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私は一旦ギルドに戻り、しばらくの間王都で過ごすことをマスター・キャメロンに報告する。もし緊急の依頼があれば受けることを約束して、次の日にはフヨールを去った。
二度目の王都は、前回と少しだけ勝手が違う。
壮大な外壁に圧倒されつつハヤテにはフヨールに帰ってもらい、ひとりで壁をくぐるところまでは前回と変わらない。違うのはその後だ。
まずは、王城の近くや表通りなどの一等地を避けて、一本入ったところにある宿を見つけて部屋を確保する。その後に、王立討伐騎士団の総司令部を目指しながら、目ぼしい食事処を探して歩く。
(王都に行くのは、あれが最初で最後だって思ってたんだけどね)
何の因果か、私は再び王立討伐騎士団総司令部の前に立っていた。任務の報告はサザンへ直接入れようと思っているので、彼がハウゼントから帰還していれば案内してもらうし、まだならば近くの王立図書館で調べものをしようと思っていた。
王立図書館と王立討伐騎士団総司令部は目と鼻の先だ。ちなみに、王宮もすぐそばにある。つまりここは、すべての権力が集まるアーシブルの中心部という事だ。
これ以上深入りしたくないという気持ちは変わらないが、第十三団のみんなが困っているならば力になりたいと思う程度には譲歩できる。
「おっ、お前さんは確か……」
だから、二言三言話しただけだった警備兵に声をかけられたことや、もう二度と会うことはないと思っていたルイスとの再会を、私は素直に喜ぶことができた。
再会といっても魔の森に行っていたのは移動も含めて一週間ほどなのだが、その一週間前の自分は取り巻くもの全てを否定的に見ていたから、もう一度ルイスと会えたことが本当に嬉しかった。
思えば、ルイスは私を腫れ物扱いすることなく、同じ土俵に立って接してくれた。会話を楽しんだのは初めてだったかもしれない。
まあ、そのことに気がついたのは、第十三団のみんなと過ごしたお陰なのだけれど。
「フェリクス!無事なんだな、怪我はしてないか!?」
ルイスは開口一番に勢い良く詰め寄ったが、私は彼が何を言っているのかさっぱり分からない。
実のところはS級討伐という危険な任務に同伴したが、それはフェイ・コンバーテとしてであり、しかもフェイの関与は極秘事項だ。
王立討伐騎士団にはフェリクス・コルダーとして来たので、何がどうなればフェリクスが怪我を負うような心配をされるのだろう。
「ルイス、落ち着いて。心配される原因に思い当たる節がないのだけれど、説明してくれますか?」
「え?だって、S級ヒュドラ討伐任務に行ったんだろ?そりゃあ心配するさ」
さも当然と言い放つルイスに、私は思わず「何で知ってるの!」と叫んでしまいそうになる。
咄嗟に口を押さえて何事もない体を装うが、頭の中は錯乱状態だった。
(どこから情報が漏れたの……)
サザン、ララサム、第十三団の五人。
疑いたくはないが、フェイの来訪を知っている者の顔が浮かんでくる。でも、よく考えれば私が第十三団へ案内されたこと知っている討伐騎士は少なからずいる。そこに私の顔を見たことがある人がいたとしたら…。
(普段はマイヤーズ領から出ていないし、クエレブレの時に会った討伐騎士とは接触していないからって、なんて迂闊だったの)
完全に油断していた。
『君が高雅の蒼穹だなんて信じられない』
そう言われ続けてきたことで、私の姿形から高雅の蒼穹を連想する者などいないだろうと高を括っていたのだ。
私は唇を噛み締める。
高雅の蒼穹が第十三団に助力したと公になれば、ギルバート王はどのような対応を取るだろう。
これはしめた、とばかりに私を利用しようとするか、それとも、状況の変化を恐れて全てを無かったことにするか。それに対する貴族たちの反応も看過できない。
どう転ぶにせよ、私にとっての悪夢が再び訪れることは間違いないのだ。
権力争いに巻き込まれても仕方ないと覚悟していたが、いざ現実を突きつけられると、頭の中が真っ白になって判断が鈍ってしまう。
「研修先が第十三団だって聞いたんだ。フェリクスも付いて行ったんだろ?」
「……え」
「第十三団って謎なんだよな。合同訓練にも参加しないから所属してる騎士も分かんないし、任務も特殊っぽいのばっかりなんだ。見習いが配属されるのなんて初めてだよ」
「待って、配属って何のこと?」
私の混乱とルイスの発言が噛み合っていない気がする。
ルイスは依然として私を見習い騎士だと思っているようだが、それは正体を隠すための方便なので、私に見習い騎士としての教養はない。だから、ルイスの言っていることに首をかしげるしかなかった。
「えっ、この前総長室に行った後にさ、第十三団の詰所に案内されてたよね。違うのかい?」
(ああ、そういうことね)
確かに、初めて来た見習い騎士が詰所まで案内されれば、側から見るとそう解釈されてもおかしくない。
「でも、第十三団はまだ帰還してないから、フェリクスは留守番だったんだね。派遣された団の任務に随従するのが普通だからさ、安心したよ」
つまり、私が派遣された第十三団にS級討伐任務の沙汰が下ったと聞いて、私も付いていったとルイスは思ったわけだ。
その説明を聞いて、高雅の蒼穹という冒険者の関与がばれたと焦ったのはただの早とちりだったことに気が付くと、こっそり安堵の息を吐く。
だが、第十三団が帰還していないと聞いて、疑問を覚える。既に任務を遂げ、昨日解散しているはずだ。ルイスが怪訝な顔をするまで、私は延々と悩み続けた。
(うーん、こういうときにハヤテがいればなあ)
結局、普通の馬とハヤテとでは移動速度が圧倒的に違うのだと思い至る。地面を駆けたのなら、解散した街からこの王都までどれくらいかかるのだろうか。見当もつかなかった。
そして、少しの心細さを覚えた。いつもは些細な疑問があったとき、私の足りない知識をハヤテが補ってくれる。そのハヤテと暫く離れるのだと思うと、不安を感じずにはいられなかった。
ルイスとの会話からサザンはまだ帰国していないという情報を得たので、訓練があるという彼とは別れて王立図書館へと足を延ばした。
第十三団の彼らが到着するまでにはもうしばらくかかりそうだし、膨大な資料が揃っている図書館なら時間など飛ぶように過ぎてしまうことだろう。
――――――――――――
王立図書館の外見は石造りの屋敷のようだった。しかしながら、職員用のカウンターなどが並ぶエントランスホールを抜けて蔵書室へと入ったとき、あまりの荘厳さに圧倒された私は、入り口だというのにその場に立ち尽くしてしまった。
真っ直ぐ伸びた廊下は先が見えないほど長く、それに沿って作られた木の棚にはずらりと本が並べられている。二階までが吹き抜けの造りになっていて、曲線を描いた天井が空間に余裕を持たせていた。
耳を傾けてみれば、多くいるのは風の精霊だった。風の精霊たちもこの場所を好ましく思っているようで、湿った空気で本を傷めてしまわないように積極的に力を貸している。
大きな窓から差し込む柔らかい日差しといい、精霊たちの反応といい、とても心地がよい。ハウゼント王国の図書館は規制が厳しくて碌な本が置いていなかったし、ギルドの資料室に置いてある本は魔物に関するものばかりで殺伐としていたから、落ち着いて本を読める場所を見つけることができて、気分は高揚していた。
整頓されている図書館ならば、本の部類ごとに配置されている。私が探すのは精霊の伝承や精霊魔法に関するもので、蔵書が多いからか直ぐに見つかった。
本の背表紙に視線を走らせながら、気になる本を探していく。本棚と本棚の間には机と椅子が設置されており、手に取った本をその場で読むことができそうだった。
本は天井付近まで並べられており、届かないときは梯子を使うようだが、面倒なので座ったまま風の精霊に頼んで机まで運んでもらう。気のいい精霊ばかりで、頼めば喜んで協力してくれた。
『精霊の寵児』という単語を手当たり次第に漁ってみると、その概要や過去の記録などがすべて載っていた。
どの本を見ても、精霊の寵児の定義は一貫していた。
精霊の寵児は主に、他の人よりも強力で複雑な精霊魔法を使える人、複数の属性を使える人、そして四大属性以外の精霊と契約した人のことを指している。ジャックが言っていた通りだった。
この程度なら、私の持っている知識と変わりない。そのうえ、私なら理由付けもできる。
精霊は長く存在すればするほど自我が強くなり、それに伴って精霊力も強くなっていく。精霊には個性があるので、精霊同士でも力の強弱が生まれるのだ。また、精霊は契約に縛られないので、契約していない精霊が力を貸し与えることは考えられる。
最後に、四大属性以外の精霊は絶対数が圧倒的に少ないので、もし契約したなら珍しい例にはなるだろう。
私が知りたいのは、“精霊の声を聞いた”という出来事があったのか、ということだ。
図書館を訪れる前に、私は一つの仮説を立てていた。
不思議なことに、“契約する”という概念は精霊と人々の間で共通している。精霊力の譲渡という行為は、どちらか一方の強制では成り立たない。
それはつまり、過去に精霊と意思の疎通をとることが出来る者がいて、橋渡しをしたという証拠ではないだろうか。
物事には、何でも始まりがある。精霊と人間の関係を辿っていけば、私の契約した精霊の能力に辿り着くはずだ。
そういう目論みだったのだが、数冊の本を読んだ程度で見つかるほど甘くはなかった。
夜までかけて、ひとつの本棚を調べ終えるが、目新しい情報はまったくない。だが、そう上手くいくとも思っていない。本棚は、右にも左にもまだまだ続いているのだから。
それよりも今は、ずっと本を読むだけの一日がこんなにも穏やかであることに驚いていた。
(それだけ、忙しない生活だったってことね)
魔の森と隣り合わせの日々は、充実していたが満ち足りてはいなかった。こうやって静かに過ごすのが、本当は性に合っているのかもしれない。
―自分は何をしたいのか、自分にとって何が幸せなのか。
そんな事を考える余裕が生まれていたことを、図書館を去ったときに初めて気が付いたのだった。




