八話『初任給とは違うけれど』
初めての報酬を手に、あたしは考える。
(お世話になった相手へのプレゼントに使うべきよね)
お小遣い程度とはいえ、手にした銅貨はこの世界に来て初めて自分の力で稼いだお金でもある。ならば、あたしとしては記念に取っておくかアレクに何か買って贈るかの二択だった。
(距離を取る必要があるのは解ってるけれど)
それとこれとは話が別だ。大したものは買えないだろうとも、アレク達に感謝しては居るのだから。
(そうと決まれば、何を買うかね)
アレク達に色々世話を焼いて貰ったとはいえ、それだけでは悪いとあたしは数日前からアレク達の代わりに神殿のお使いで買い物に行ったりしている。だから一応この都における物価の方もある程度ではあるが把握していた。
(お菓子はこっちじゃ高級品でとてもじゃないけど買えないし)
形に残るものを贈ろうとしたなら、人が良いアレクのことだ受け取ってくれるだろうし大切には使ってくれると思うけれど、アレクを慕う同性から妬まれかねないから除外。
(かといって果物とか野菜とかじゃ酷いわよね)
報酬の安い仕事だったことが選択肢の幅を狭めている。
(花、とかは論外だし。変な誤解されそう)
ああでもない、こうでもないと悩んだあたしは――。
「むぅ、プレゼントであるかッ」
気がつくと、アッバスさんのお店に足を運んでいた。
「あー、はい。サービス価格で提供してくれるって仰ってましたから」
それでもお小遣い程度のお金で買えるものがあるだろうか、とはあたしも考えた。が、結局思いつかなかったので最悪相談に乗って貰おうと思ったのだ。アレクに相談する訳にはいかないし、同性に相談を持ちかけると面倒なことになりそうで。アレクの同僚に相談する訳にも行かない、となると異性で相談出来そうな人は他にいなかった。
(とりあえず、アッバスさんが同性愛者でアレクに懸想しているなんて斜め上な展開はないはず……)
異世界に流されてる時点でもう何が起きてもおかしくない気はしたが、ないと信じたい。
「うむ、約束を違えるつもりはないッ。そも、世話になった相手への感謝という気遣いに感銘を受けたッ」
そういいつつぽーじんぐしなければほんとうにいいひとなのに。
「これを持って行くが良いッ、今回だけ特別に九割引だ」
「いいんですか?」
「うむッ」
アッバスさんが差し出したのは、小さな薬瓶。顔を窺うあたしへ鷹揚に頷き返すと、薬の効果を説明し始めた。
「傷を癒し、活力を取り戻す――」
おそらく、ゲームなどでおなじみの生命力回復アイテムのようなものなのだろう。即効性というあたり、あたしの元居た世界の傷薬と比べてオーバーテクノロジーだが、この世界では神官がごく普通に傷を癒せる。
「神官ならば自前で傷は治せるであろうがな、万が一の為に持っていれば役に立とう。生憎最低品質のものであるが」
いや、下手に役立つものを贈って感謝されるよりはこっちの方が良い。
(物が物だけに使う機会が来ない方が良いのだけど)
あたしは、アッバスさんに礼を言って薬剤店を後にすると、光神神殿を目指して歩き出した。ギルドへの依頼持ち込みが終わったならアレクは神殿に居るはずだから。
「とにかく、さっさと渡して帰ってこないと」
物はポーションだが、アレクに何か渡していると言う光景だけでも目撃されたら拙いかもしれない。世話になった感謝を込めてプレゼントを私に行くのに、厄介ごとのような口ぶりは我ながらどうかと思うが、変に勘違いされたらと思うとそんな呟きになっていた。
(と言うか、問題はアレクが一人で居るかよね)
光神の神官は結婚しても問題ないらしく、アレクの様に名家の嫡男などといった優良物件であれば、ロックオンしている女性神官は両手の指の数ではとても足りない。ギルドの受付嬢でさえあれだったのだから、何らかの理由を付けてアレクと一緒に居るという可能性は充分に考えられた。
「アレクに直接渡さないと言うのも手なのよね」
つまり、アレクが見つけそうな場所に手紙を添えて置いておくと言うことだ。
(それはそれで変な誤解されそうな気がするわ。靴箱にラブレター忍ばせるみたいで)
こっそり忍び込む事自体は、暗黒神官固有の奇跡を行使すればおそらく出来ると思う。あたしが使える固有の奇跡は闇と同化し、気配を立つという隠行用のものなのだ。ちなみに光神の神官が使える固有の奇跡は、光弾を作りだし、周囲を照らすと言うもの。この光弾で照らされればあたしの潜伏など一瞬で解除されてしまうのだが、光神の神殿内に暗黒神官が居るとは、普通思わない。
(実験することになったのは不可抗力だったけど)
神殿でご厄介になっていた時、神官同士の逢い引き現場にあたしが偶然出くわしたのだ。出るに出られなくなって、隠れているあたしの方に二人が歩いてきたものだから、ついテンパって使ってしまった、と言う訳で。
(後々思い返せば冷や汗が……まぁ、対立する神の力を神殿内で行使しても察知されないことが解ったのは収穫だったわね)
姿を隠す瞬間を見られれば終わりの危ない橋。なので、流石に軽々しく行使するつもりはない。
(となると、やっぱりまずは正攻法よね)
悩んでいても仕方ない。まずはアレクが一人か胴かを確認する為にもとあたしはいつの間にか止まっていた足を動かした。
「……流石に大きいわね」
何時来ても圧倒される石造りの神殿を仰いで、ほぅとため息をつき。
「比べる時点で間違っているのだろうけれど」
遠い目をしてしまうのは、あたしの譲り受けた神殿とは雲泥の差だったから。
(って、そうじゃないわね。アレク何処にいるかしら)
等間隔に足音を石畳に刻みながら、あたしは神殿の門をくぐる。地味に後ろめたく感じてしまうのは、あたしが暗黒神官だからか。
「こんにちは、神殿へようこそ。おや、あなたは――」
笑顔で声をかけてくれる顔なじみも、難しい顔をして歩く司祭様も全て光神様に仕える人々。こうしてあたしは、半日ぶりにある意味でアウェーの地、光神神殿へと足を踏み入れたのだった。
まさかのアッバスさん再登場。
アレク×アッバス?
なんのじょうだんですかわたしはやりませんよ。
つづきます。




