彼はそれに反論するだけの余裕はなかった。
「興味深かろう、コリンズ卿。お主になら、これが偽物でないことは見抜けるはず。では、なぜ浮いているのか!」
「我々は、魔結晶石に精霊魔法を用いることに成功したのだよ」
―それならば、魔物を自在に操ることも可能ではないか……
冷たい汗が背中を伝ったことで、ウィルノは我に返る。
(私はいま、何を考えたのだ)
彼は、自分の思考回路が信じられなかった。討伐騎士とあろうものが、その信念を逸脱している。ウィルノが狼狽から立ち直らないうちに、話は先へと進んでいく。
「そこで、魔物に関する第一人者であるコリンズ卿に頼みたいことがある。これらの魔結晶石を託すゆえ、その効能を確かめてはくれんか」
「引き寄せられる魔物の数、危険度、そして時間が知りたい」
“頼み”と言っていながら、それはもはや命令だった。
権力や富のためなら手段を選ばない狡猾な男だったが、魔物と渡り合う討伐騎士としての矜持がある。魔結晶石を市街へ持ち込むことは、その矜持に触れることであった。
だが、貴族の世界で序列は絶対である。この会議において自分は新参者であるのは事実であり、これを断ればコリンズ家に未来はない。
いっぱしの口を利く時ではないと自制し、ウィルノは恭しく礼をした。
「すべて承知いたしました」
「マイヤーズ領付近は避けた方が良かろう。あそこには、高雅の蒼穹がおる」
「高雅の蒼穹か、目障りな奴よ」
「その力は是非にも手に入れたいものだがね」
「無理だろう、奴は究極の貴族嫌いだという話だ」
「方々、そこまでになされよ。高雅の蒼穹はマイヤーズ領から全く出てこないと報告されている。離れた場所で行えば、問題はなかろう」
『高雅の蒼穹』という名前が出た途端に激しくなった言合いに、一人の貴族が割って入ることで落ち着きが戻った。その一声に誰も異議を申し立てることがなかったことから、力関係が僅かに窺い知れる。しわがれた声からして老人だろうが、それが誰だが特定するのは難しかった。
ウィルノは『真実上の統治』のメンバーを把握していない。誰が最も権力を持っていて、誰に媚びればいいか、さっぱり分からないのだ。
普段はただ沈黙を貫き、指名されれば従うしかない。
「得体の知れない高雅の蒼穹よりも、第十三団の方が煩わしいとは思わんか。のう、コリンズ卿。彼らには、そろそろ消えてもらわねばなるまい」
先ほど場を制した貴族が、ウィルノを名指した。
トラヴィスの死後は王立討伐騎士団の筆頭貴族がウィルノであり、その話を振られるのは当然ともいえる。
「私も、そのように思っておりました。先日、忌々しいギルバート王の犬どもにS級ヒュドラの討伐任務を与えました。ヒュドラと言えば、あのサザン・ラーシェンクが討伐に失敗した魔物。たかだか五人では、任務を成功させるなど不可能でしょう」
周囲の反応を見つつ、話を続ける。
「任務失敗の責任と少人数での任務遂行の限界を感じる頃合いです。帰ってきた彼らには、団を解散してもらわなければなりませんな」
「サザン・ラーシェンクが失敗した任務」という点が効いたのだろう。ウィルノの提案に異を唱える者は誰もいなかった。
「ならば良い。コリンズ卿、夜も更けてきた。会議はこれにて終了とする故、退出なされよ」
大仰な物言いが癪にさわったが、ウィルノはすんでのところで堪える。
―新参者だと見下されているのは気に入らないが、もう少し我慢すれば、王立討伐騎士団総長の座が手に入る。その後に、この『真実上の統治』と手を切ればいい。
ウィルノには、『真実上の統治』に報告をしていない事業が幾つかあって、それが近ごろ成果を増している。
その一つが、魔物の密輸だ。
ハウゼント王国では、なんでも精霊と契約するための儀式に魔物が必要だという。
魔物を国の外へ持ち出すことは大罪であるアーシブル王国において、様々な貴族がハウゼント王国へ魔物を売る事業を秘密裏に展開していた。リスクは大きいが、得られる利益はそれに比例して莫大だ。
しかしながら、ギルバートはそれを許さなかった。今から三年前、魔物の密輸に手を染めていた貴族を片端からして処罰していったのだ。これまでのように、金を渡せば解決する相手ではなかった。そして、粛正を畏れた貴族たちは、おいそれと魔物の密輸に手を出さなくなった。
しかしながら、コリンズ家は監視の目を掻い潜った。ギルバート王は、ハウゼント王国で魔物売買の仲介者から情報を得て粛正に至ったが、コリンズ家はその仲介者の手を借りていなかったのだ。コリンズ家は、ハウゼント王国の中枢部に直接の繋がりがあり、繋がりを示唆するような証拠などひとつもありはしない。
その関係は、いまでも続いている。つまりは独占状態であり、コリンズ家の資産は膨れ上がっていた。
王立討伐騎士団総長として軍部を支配し、財力によって貴族としての地位も上がる。
あの業突く張り共は、念願の魔結晶石で混乱を引き起こしたいようだが、討伐騎士からしてみれば愚行でしかない。が、わざわざそれを指摘しようとは思わなかった。
それどころか、指示に従うつもりすらない。
魔結晶石の存在は、自分の手によって表沙汰にするべきではないし、魔結晶石とウィルノ・コリンズは無関係でなければならないのだ。
なぜならウィルノは、魔結晶石によってもたらされる惨禍を利用して、『真実上の統治』を嵌める道筋を考え始めていた。
―魔結晶石によって魔物をおびき寄せようと画策する貴族の動きを捉え、事前に阻止したコリンズ侯爵……
上手くいけば、ギルバート王からの信頼を勝ち得ることができるかもしれない。
「ふふふ、ははは……ふはははははっ」
ウィルノ・コリンズの笑いは止まらなかった。
――――――――――――
静かに閉じられていく扉に、残された十一人は視線をやった。
「コリンズに任せて大丈夫なのか。やつは詰めが甘い」
「ギルバートの若造は、コリンズの関与に勘付くのではないか?」
ウィルノ・コリンズに対する信用は地を這っていた。
新顔というのもあるが、魔物の密輸を完全に秘匿できていると胡坐をかいているところもまた、滑稽に感じられる。
そんな男に折角の魔結晶石を託してしまうのは、失策ではないかと不安を抱くのも仕方のない事だった。
「案ずるな。コリンズも魔結晶石と己の関与を表沙汰にするほど愚かではない。密輸の件が露見するのは時間の問題だろうがな。まあ良い、ギルバートがそちらに気を取られている間に、我々も動きやすくなる」
低く唸るような声には威圧感が含まれていたが、その言葉には説得力があった。いささかの不安を見せていた者も押し黙った。
「だが、若造の犬の動きが気にならんか。ハウゼントへ渡ったと聞いたが」
「名目上は式典へ使者として参列することになっているが、コリンズの動きを探っているのではないか?」
「だが、なぜラーシェンクなのだ?ギルバートの側近がいるだろう」
「ギルバートは最近大人しすぎる!何かを狙っているのではないか」
貴族らは、ギルバートも嘗ての国王たちと同じように傀儡として操るのは容易だとみていた。それまでは、ただの王子でしかなかったのだ。
しかしながら、ギルバートは十六歳になった途端、隠していた凶暴な牙と爪を露わにした。
予期していなかった襲来によって、貴族らはその権力を見る見るうちに奪われてしまった。その手際の良さと容赦のなさに、ギルバートを恐れている貴族がいまだ後を絶たない。
「落ち着きたまえ。あれは確かに優秀ではあるが、物事を多面的に見るにはまだ若い。我々の存在に気付いていない時点で、敗北は決まったようなもの。我々は、虎視眈々と計画を進めようではないか!」
芝居がかった口調が耳に残るが、それが貴族らを落ち着かせるのに一役買った。
討論が一区切りついたところで、しわがれた声が終了の言葉を掛ける。
「本日はここまでとしよう」
出ていく順番が決まっているのは、なにもウィルノだけではない。一人ひとり退出するごとに、席を立っていく。
七人の貴族が部屋を去ったところで、その流れは途絶えた。
闇夜に紛れたその会議は誰の目にも留まることの無いまま、夜明けとともに掻き消されていった。
今度こそ、ほんとうに第二章に入ります。
どうぞ、お付き合いください!
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