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おれに届いた小野寺からの小包。そのなかに入っていたのは、ひとつのUSBメモリだった。

 ありえない。なんという体たらくだ。

 自分に腹が立ち、唇を強く噛みしめた。

 小野寺の死に衝撃を受けていたはずだったおれは、いつの間にか二度寝してしまっていた。

 すべてはこの忌々しい偏頭痛のせいだ。

 床に転がる薬袋を拾って見たが、中身は空だ。早いうちにトリプタンを処方してもらう必要がある。

 おれは上半身を起こしたまましばらく頭に手を当ててぼんやりとしていたが、突然のインタホンが自省の時に割って入ってきやがった。うるさい。連打するな。

 モニタには宅配業者が立っているのが映しだされていた。

 おれが寝起きのままの不機嫌な声を出して扉を開けると、宅配業者は平然と小包を差しだしてきた。サインをくれというので、「朝霧」と書いてマルで囲んだ。

 ありがとうございましたぁ、と言って宅配業者は去っていき、おれの部屋は再び静かになる。

 小包の伝票を見た。航空便だった。タイのバンコクからだ。差出人は小野寺裕一。

 鳥肌が立つのを感じながら、小包を開けた。爆発物である可能性はない。筆跡はまちがいなく小野寺本人のものだ。

 なかにはUSBメモリがひとつ入っていた。考えるまでもない。当然パソコンに挿してみるまでだ。

 ローテーブルのうえのパソコンが休止モードから復旧するあいだ、小野寺の出国まえに彼と会ったときのことを思い返す。

 新宿三丁目にあるアイリッシュ・バーでのことだった。

 小野寺とおれは他愛ない談笑に耽っていた。

 酔いがまわったせいか、小野寺がことさらに真剣な顔をしておれに話した内容がまざまざと思いだされる。

「ちかごろの日本をどう思う? 毎日毎日性懲りもなく人がゴミのように死んでいくこの現状をさ。親が子を殺し、嫁が夫を殺す。見知らぬ者に殺されるやつもいれば、同級生に集団レイプされるガキなんてのも珍しくない。因果応報なんて言葉はもはや通用しない。気分次第で人を殺し、あるいは己を殺める。言うなればノリだけでヤっちまってるんだよな。そんな気がしてならない」

 目を輝かせる小野寺の言葉を、おれは黙って聞いていた。

「この国が潰れるのもそう遠くない将来だと思う。仮にそうなったとしても、まぁ、おれたちはさほど困りもしないのだろうがね。それでもなんていうのかな、悔しいんだよ、おれは。終焉に向かっているのを知りながら、黙ってそれを観ているっていうのがさ。おまえだってそうだろ、圭太? 傍観者的っていうか、事なかれ主義っていうか、そういうのが一番嫌いだろ?」

 おれはゆっくりと紫煙を吐きだすと、呆れたように言い返した。

「ああ、嫌いだよ。だがな、面倒事はもっと嫌いだ」

 周囲を見渡してからおれは言葉を続けた。

「いいか、小野寺。おれたち――パクスはもう終わったんだ。わかるか? 活動家の真似事は、もうやめろ。バラさんはすでにいない。滝山さんや清水先輩だってパクスは終わったと考えているにちがいない。それをいまさらなんのつもりだ? この国を建てなおす気か? 漫画じゃねえんだぞ。おれたちがなにをやったところで、そんなものは無意味極まりない」

「それは少しちがうな」

 小野寺は小難しそうに眉間に皺を寄せてみせた。

「国をどうするだとか、右と左のあいだを器用に立ちまわるだとか、そんな類の話をしているわけじゃない。誤ったグローバリゼーションが世界を混乱させていると言われて久しいけれど、アイデンティティを失くしているこの国の不甲斐なさに腹が立っているんだ。ただそれだけだよ」

「カビ臭い社会学にでもハマってンのか?」

 おれがそう言って茶化すと、嫌味はよしてくれと小野寺は苦笑した。

 それから小野寺は思い立ったように名刺入れを尻から抜きだし、そのなかから一枚をとりだしておれに手渡してきた。

「ライターになりたいんだ、おれ。いまはアルバイトの延長みたいな感じで記事書いてる」

「なんの記事だよ? 風俗ライターか?」

「そんなところだ」

 小野寺は身体を少し傾けて、名刺入れを再び尻にしまう。

「おれたちはもっと考えることをしなくちゃいけない。考えることを放棄しちゃいけないんだよ。そのためのネタを与えるのがルポライターの役目だと考えている」

 それから小野寺はグラスに残っていたウイスキを一息で飲み干すと、大きく息をついた。

「そこでだ、圭太。おまえ、文章書くの得意だったろ? いっしょに仕事やらないか? どうせ大学だっていってないんだろうし、音楽だってもう辞めたんだろ?」

「辞めてはいないさ。気の向くままマイペースにやっている」

「相変わらずの自由人ぶりだな」

「そもそも文章なんてロクに書いたとこねえし、おまえといっしょに仕事することは一切ないと断言する」

 別れ際に小野寺は、気が変わったら連絡してほしいと言った。

 小野寺はどこまで本気なのだろうか。おれのなかの疑心は簡単にはぬぐえない。小野寺の言う「仕事」の真意とはなんだったのだろうか。

 小野寺という人物は、見た目のおとなしさとは裏腹に活動的な男だった。学習院の二年だった去年はインドの電子機器工場にインターンシップを利用して単身で乗りこんだ。アマチュアボクシング大会での優勝経験もあり、B級ライセンスを取得しているという話も耳にした。中坊でないのだから腕っ節の強さなどなんの価値もないとおれは一笑したことがある。だが、おれが身体を鍛えるきっかけを与えてくれたのはまちがいなく小野寺の存在だった。

 日本の国について喜々として語る小野寺の顔が、パクスが活動していたころのそれと同じ表情に見えたのは、果たしておれの思いこみだろうか。

 そうこう考えているうちに、のろまなウィンドウズが起動した。

 USBメモリのなかにはいくつかムービーファイルが入っていた。

 その内容に少なからずおれは衝撃を受けた。

 アジア人幼女のポルノ動画だったのだ。無修正だ。まわりに映る男たちが興奮ぎみにぎゃあぎゃあとわめいている。マレー語だろうか? 中国語でないことはわかるが、意味までは理解できない。

 そもそも児童ポルノはおれの専門外だ。

 気をとりなおしてつぎのファイルをひらく。

 やはり児童ポルノの動画だった。これもアジア人だ。残りのファイルもすべて同じような動画ファイルだった。一部、ロシア人の子供が映っていたが、やっている内容はどれも似たりよったりだ。

 奮い立ってしまった気持ちを静めるために、おれは日ごろ世話になっているAV女優の動画で手早く処理をした。概ね問題ない。

 タバコを銜えたまま、壁のネオン・クロックを見上げた。ちょうど昼時だ。

 パチ屋に向うにも、大学の講義に出るにも、中途半端な時間だ。そもそもそういった気分ではない。

 灰皿にタバコをこすりつけると、ふらふらとした足取りでシャワーに立った。

 動きだしは早いに越したことはない。服を着替えたら、すぐに小野寺のアパートに向かうとしよう。

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