三話『あなたが――』
こうして主人公の少女は、アレクに保護されたのでした。
回想は次で終わりの予定。
続きます。
「異世界の方ですね」
ちょっと待て、とあたしは言いたかった。揺れていた明かりは近づいて来るなりそう断定したのだ。
(準備した心はどうすればいいって言うのよ!)
信用されないかもと葛藤しつつも別の世界から来たと明かすパターン、記憶喪失だとか遠くから来たとか誤魔化してひとまずやり過ごすパターン。本の中の先人達同様の対応が必要になってくると緊張しつつも第一声を待っていたあたしが口に出来たのは、濁った「え」一音だった。
「あぁ、大丈夫。皆驚かれますが、お告げがあったのです。この森に流れ着いた異邦人がいると」
アレクと名乗ってくれた美形のお兄さんは、あたしを不安にさせまいとか、笑顔で説明してくれた。異世界から人がこの世界にやってきた場合、最寄りの神殿に託宣が降るのだと。
「偉大な神々が流されてきた人々を哀れんで、このように知らせて下さるのだそうです。ちなみに私があなたとこうして話せるのも光神のお力有ればこそなのですよ」
「あ」
言われてようやく気づいた辺り、あたしも動揺していたのかもしれない。まぁ、説明が無くても異世界トリップはそう言うものだとか勝手に納得してしまったかもしれないけれど。ともあれ、アレクさんが近づいてくるまでにあたしがした心の準備は、今頃膝を抱えていじけていると思う。
(ご都合主義と言ってしまえばそれまでだけれど、この世界の神様には感謝しないと)
神様曰く、異世界人がここに流されてくるのは言わば事故で、神様は何ら関与していない。それどころかボランティアで自分を崇める人々と共にに異世界人を保護すべく動いていると言うのだから、頭を下げても罰は当たらない、と言うか感謝しなくてはいけないと思う。
(神様、ありがとう)
少なくとも、この時あたしは本当にそう思っていた。
「では、近くの村まで参りましょうか。あなたも疲れているようですし」
「あ」
「お気になさらず、神の意に沿うことこそ神官の勤めなのですから」
礼の言葉を言おうとしたあたしを笑顔で制して、アレクさんは手を差し出してくる。
「っ、いいえ。あの、ありがとうございます」
それでも首を振って礼を言ったのは、まともにアレクさんの顔が見られなかったからだと思う。そして始まる、恋。
(なんて展開ベタ過ぎるわね)
自嘲気味に頭に浮かんだナレーションを蹴っ飛ばしたのは、相手が聖職者だから。夢は見るものじゃない。第一、これだけ気配り出来る上に美形では恋愛も結婚もOKだったとしたら既にお相手が居るだろう。
(そもそも、恋じゃなくてまずは帰還方法でしょうに)
不安と疲労で心細くなっていて、気の迷い。そもそも、もし帰る方法があるならこちらの世界に未練を残すような真似をしてはいけない。
「では、行きましょうか」
「はい」
心に鎧を着込むとあたしはよそ行きの笑顔を作り、アレクさんの声に頷くと。
「ああ、疲れているようでしたら言って下さいね。背負いますから」
「え゛っ」
次の言葉に顔を引きつらせたのだった。
「いえ、歩き慣れていない方にこういった場所を歩くのは酷ですし、そもそもあなたの靴はこういった場所を歩く為のものではなさそうですから」
(あー、そうよね。驚いたぁ)
どうやら、あたしは友人に勧められたゲームに毒されていたっぽい。まるで恋愛ゲームのイベントのようだなどと一瞬でも思ってしまったのだから。
(ゲーム脳ってやつかしら? ううん、そんなことは――)
ゲームと現実は違うのだと言い聞かせながら。
「あー、え、えーと、それじゃあ、少しだけ……」
結局疲労に勝てず、あたしはアレクさんの好意に甘えることにしたのだった。
そう、この時あたしは知らなかった。この後何が起こるかも、まだ。