六話『「良かれこそ良きなり」ですよ』
「ですから、怒ってはいけません」
光神の教義なのだとアレクから聞いたのは、確かアレク達に保護されて最寄りの村まで向かう最中の事だったと思う。
「良かれこそ良きなり」
善意で行ったことは尊いものなのだから尊重しなさい、といった教えである。これだけ聞くと悪くないように聞こえるかもしれないけれど、この言葉は意外とタチが悪い。
「食器割っちゃったけど、手伝おうとしてだから許してね」
とか子供が言うならまだ可愛い。
「光神様を崇めることは良いことです、ですので皆さんが改宗するのを手伝ってあげましょう」
かって、そんな言い分から侵略戦争を起こしたらしいのだ、この国は。光神様って神様が人々を見限ったのも、おそらくこれが原因何じゃないかなとあたしは思う。
(ものは言いようよね)
ちなみに暗黒神の教義は結果が全てであるとかそう言う現実主義的なもの。だから国を挙げて暗黒神を崇める国では、実力者であれば無法もある程度お目こぼしを受けたりするし、義賊なんかは犯罪者であっても尊敬を集め、もてはやされる。
「にしても、これはないじゃない。これは」
脱線した気もするが、事の起こりは受付嬢があたしの初仕事にとんでもないものを勧めてきたことに起因する。あたしがぴらぴら振ってみせる羊皮紙には、勧められた依頼内容が書いてある。
「他の宗派の神官に光神官見習い代理とか、気の荒い人だったらブチ切れてるわよ。馬鹿にするにも程がある、って」
「で、ですけれど光神様は素晴らしいですよ? お勤めをすればその良さが解るはずです」
というか、あたしはそのこうしんさまのしんでんでしばらくやっかいになっていたあんんこくしんかんですが、なにか?
「論外よ。じゃあ、あなたはあたしが『あたしの奉る神様が素敵』っていったらあっさり宗旨替えする訳?」
「そ、それは……」
そもそも、この受付嬢がこんな依頼を突き出してきた理由など考えるまでもない。あたしを改宗させてアレクに良いところを見せたいのだ。アレクに見とれてた時点で嫌な予感はしたが、まさかこんなわかりやすい点数稼ぎをするとは。
(しかも、アレクからすれば教義に叶っているから怒る訳にも行かない、と)
ここであたしが激怒してアレクにまで食ってかかれば、アレクと距離を取ることは出来ると思う。そんな気は更々ないのだけれど。距離を取るつもりとは言っても、アレクが恩人には違いないし、人望のある高位の神官に食ってかかったり何かしたら、社会的にあたしが死ぬ。
(まぁ、ここで仕事を受けるならあの娘ともめるのはどう考えても得策じゃないのよね)
嫌われて嫌な仕事しか回されなくなるかもしれないのはご免被りたい。
「もういいわ、けれどあたしだって資質を授けてくれた神様には感謝してもしきれないぐらいなの。だから、今度からそう言うお話は無しでお願いね?」
「わ、わかりました……」
だから、あたしは怒りを収めた振りをして、代わりに要求を通した。宗教の話題は避けられるならなるべく避けたい。ついでに神の力を必要とするお仕事も避けたいけれど、流石にストレートにそう言うと不自然になる。
「じゃあ、あたしに受けられそうな仕事があれば見せて頂戴。出来れば雑用とか誰にでも出来そうなもので。最初の仕事からしくじりたくないものね」
慣れる意味でも簡単なものから。掛け値無しの本音でもあるし、神の力を使わない言い訳としても極めて自然だと思う。
「堅実なんですね。では、登録したてですから……これと、これと、これぐらいですね? ギルドカードが出来るのにもう暫しお時間をいただきますから、その間に目を通しておいて下さい」
「わかったわ」
ちなみにギルドカードというのは、冒険者の持つ身分証明書であり、あたしが小説なんかで見たものと比べるとかなりしょぼいものだった。個人情報の書かれた小さなプレートという意外には「登録者が触れている時だけ色が変わる」ぐらいの機能しかない。
「配達に薬草採取と実験助手、ネズミ退治と草むしりねぇ」
他にも皿洗いや庭木の剪定とか雑用分類の仕事は思ったより数が多かった。
(これ、ひょっとしてどれを勧めるか考えるのもめんどくさくてさっきの仕事勧めてきたとか?)
思わず勘ぐってしまったのは、あたしも決めかねたからだ。人は沢山の選択肢を提示されるとかえって迷うって聞いたことがあったが、自分の身に降りかかってくるとその通りだと思う。
(ゲームなんかだと薬草採取とか配達辺りが基本よね)
どういうゲームかにもよるが、これは現実。矢印が配達先をご丁寧に教えてくれる事もなければ、俯瞰で自分を見下ろせるマップが見えるなんて親切設定はない。
(とはいうものの薬草摘みに行って凶暴な肉食獣やモンスターと遭遇ってのもベタな展開だし)
一応授かった資質によって『神気』というものを弾丸として撃ち出す『フォース・ブリッド』という攻撃魔法もどきとかは使えるが、実戦経験0のあたしにぶっつけ本番とかは勘弁して欲しい。
「ところでこの配達だけど、ここまで足を運んで依頼するぐらいなら自分で届けた方が早いしお金もかからないんじゃないですか?」
依頼書とにらめっこしつつふと思い浮かんだ疑問をあたしが口にしたのは、付属の地図通りなら一時間もかからない場所に配達先があるからだ。
「あぁ、それは依頼主がこの都市の住人ではないからですよ。商隊にお願いして他の都市からこのギルドに運んで貰った品を今度はギルドで仕事を受けた方が届けるんです」
わざわざ届け先まで持って行くのも手間ですからね、と補足してくれるのはアレク。なるほど。
「その代わり、届け先が近い時はお小遣い程度の報酬しか出ませんけどね」
あとを継いだのは、先程の受付嬢だった。きっと、少しでもアレクに好印象を持たれたいとかそう言うことだと思う。
「じゃあ、その配達受けさせて貰うわね」
「はい、解りました。では、この依頼書を持っていって届け先で履行のサインを貰ってきて下さい。サイン付きの依頼書と引き替えに報酬をお渡ししますので。それから、これが配達品です」
「ええ、じゃあ行ってくるわ」
受付嬢の差し出した羊皮紙と一抱えもある大きな袋を受け取るとあたしは受付カウンターに背を向けて。
「あ、ギルドカード!」
早速、忘れ物に気づいたのだった。
神官の使う奇跡には他に、障壁を張ってダメージを和らげる『フォース・プロテクション』、傷を治す『フォース・ヒール』などが存在します。
現時点で主人公が使えるのは、この三種と信仰する神固有の奇跡を合わせて4種類、の予定。
では、続きます。




