表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
21/38

21

 王立討伐騎士団の総会には、フェレスとオルデュールに滞在している団を含めた団長及び副団長、各部隊の隊長が王都の総司令部に集う。そこで重要な報告や今後の方針が決定される。しかし、今回は総長サザンがハウゼント王国へ赴いているということで、重要な決議は先送りにされたが、第十三団のS級討伐任務の決行は正式に認められることになった。

 たった五人で挑むという無謀さに反対意見も消えなかったが、それを黙らせたのは第七団団長ウィルノ・コリンズだった。

 彼の言い分はこうだった。

『討伐団の一団をもってすればS級を討伐するなど容易い事。第十三団も団を名乗る以上は、それ相応の働きをしろ』

 無茶苦茶な詭弁であることは誰の目にも明らかだったが、ウィルノに真っ向から逆らうことができる者などいなかった。


 矢面に立たされたニケルは、ただひたすらに耐えた。何を言われても心を乱すことなく、正面に掲げられた王立討伐騎士団の旗を見据え続ける。高雅の蒼穹の力添えがあることだけが、彼の拠り所であった。

 副総長ララサムを除いて、この場にいる騎士は高雅の蒼穹が協力者であることを知らない。理不尽を迫られているにも関わらず動じる様子を見せないニケルを、既に諦めの境地に至ったのかと彼らは哀れんだ。

 総会が終了するのと同時に、ニケルは会議室を飛び出す。


「カーマ―、少しいいですか」


 対角上に席があったはずのララサムが、真っ先に部屋を出たニケルを廊下の先で待ち構えていた。ニケルは、わずかに目を見張ったのを眼鏡の位置を直すことで誤魔化した。


「ララサム副総長、何か」


「先ほど高雅の蒼穹が到着しました。詰所へ案内させたはずですが」


 ニケルは記憶を辿るが、それらしき冒険者と会っていない。


「どうやらすれ違ってしまったようです。急ぎ、詰所に戻ります」


 実のところ、ニケルは本当に高雅の蒼穹が討伐騎士団に協力の姿勢を見せたのか半信半疑だった。だが、かの高明な冒険者は現れた。これで、仲間を無駄死にさせずに済むことに、ニケルは安堵の息を漏らする。


 逸る気持ちを表には出さず、だが足早に通り過ぎようとしたニケルを、ララサムは呼び止めた。


「高雅の蒼穹という人間を見かけで判断しない方が賢明でしょう。あの人の才覚は、そんな事では測れない」


「それは……」


 見掛けで判断してはならない。その真意を尋ねようとニケルだが、ララサムは既に背を向けていた。


(自分で考えろ、ということか……)


 ニケルには、一つだけ心当たりがあった。今日、イズミ・シューティンに連れられて来た一人の少年がいたはずだ。てっきりイズミ付きの見習い騎士だと思ってレナードとノエルに任せてしまったが、そもそもイズミは何の用事で第十三団に来たのだ。


(やはりあの少年が、高雅の蒼穹)


 自分はとんでもない勘違いをしていたのだと、ニケルは焦燥に駆られながら足を速めた。



 扉に手をかけたところで、嫌な予感が走った。この予感は当たることはあっても、外れることはあまりない。どうか気のせいであれと願いながら扉を開け放つが、その先で起こっていたことに、ニケルは額を押さえた。


「これは一体何事ですか」


 まず目に入ったのは、ひっくり返ったソファーと真っ二つに割れたテーブル。次に部屋中に撒き散らされた書類、倒れた本棚、粉々に破れ砕けたドア。唯一、グランドピアノだけが難を逃れている。


 聞くまでもなく、ニケルには何が起こったのか想像がついた。


「……室内でこんなに暴れるなんて、一体何を考えているんです?」


 にこりと口角を上げるニケルの眼鏡の奥は、凍てつくようだった。瞳の色が氷のような青であるために、なおさらである。私にも向けられたそれに、先ほどとは違う意味で冷たい汗が流れ落ちる。


「ニケル、来るのが遅いぜ。ノエルが止めなきゃどうなっていたことか」


「なぜこんな事になっているんですか。もっと早くに彼らを止めてください」


 凄みのある声に、レナードは矛先が自分に向かわないうちにすごすごと引き下がった。


「まあ良いでしょう。それよりも、僕は第十三団代表ニケル・カーマーといいます。先ほどは大変な失礼を、申し訳ありませんでした」


 扉の傍に佇んでいたニケルは前へと歩み寄り、深く頭を下げた。

 私は、彼の行動に慌てて首を振る。


「大丈夫です、気にしていません。では、私も改めて名乗らせてください。ギルド蒼穹の魂から来ました、冒険者のフェイ・コンバーテです。少しの間ですが、お世話になりますね」


 ニケル、レナード、ノエルは大きく頷いた。しかし、セオだけは取り付く島もなく部屋を後にしてしまう。


「何だよあいつ……」


 レナードが困ったように呟いた。癖なのか、ニケルも眼鏡に手をやる。


(セオがごめんなさい、コンバーテさん。怪我はしていませんか?)


 ノエルが謝ることではないのに、彼は申し訳なさそうに眉をハの字にゆがめた。私はその気遣いだけで十分だった。


「気にしないでください。怪我もしていませんから」


 本心では、確実な急所を狙った攻撃に冷や汗を流したけれど。結局のところセオの真意は分からないままだが、もう一戦するのは嫌なので諦めてくれることを願う。


「それと、もしよければ私のことはフェイ、と呼んでください。しばらく一緒に行動するのに、コンバーテさんでは距離が遠すぎます」


 私は、名前で呼び合うことは対等な関係を示すのだとジャックに教わった。冒険者に序列はないので、ギルドで言葉を交わす人はみな私のことをフェイと呼ぶ。

 私は、第十三団の騎士とどう接すればいいのか考えあぐねていた。何しろ、私は人と触れ合うことに慣れていないのだ。

 討伐作戦の一時しかない関係だが、その間ずっと余所余所しいのも疲れる。かといって、試練を共に乗り越えてきた仲間の絆に、軽々しく割り込むのも気が引ける。

 名前で呼んでもらうというのは、私の精一杯の歩み寄りだった。それに、何故だか彼らの表情は硬い。緊張感が漂っていると思うのは、決して気のせいではないはずだ。


「分かりました。ではフェイ、この赤毛はレナード・ジンクス。見た目の通り火の精霊魔法の使い手です。隣はノエル・ブラウン、特殊な風の精霊魔法で我々の司令塔を務めてくれています」


(目に見えないくらい細かな風をね、飛ばすんだ。何か物にあたると掻き消えるから、それで大体の位置情報を掴むんだよ)


 面白い精霊魔法だ。レナードの契約している精霊も彼のことを好ましく思っているようで、楽しげに飛び回っているのが聞こえる。その実力は真の森に行ってみないと定かではないが、先ほどのセオの優れた剣術といい精霊の反応といい、彼らが結構な能力を秘めていることは間違いない。


「そういえば、ルークのやつは?また街かよ」


 ふと、レナードが室内を見回した。確かに、五人と聞いていたがあと一人足りない。


「困りましたね、総会が終わるまでには戻るように言ったのですが。まあいいでしょう。もうひとり、ルーク・ウル―エルという自由人がいます。すぐふらりと消えてしまうので、手を焼いているんですよ」


 ニケルは困ったと言いながら、ルークという騎士の不在を気にしていなようだ。彼がいないのは、もはや恒例のことらしい。第十三団は、随分と個性的な騎士が揃っている。


「それでは、本題に移りましょうか。既に知らされていたことですが、S級ヒュドラ討伐の指令が正式に下りました。三日以内に出立しろとの命令です」

 

 ニケルの報告を皮きりに、彼らの表情は一瞬で引き締まった。その瞳には、強い決意の色が浮かんでいる。

 ああ、彼らは本気なのだ。

 第十三団は、彼らを疎ましく思う貴族派から潰されそうになっていると聞いた。彼らはたった五人だとしても、S級ヒュドラに挑むだろう。それしか、第十三団が生き延びる道はないから。

 才能豊かな彼らだが、私にはどこか陰があるように感じるのだ。それは、かつて貴族に見たものとよく似ていた。

 貴族というのは優雅に見えて、小さな世界で数少ない椅子を必死に取り合っているだけの滑稽な存在だ。その椅子を獲得できるのは、大抵が生まれた順番が早い男子である。それにあぶれてしまえば、残された道は自立か服従の二つしかない。

 跡を継いだ兄弟と上手く関係を築いている者もいたが、立場を脅かす存在として疎まれている者もいた。親からは、長子に何かあった時のための予備としてしか扱われない。そんな環境で育った者たちは、皆どこか同じような雰囲気を纏っているものだ。

 サザンは、彼らには居場所が必要なのだと言っていた。何か事情があって、非公式であってもこの第十三団にいるのだろう。


(君には守りたいものがあるか、か……)


 サザンの言っていた意味がようやく理解できた。彼らは、自分たちの居場所を守るために、命を掛ける覚悟をしている。どんな形であれ、それは何物にも屈しない力強さと尊さがある。

 それは、私には無いものだった。


「ヒュドラか……。巣窟を発見したって話だが、正確な座標は分かってんのか?」


「第八十三安全地帯から北東十キロ、とだけ」


「第八十三か……遠いな」


 テーブルが壊れてしまったので、書斎机の上に地図を広げた。その場所を指さしたニケルに、レナードは難しい顔で唸る。


 魔の森に点在している安全地帯は、森で活動する騎士や冒険者たちの活動拠点となっており、発見された順番に番号が振られている。それらを飛び石伝いに活用し、深層へと潜っていくのだ。

 日中は、魔物の跋扈する森の中を全速力で駆け抜け、安全地帯を目指す。

 魔物の勢いが増す夜間は、安全地帯で露営をしつつ、周囲の状況を探る。

 ただそれだけのことだが、彼らの表情は暗かった。


「このルートなら中継する安全地帯は六つで済みますが……数日前にA級ラミアーの目撃情報があった場所を通らなければなりませんね」


(ちょっと大回りになるけど、第八と第二十九、第七十四って進むのは?)


「それだと、湖を横切ることになるだろ。この時期だと、湖にはケルピーが出る。遭遇したら厄介だぜ」


 真剣な彼らの議論を、私は黙って見守る。私もジャックといた頃は、よくこうやって地図を囲んで、どのルートを通るか話し合ったものだ。

 私はこの作業が嫌いだった。なにせ、森に入ってしまえば精霊たちが進むべき道を教えてくれるのだから。

 だが、そうすることが何故必要なのか、ジャックは私に一から説明してくれた。

 四方を木々に覆われた魔の森では、自分の位置を把握しつつ、魔物の襲撃に警戒するのは非常に難しい。一歩間違えれば、広大な魔の森で居場所が分からなくなる可能性もあるし、予期せぬ高ランクの魔物と遭遇してしまうこともある。事前に目的地を決め情報を集めることは、仕事の成功不成功の前に、自分の命を守るために必要なのだ、と。


 だがハヤテと出会ってからは、こうやってルートを設定することもなくなった。精霊に導かれるまま進み、地上ではなく空で移動する。前は数日かけて辿り着いていた場所へ、半日で行けるようになってしまったことが大きい。

 だから、彼らの姿がとても新鮮に感じられた。


「フェイはどう思われますか?」


 私が黙ったままであることに気が付いたニケルは、突然話を振った。だが、安全地帯伝いに移動する経験が数カ月しかない私に意見を求めても、正直何の役にも立たないと思う。

 困ったな、と地図を見やったとき、驚きで目を見張った。


(これ、安全地帯が少なすぎない?)


 地図には、魔の森の大まかな地形と安全地帯が書かれているのだが、ぱっと見たところ私が知っているよりも安全地帯の数が圧倒的に少ない。安全地帯は比較的小規模なものが多いが、ここに書かれているのは面積の広いものばかりだ。これではルートに困るのも頷ける。


「安全地帯は、これだけですか?」


 私の質問に、彼らは不思議そうな顔をする。私は思わず書斎机に置かれていたペンを手にして、地図の前に立った。


「直接書き込んでも?」


 一応確認を取り、彼らが話し合っていた安全地帯の周辺に、私が知っている安全地帯を加えていく。第八十三安全地帯は私の拠点であるフヨールから五領ほど東、クービック領から北にいったところにある。普段はあまり行かないが、それでも大小を問わず三十以上もの安全地帯が新たに浮かび上がった。

 一息に書き終えた私は、ペンを元の場所に戻す。


「私が足を運んだことがある安全地帯です。この辺りのことはあまり詳しくないので、本当はもっとあるはずですが……」


 大部隊で駐留ならともかく、この人数なら小さな安全地帯でも不便ないはずだ。

 そう思って彼らを伺ったが、何故だかあまり反応は芳しくない。


「これほど安全地帯があるとは、信じ難いですね。それに、これほど狭い土地では魔物の襲来に耐えきれないでしょう」


 耐えきれないだなんて、とんでもない。安全地帯の頑丈さは、土地の面積ではなく、集まる精霊の数によって決まるのに。

 彼らが渋る理由は、安全地帯に関する正しい情報を知らないからだと気が付いた私は、面倒だが、一から説明することにした。


「皆さんは、どうして安全地帯に魔物が侵入できないかご存じですか」


「そりゃあ、安全地帯ってのはそういうもんだ」


「何か理由があるのですか」


(どういうこと、フェイ)


 レナードはおざなりに答えたが、ニケルとノエルはこの話題に食いついた。さて、どこまで話そうか。細かい部分は話し始めると長いので、掻い摘むことにした。


「安全地帯というのは、精霊の力の溜まり場なのです。魔物は、元を辿れば精霊の力が負の方向へ捻じ曲げられてしまった所為で生まれるもの。魔物と精霊は、お互いに影響しあっているのですよ。しかし、その力が拮抗しなかった場合、魔物の力が大きければ精霊はそれに引き寄せられ、反対に精霊の力が大きければ魔物は退けられる」


「は?」


 ニケルたちは、揃いも揃って口をあんぐりと開けた。そんなに面食らうことかなあ、と首をかしげながらも私は話を続けた。


「ですから、広さは関係ありません。集まった精霊の力の大きさが、安全地帯の強固さに繋がっているのですよ。とすると、精霊の集う場所は森中の至る所にある、ということです」


 私が話し終えると、ニケルは青褪めた顔を片手で覆った。ノエルとレナードも、ふらりとソファーへ凭れかかる。


「もしそれが本当なら、と言いたいところですが……高雅の蒼穹である貴方の言葉なら、疑うべくもありませんね。フェイ、これは精霊の生起にまつわる重要な情報ですよ。エレメンタル・オーダーも総力を挙げて取り組んでいる課題を、こうもあっさりと解いてしまうとは……」


「え?」


 拍子抜けた顔をしたのは、今度は私の番だった。

 精霊という存在を政治利用しているだけのハウゼントならともかく、精霊を身近に感じているだろうアーシブルの人々は、精霊と魔物の因果関係くらいは知っているものと思っていた。だが、彼らの反応からして違うようだ。


(これは……やらかしたかな)


 もしそうなら、今の話は彼らにとって衝撃だっただろう。長い間、様々な学者たちが悩んできた難問に対して、私はいきなり答えを放り込んでしまったようなものだ。

 彼らに話してしまったのは迂闊だった。もう二度と軽々しく精霊に関する情報を流すものかと心に刻みながら、どうか追及しないでくれと内心で冷や汗を流す。


 彼らの目は、この情報をどうやって得たのか知りたくて仕方がないと物語っていた。だが、私のことを詮索するなという条件を守っているのか、問い質すようなことはしなかった。

 居心地の悪い沈黙が続く。どうにか話題を逸らそうと思考を巡らせていると、周囲の精霊たちが、この場にいる誰でもない名前を呼んでいることに気が付いた。


(リアム)(リアムだ)


 この部屋に向かってきているというリアムは、第十三団の騎士ではないはずだ。残りの一人の名前はルークのはずだから。

 バン、と低く乾いた音を立てて、扉が開く。その先にいたのは、黒髪に明るい蒼の瞳をした青年だった。リアムというのは、彼で間違いない。

 ニケルたちも、入口の方を一斉に向く。

 先ほどのレナードの反応からして、彼らと他の騎士はあまり仲が良くなさそうだった。この騎士にもどう対応するのか、一触即発にならないことを祈りながら、私は黙って事を見守ることにした。

 だが私の予想とは裏腹に、レナードは気だるそうにソファーの背に身を預けて、視線を投げかけた。


「おいルークてめぇ、作戦会議だって言っただろ。ばっくれてんなよ」


(ルーク?)


 私は混乱していた。精霊は確かに彼のことを『リアム』と呼んでいるのに、第十三団の彼らは違う。ニケルがついでにと紹介していた、ルーク・ウル―エル、それが目の前の青年なのだ。

 精霊名は、生まれてすぐに精霊から贈られるという。何かしらの事情があって、その瞬間に立ち会った者がいなかったのだろう。

 事情を察した私は混乱から抜け出し、ルークと向き合った。


「ちゃんと戻ってきたんだからさ、そう怒らないでよ」


 ルークは穏やかな笑みを浮かべながら、乱闘の爪痕の残る室内を見回していく。遅れたことを歯牙にもかけない様子にニケルは呆れていたが、諦めて溜息を吐いた。


「本題に入る前でしたから、よしとしましょう。ルーク、こちらはフェイ・コンバーテ。今作戦に協力してくださる冒険者です」


 ルークは、彷徨わせていた視線を私に留めた。だが、彼の薄い青の瞳は何も映していない。体の表面をなぞっていく怖いほどの無関心に、私は小さく身震いした。それでも私が目を逸らせなかったのは、彼の瞳の奥に、渇望と虚無という背反する存在を垣間見たからだ。

 無力感という絶望の波を漂いながら、彼は必死に手を伸ばして何かを求めようとしている。しかし、纏わり付く重りは決して彼を離さない。

 諦観を装ってはいるが、目は心の奥底の感情を顕著に表すものだ。彼は心のどこかで、今も強く欲している。

 ルークと私が見つめ合う時間は、ほんの一瞬だった。ルークの瞳が僅かに揺らめいて、私から視線を外す。


「それで、勝算はあるの」


 壁に備えられた戸棚からポットと人数分のティーカップを取り出しながら、ルークは議題の核心に切り込んだ。

 ニケルが出した水の玉をレナードが温めて、差し出されたポットに注がれるのを私はぼんやりと眺めていた。器用な連携だ。彼らの精霊魔法の操作力がどれほどのものなのか、これだけで窺い知ることができる。

 ニケルは、地図の傍にドサっと資料を積み重ねた。

 

「確認されたヒュドラは、頭部が五つに分かれているそうです。全長は十メートル前後。五つに分かれた頭部または尾が攻撃手段ですか……」

 

「なら、頭と尾をぶった斬ればいいのか?」


 さもあっさりと言うレナードに、ニケルはやれやれ、と肩を竦めた。


「全長が十メートルを超える魔物の首が、そう簡単に切れるはずがないでしょう。ですが、枝分かれした頭部に弱点があると考えるのが妥当ですね。先人たちも、それを狙ったようです」 


 ニケルたちは、過去の対ヒュドラ戦から得た情報が纏められた資料を捲りながら、その特性や弱点を探していく。

 未だ嘗て、完全にヒュドラを屠った者はいない。だから、こうすればヒュドラを倒すことができる、という確実な線引きが存在しないのだ。


(…ここ見て。ヒュドラの頭を落とすことに成功したが、ものの数分で再生した。…だって)


 ノエルが指差した資料を覗き込んで、レナードとノエルはげっそりと顔を歪めた。


「どうしろってんだよ」


 弱点と思えた攻撃もまかり通らず、確固たる対策方法もない。見つからない突破口に、レナードは焦りから声を荒げる。その場凌ぎの作戦では命がいくつあっても足りない。この人数でヒュドラを倒すには、迅速かつ確実で、確証のある事前計画が必要なのだから。


「ねえ」


 ふと、長いこと資料を眺めていたルークが顔を上げた。疲労感が見え始めていた三人は、一斉に彼に注目する。


「高雅の蒼穹がいるんだからさ、彼に聞きなよ」


 ルークが指差したのは、私だった。ルークに寄せられていた視線が、そのまま私に移動する。


「そうでした、つい普段のように振る舞ってしまいましたね」


 彼らは、いつもこうやって膝を寄せ合って作戦を練っているのだろう。無理難題を押し付けられたのは、これが初めてではないはずだ。この作戦会議の時間が何より大事なはずだ。

 出て行ってしまったセオのことを頭の片隅で案じながら、


「で、どうなんだよ、フェイ」


 とレナードに急かされて、資料を手に取る。私は、ヒュドラについての情報を片っ端から集めていた時期があった。目の前にある資料も既に目を通しているが、その後にハヤテから得た情報の方は、より具体的だった。

 ヒュドラの弱点は、誰しもが目を付ける頭部に違いはない。再生するからといって、それが弱点でなくなる訳ではないのだ。要は、再生が追い付かないほど速く、そして全ての頭を落としたとき、それらが再生しないうちに胴体を倒せばいい。

 ハヤテに幾度となく尋ねたのだから間違いない。それぞれと頭部が異なる属性を持っている可能性も踏まえて伝えた。


「過去の人たちは、もう一押しだった、ということです」


 対ヒュドラは持久戦だ。この資料に載っている王立討伐騎士団第一団の騎士たちは、やっとの事で頭を落としたにも関わらず、それが再生してしまったものだから焦っただろう。

 正直なところ。ヒュドラに有効なのは火力ではなく精度だ。集団での戦闘はかえって不利となる。僅かな精鋭で立ち向かった方がいいと私は考えていた。


「もう一押し…って、第一団を使ってもダメだったんだろ?」


「待ってください。確か、当時の第一団団長はサザン総長だったはずですよ」


 私がそのことを言う前に、あれほど冷静に作戦を練っていた彼らは絶望に顔を歪めた。

 サザンは、その並外れた総率力で騎士らの力を最大限に引き出す指揮官であった事は、私も知るところである。

 だが、そのヒュドラは、先日のクエレブレのように魔力が強かったのだろう。ハヤテの説明から考えるに、人々の精霊魔法の使い方では限界がある。

 サザンがどれだけ優れていても、精霊魔法が思うように使えないのでは意味がない。彼のことだから、勝算がないと分かると迅速な撤退を選択したのだろう。


「ララサムが言っていましたが、精霊魔法が阻害される事例は珍しくないようです。サザンも、同様の事態に陥ったのでしょう」


 魔物にも個体差はあるが、今回標的にしているヒュドラがどれほどの魔力の持ち主なのか、憂いている部分もあった。彼らが精霊魔法を使えないかもしれない、ということだ。

 私と同じことを思ったのか、ニケルは眼鏡を光らせた。


「それは、今回も同様の可能性がある、ということですか」


(そんな!)


 ノエルも、とうとう落胆の声を上げた。そのせいで大部隊が全滅した前例があるので、不安に駆られるのも仕方がない。


「そんなに慌てないでください。今回目撃されたヒュドラがどれほどかは分かりませんし、最悪の場合は……私が一人で倒せばいい」


「フェイは、どんな状況下でも精霊魔法が使えるんだね」


 だんまりを決め込んでいたルークは、またもや痛い所を突いてきた。精霊魔法の行使の仕方が違うなど、こんな突拍子もない話を軽々しく口にできない。ただでさえ、先ほど口を滑らせてしまったというのに、これ以上墓穴を掘りたくはなかった。


「そうですね。それが、高雅の蒼穹たる所以ですから」


 詮索はするな。そんな念を込めて、私は貼り付けたような笑みを浮かべる。私は飽くまで、彼らに協力するだけの存在なのだ。その輪に加わりたい訳ではないし、心を許してもいない。

 適切な距離感を保ったまま、私はこの任務を終わらせたかった。


(ひとりでも、倒せるの?)


 ソファーに腰掛けるノエルは、不安そうに私を見上げた。

 これまでも、圧倒的な実力差の魔物に幾度となく立ち向かってきたが、一度も負けるなどと思ったことはない。できるできないは、私にとって大した問題ではないのだ。

 だが、これは最悪の場合だ。討伐騎士団は、数々のS級討伐の実績を上げているのだから、必ずしも精霊魔法が使えなくなるという事態に陥るとは限らない。それよりも、どうやって連携を取っていくかを考えた方が、よっぽどか有益というものだ。

 ノエルの問いかけに曖昧に微笑んで返し、「でも」と続ける。


「再生速度が分からないので、胴体との同時攻撃が欲しいところです」


 私は、うまいこと別の方向へと話を持っていった。レナードがそれに真っ先に乗ったおかげで、追及から逃れることができたことに、そっと安堵の息を漏らす。


「んじゃあ、俺とルークが接近に回る。ニケルは中距離援護を、ノエルはいつも通り指示を頼むぜ」


「それが妥当でしょうね」


 レナードの提案にあっさりと頷いた彼らは、ヒュドラの攻撃ポイントと弱点などを共有し、配置などを決めただけで、作戦会議を終えてしまった。

 もっと詳細な計画を練るものだと思っていた私は、拍子抜けすると同時に安堵した。魔物は危険度が高くなるにつれて、想定外が起こる。攻撃パターンなどの細かな作戦は、むしろ足を引っ張るのだ。行き当たりばったりと言われればそれまでだが、私は戦法に基いた訓練を行っていないので、突然その場面に放り込まれても、上手く連携を取れる自信がなかった。

 彼らは、私と考え方が似ている。


(レナードが火属性、ニケルは水属性、セオと僕が風属性でルークが土属性。結構バランスが取れてるんだ)


 少人数のパーティーにおいて、究極の構成だ。そして、ノエルという司令塔がいるからこそ臨機応変な戦闘形態を可能としているのだろう。

 だが、ふと違和感を覚えた。


(あれ、セオは?)


 さも当然のように、セオは作戦に加わらなかった。誰もそれを気にする様子を見せない。当の本人は既に部屋を去ってしまっているし、タイミングを逃した私は聞くに聞けず、胸の中に若干の懸念を抱きながら、任務に挑むこととなる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 視点が変わってる筈なのに、その区切りが見つけられなくて戸惑いました。 〝「……室内でこんなに暴れるなんて、一体何を考えているんです?」 “━━━━━━━━━━”  にこりと口角を…
[気になる点]  イズミ・シューティン氏の名前が、イズミ・カーティスになっていませんか?  正解はどちらでしょう? (正解が後者なら、超有名な某錬金術師マンガに登場する主婦の名前と被っているので、変え…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ