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あれこれと雑念が入り混じり、身に迫る危険を分析することができない。そんなおれの脳裡に浮かんだのは、母親や親父の顔だった。

 先輩や滝山さんの言葉には素直に従っておいたほうが賢明だろう。

 おれはしばらくのあいだ、小野寺や棟木の死について直接的に調べて動くのをやめることにした。中国だ韓国だのマフィアがからんでくる話となれば、興味半分で首を突っこむことは避けるべきだ。

 新型の合成麻薬の件には触れなくとも、おれにはまだ、考えるべきことが残されている。

 小野寺がタイからおれに送ってきた児童ポルノ動画の件だ。

 棟木の従兄弟にあたる民自党の代議士が、超党派による議員立法として児童ポルノ法の強化改正案を練っているという情報は確かなようだった。

 これらのことが意味するものは、なにか?

 物事の裏側を考えるには、まだ情報が足りなすぎる。しかし、これが単なる児童ポルノ規制の問題とは考えにくい。

 あまりにもパクスと近いところで動いているような気がしてならない。

 児童ポルノ法の強化改正案においては、行政による実質的な検閲が行われることになるかもしれない。憲法に反していると意義を唱える者が出てくることはおそらく想定の範囲内のことであり、棟木一郎ら若手議員グループは、すでになにかしらの手を打っているはずだ。

 おれが調べたところによると、やつらはほかにもプロバイダ法の強化なども併せて提出するつもりらしい。

 どこまで本気なのだろうか?

 おれが気にしているのは、パクス消滅の原因となったふたつの事件のことだ。

 棟木一郎らの改正案は、いずれもパクスのふたつの事件につながらないとも限らない。誰かがなにかに気づいてしまったのではないだろうか?

 敏感な小野寺はそういった類のなにかを察知し、おれにあの動画ファイルを送りつけてきたのかもしれない。児童ポルノは専門外だが、入念に調べてみる必要がありそうだ。動画の背景に映るものや、ときおり挿入されるBGMなど、どこに小野寺からのメッセージが隠されているかは知れない。もしかするとファイル自体のバイナリー・データにヒントがあるという可能性もある。

 あれこれと考えながら道を歩いていると、鯛焼きの美味そうなあんの香りが漂ってきた。

 おれは麻布十番にきていた。

 たまたま近くにきたからという口実で奈々に会い、棟木一郎に関するさらに詳しい情報を聞きだすつもりだったが、奈々のやつは電話に出なかった。折り返しかかってもこない。授業中なのだろうか。

 しかし奈々に会わないとしても、さして大きな問題ではない。

 せっかく芝エリアにやってきたのだ。長らく放置していたブログを更新するためのネタに、なにかの店の写真でも撮っておこうか。

 とりあえず目のまえの鯛焼き屋に近寄ると、平日の日中にもかかわらず人だかりができている。

 人の山を掻き分けて店のオヤジに鯛焼きがほしいことを伝えたら、三〇分待ちだからさきに買いたい個数を言ってくれと言われた。馬鹿らしいと思った。東京の人間はなんでもかんでも待たせやがる。これが江戸前なのか?

 おれは要らないと告げて、さっさと店から離れた。

 とりあえず三田キャンパスのほうに向かって進んでいこう。奈々から連絡があるかもしれない。

 視界には東京タワー。そして芝公園のむこう側に見える飾り気のない建物は愛宕警察署だ。警察学校での成績が優秀だとキャリアはここからスタートするのだと先輩から聞いたことがある。

 やがておれは三田通りを右に折れた。一〇分も歩けばレンガ造りの三田キャンパスにさしかかる。

 高校を卒業して東京に出てきた春、母親が喜んで入学手続に三田キャンパスまでやってきたのが、まるできのうのことのように鮮明に思いだされる。

 そのころ母親は足を悪くしており、JRの三田駅の階段を休みながらのぼりおりしなければならない状態だった。おれがひとりでさっさと歩いていくうしろから、圭太、ちょっと待って、と何度も呼び止めた。いまは足はよくなっており、国内旅行であちこち出歩いているらしい。

 しかし歳をとった。気力が萎えてきているのは傍から見ても明らかだ。母親だけではない。親父もだ。おれもそろそろいい大人の年齢に迫ってきている。親父は三〇のときには海外の工場立ち上げをしており、おれというガキも生まれている。早く孫の顔が見たいものだ、などとふざけたことを言う両親でないことはわかっている。だが、おれの心のどこかが疲れた金属のように軋んでいるような気がするのだ。

 結局、奈々からの連絡はないまま、キャンパスのまえも通り過ぎてしまった。久々の東京タワー見物にきたと思えば悪くはない。

 しかしどうにも小腹がすいてきた。さきほどの店で鯛焼きを調達できなかったことが悔やまれる。

 通り沿いにファストフードの丼屋があった。

 小洒落た店の写真のひとつも撮れやしなかったが、そこまで落胆してはいない。

 そんなものなのだ。

 書きはじめられた日記は星の数ほどあるが、いまなお書きつづけられている日記はわずかである。

 ブログなど、やはりおれには似合わない。半永久的に放置で問題ないだろう。

 おれは丼屋のドアをくぐるとカウンターに腰かけ、ミックス天丼を注文した。油でぎとぎとになった天丼がすぐに運ばれてきて、おれは複雑な思いを一緒くたにして飲みこむように、ただひとり、くそ不味い天丼を食らうのだ。

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