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パクスとはおれたちにとってなんだったのだろうか? 現状を知るうえでも、これまでの出来事を整理しなければならない。

 二年まえに一〇数名から構成されたパクスは、みずからの力を推し量るべく、大きな行動をとるようになっていた。バラさんを中心にして学んだ理論とおのおのが重ねた訓練の成果を確認したかったのだ。

 パクス消滅の原因となった事件はふたつあると思っている。

 ひとつは民自党の代議士が自殺した事件だ。

 そのころのパクスは自分たちがどこまで意図的にマスコミを操ることができるのか、その実践に興味を注いでいた。ターゲットにした代議士の信用の失墜――それは詰まるところ、ガキの嫌がらせというやつだった。

 おれたちはパクスの活動の一環として、その代議士のデマゴギーを流布させることを目標に据えた。政界事情に詳しい棟木という人間がいるからこそ可能となった精巧なデマは虚偽と疑われることなく世に広まった。

 パクスによって、実直な男であったはずの代議士は、公費で児童ポルノを愉しんでいる特異な性癖を持つ幼児愛好家であるというレッテルを貼られることになったのだ。このことは、おれたちが短いあいだで身につけた情報操作のスキルを存分に発揮できた成果と言える。

 しかし後処理のことを考えていなかったのは大きな過ちだった。

 議員辞職を余儀なくされたその代議士は、その数日後、群馬の自宅で首を吊った。遺書などは見つからなかったが、一連の流れから世間はすんなりと代議士の自殺を受け入れた。追い詰められた人間がどのような行動に出るのか、おれたちはそこまで考えが及ばなかったのだ。反撃をしてくるかもしれぬことは予想していたが、まさか自殺するとは思わなかった。実に愚かだった。

 もうひとつの事件も代議士の自殺とほぼ同時期に行われた訓練だった。

 当時、滝山さんがお気に入りだったB級アイドルのハメ撮りを慣行しようという、完全に滝山さんの欲望のための――そのついでだからパクスの訓練という体をとったというレベルのものだった。

 所属タレントによる売春の斡旋を行っているという裏付けをネタに、パクスは件の芸能事務所をゆすった。このときも棟木の協力を得て、民自党の唾のついた存在を装って立ち振る舞ったことが功を成したと言える。

 人間はほかの動物と異なり、相手をなぶることに快感を覚える残酷な種族だ。

 見逃してほしいと懇願する事務所社長とマネージャーを脅し、痛めつけ、当のアイドルと三人プレイを行わせて、それをおれたちがビデオに撮った。この訓練もここで完結する予定だった。

 しかし誰かがこの映像をネット上に流出させやがった。幾重にもプロキシを介した巧妙な手口でそれは行われた。

 そのときになって判明したのが、パクスがターゲットにした芸能事務所はある暴力団のフロント企業だったという事実だ。猪口会系の組織だ。

 運良くパクスのことは明るみにならずに済み、おれたち自身は大事に至らなかったが、ハメ撮り映像の登場人物三人は組の差し金によって殺された。そしてその実行犯も依頼主については堅く口を閉ざしたまま、獄中で便器に頭を突っこみ自殺した。

 ターゲットに関する入念な事前調査を怠ったのは、アイドルという肩書きによってそのほかすべてのことに対して盲目的になってしまったことが一因だろう。

 このふたつの事件に関して、どちらの結末もパクスの意図を超えたところで起こってしまったものだ。

 おれたちは強い国に生きる強い人間を目指していたため、他人の死に対してそれなりの免疫ができていたと自負している。何事も進化・発展に犠牲はつきものであり、弱者は淘汰されて然るべきなのだという理念で動いていたからだ。

 しかしおれたちはまだ子供だった。所詮は学生の集まりだったのだ。

 パクスには崇高な理念の根本を解せない連中も少なからず混じっていた。そのくせ仮初めの正義感だけはたくましく、やがてパクスは、その活動を守る者と潰そうとする者とにわかれていったのである。おれや小野寺、それから棟木なんかは皆、パクスの理念を理解していた。しかしそれ以外の賢さが足りない連中は予想外の他人の死におののいて正常な判断力を失ってしまっていたにちがいない。

 邪念に囚われた連中の裏切りにより、パクスの活動を世間に公表されるようなことがあってはならない。少なくとも、ハメ撮り映像をネット上にアップした反乱分子がパクスに混じっていることは紛れもない事実である。

 万が一を想定しておれたちは、最悪の場合、造反組を「粛清」しなければならないと考えていた。時期を逸しては自分たちが危険になる。慎重かつ迅速な判断と行動が求められ、それはパクスの訓練としても最適に思われた。

 ぐちゃぐちゃな内情を抱えたままのパクスはそれから一年ほど経ち、メンバーのそれぞれは学習塾を種々のかたちで去っていくことになる。なかには消息を絶つ者もいて、少しずつだがパクスは変容を見せていた。

 誰しもが心の奥底に、このまま時の流れとともにパクスは自然消滅してしまうのではないかという不安を隠し持っていたにちがいない。

 だが現実はより性急で、パクスの活動はバラさんの失踪という最悪の事態をもって事実上の停止となった。

 真実はいまだに謎のままだ。当局からの情報はなにもない。日本は先進国において圧倒的な行方不明者数を誇る。捜索願が届けだされていないものも含めると年間二〇万人を超えると言われている。さらに自殺を含まない変死者の数も数万人にのぼる。東京で三〇代男性がひとり失踪したところで、よほどの事件性がない限り、警察は動かない。

 学習塾を運営する会社本体は何事もなかったかのように新しい室長を自由が丘校によこした。郷ひろみを貧相にした感じの男だった。

 一過性の熱が急激に冷めるようにして、パクスはその求心力を失っていった。

 滝山さんの院試準備、先輩の就活と相次ぎ、やがておれや小野寺たちもバラバラになっていった。

 おれが大学を辞めて音楽をやって暮らしていこうと考えはじめたのもちょうどこのころだ。

 学習塾の講師を辞め、当時受け持っていた家庭教師もすべて打ち切った。愛莉との接点もそれからしばらくのあいだ、なくなった。

 さて、いったいパクスはおれたちにとってどのような意味を持っていたといえるだろう?

 ここらで一度、しっかりと考えなおすべき時期にさしかかっている。自分の生きていく道が曖昧になりつつある。

 しかし、果てしない禅問答を繰り返すには、まだ頭が痛すぎる。

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