再起の覚悟
2020年、新型コロナウイルスが日本に入り、世界は一変しました。誰もがマスクをし、他者と距離を置く生活。
世間はその不自由さに戸惑っていましたが、私にとっては、それは数十年前から続く「日常」そのものでした。
私がマスクを常用し始めたのは、顔面痙攣を隠すためでもありました。左瞼が震え、口元が歪む。その姿さえも偏見の目にさらされたくない。そんな切実な思いからです。
誰からも誤解を受けない普通の人生を歩みたい――ただそれだけを願いながら、25歳のあの日から拡散された事実無根の噂と戦い続けてきました。
今も、自宅の近隣や日常のふとした瞬間に、心ない言葉や視線を浴びせられることがあります。
卑怯な噂が新たな悪意を生む連鎖。殴り飛ばしたいほどの憤りが湧き上がることもありますが、私はそれを必死に抑え込んでいます。
同じ土俵に立ってしまえば、私が守り抜いてきた
「誰一人傷つけない」
という誇りが汚れてしまうからです。
本来の自分とは違うレッテルを貼られる虚しさの中で、私は時に、真の同性愛者たちが抱える苦しみにも想いを馳せます。
彼らもまた、己の性にもがき、世間の偏見の中で生きているのかもしれない。私も、人を噂などだけで判断し、排除しようとする不条理な行動をしないよう、自らの人生をもって問い直していこうと考えます。
転職を繰り返し、長い闇の中で迷いながら僅かな希望の日差しを与えてくれたのは、現在の会社との出会いでした。
面接の際、履歴書には多少の疑問を持たせるように自らの心境を書き記しました。採用前、当時の支店長から電話があり、その疑問について質問を受けました。
私は、自衛官時代に事実無根の噂を流され、誹謗中傷の中で退職せざるを得なかった事実を簡潔に伝えました。あの時、採用の電話をくださった支店長には、今も感謝が絶えません。
この会社での日々は、私が今日まで失いかけていた「人との縁」を思い出させてくれました。
噂のない世界でのごく普通の会話がこれほど楽しいものなのかと、私は涙が溢れました。
さらに、二代目の社長は
「この小説を読んだよ。差別をする人間は理解できない。死んでもらったら困る、頑張ってほしい」
と、力強いお言葉をかけてくれました。
初めて、誰かが直接この小説を読んだと打ち明けてくれました。その言葉に、私は必死で涙を隠しました。
しかしその数年後、周囲の視線に異変を感じた私は、また噂が来たと悟りました。
私は自分の担当車両のフロントガラスへ、この小説を書いていることを周囲へ知らせる貼り紙を乗せて、数日間帰宅するという行動を起こしました。
「これがダメならば、もう俺の働く場所は何処にも存在しない。死ねばいい」
それは、文字通り命を懸けた、私の最後の覚悟でした。




