表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

13

妹の誕生日を祝う夕食会には愛莉も同席した。そこで愛莉から聞かされた事実。思ったとおりだ。ムサシの野郎、しくじりやがったらしい。

 妹の郁美の誕生日が近いということで、おれは夕食をご馳走してやることにした。特別に兄妹仲がよいわけではないが、この歳になってからよく話すようになった気はしている。

 妹は身長一七〇を超えている。けっして美人なわけではなくとも、長身ゆえに、motoGPのグリッドガールやミネラルウォーターのキャンギャルなどをやっていた。ホンダのサテライトチームの写真なんかを見せるついでに、これが妹だ、などと言えば、少しは話の種にはなるという程度。

 堅実な妹は両親の意向に沿って、国立の女子大に進学している。

 おれとは異なり、真面目に授業に出ているらしく、この日も、大学が終わってからの夕方に品川駅で待ち合わせることにした。

 高輪口でぼんやり待っていると、遠くから妹がやってきた。待ち合わせの時間よりも三〇分ほど早い。

「圭ちゃん、きてたんだ! 元気ィ?」

 おれはホットパンツ姿の妹に片手を上げて応えた。

「思ったよりも授業が早く終わっちゃって」

 妹は駅前の通りを珍しそうに見渡しながら、店の予約時間は何時か尋ねてきた。

「七時にとってあるけど、どうするよ? もう店に入るか?」

 妹は、どこかで一杯飲んでから予約した店に移動しようと言った。

 おれはその提案を受け、信号を渡ったさきにあるシンガポール料理の店に入ることにした。

 節電の影響なのか店内は暑かったため、テラス席に案内してもらう。

 とりあえずビールとつまみのソーセージを頼んだ。

 妹と小さく乾杯してから、おれは一息にビールを飲んだ。

「あ、そうだ、圭ちゃん」

「あん?」

「予約してくれたお店、時間だけでしょ? コースみたいのとか、決まってんの?」

「そんな高いの頼んであるはずねえだろ。時間だけだよ」

「じゃあ、もうひとり増えてもだいじょうぶだよね?」

「誰だよ? 誰が増えるんだよ?」

「あーちゃん。きのう電話してたんだけどね、あーちゃんもきてくれるってさ」

 妹があーちゃんと呼ぶのは愛莉のことだ。

 正直おれは嫌だったが、平静を装って言った。

「それはよかったな。それよりも、いまでもおまえたち、遊んだりしてるのか?」

「うーん、最近はメールしたりするくらいでなかなか遊んだりはできてないねぇ。あーちゃん、売れっ子だし」

 全然売れてないと思ったが、黙って聞いておいた。

「そろそろ七時になるね。移動しよっか?」

 妹は少し頬を赤らめていた。

 おれは会計を済ませると、妹を連れて、近くの品プリに向かった。

 ホテルの敷地内を奥に向かって緩やかな坂をのぼっていくと、水族館のまえに愛莉が立っていた。

「あーちゃん!」

「おお、郁ちゃん! おひさっ!」

 妹と愛莉は中学生のようにはしゃいでハイタッチする。

 愛莉は妹よりも一〇センチ低い身長だ。妹と並んでいると、ことさら華奢に見える。

 おれは妹と愛莉を後目に、さっさと建物のなかに踏み入った。

 水族館のゲートを過ぎて、奥のレストランに入る。

 店のなかは青を基調とした間接照明が利いており、あちこちの水槽でサメやエイがゆったりと泳いでいる。

 ボーイに案内された奥の壁側のテーブル席に、おれと女ふたりが向かい合うかたちで座った。

 喫煙者はおれだけだったが、彼女らは文句も言わずに談笑に耽っていた。誰がスポンサーであるのかを理解して振る舞えるというのは、女にとって重要なスキルのひとつだ。

 テーブルワインを飲みながら肉料理を食べた。

 九〇分の時間をフルに使って、妹の一九歳の誕生日を祝った。

 支払いまえに、妹がトイレに立った。

 妹が戻ってきてから、おれもトイレに向かう。

 男性用トイレに入ろうとしたとき、うしろから服を引っ張られた。おれとしたことが気配を感じなかった。酔ってしまっているのだろうか?

 慌てて振り返ると、そこには愛莉がおれを見上げて立っていた。心なしか瞳が潤んでいるようだ。

「先生……」

 消え入るような声で言った。

「どうしよう……」

 愛莉はなにかに怯えているように声を震わせる。

「ムサシくんたち、なんかやばいことになっちゃったみたい……」

 あの馬鹿どもめ。やはり危険な『祭り』をやりやがったか。

「落ち着けよ、愛莉。あいつらがどうなろうと、おれの知ったことじゃないし、おまえにだって関係のないことだ。いいか? おれはムサシに忠告してやったんだ。それでもあいつはおれの言うことを聞かなかった。なにがあったかは知らないが、おれのせいではないし、おまえが心配することでもない」

 愛莉は小さな声で、うん、と頷き鼻を啜った。

「でもね――」

 アニメキャラのような愛莉の喋り方に、おれは少し苛立っていた。

「なんだよ? なにかあるなら早く言えよ」

「ムサシくんの仲間が――」

 愛莉は俺の目をじっと見つめる。

「殺されちゃったの」

 そう言うと、愛莉は堰を切ったように泣きだした。

 なんだか厄介なことになってきてしまったようだ。

 おれは苦い思いをぎゅっと飲みこみ、愛莉の背中にゆっくりと両腕をまわした。

 いったいなにがまちがってそうなってしまったのだろうか?

 確実に言えることはなにもない。おそらく死んだやつは運が悪かったのだ。

 愛莉はおれの胸に手を当てて身体を離すと、涙をこすりながら笑顔をつくった。

「ご、ごめんね! 先生は全然関係ないのに、誰かに言わなきゃ胸が潰れそうだったから……ごめんね」

 妹に誤解されると面倒だからさきに戻っていろと、おれは愛莉に言った。

 おれは小便をほとばしらせながら、愛莉のショートカットから香ってきた甘い匂いを思い返した。

 店の支払いを済ませて、三人そろって外に出た。日中は蒸していても夜になればかなり涼しくなる。

 妹と愛莉は山手線で帰ると言った。

 おれも渋谷まで山手線に乗ろうと思ったが、やめた。たまには横浜の西口にある馴染みのクラブに寄って、頭のなかを空にしてくるのもいいだろう。

 おれは京急の改札でふたりと別れると、粗末な階段をのぼり、ホームへと向かった。

 ほどなくして臙脂えんじの車両がホームに入ってくると、大勢のサラリーマンの乗り降りがあった。

 けっして空いていたわけではないにもかかわらず、うまい具合に座席に座ることができた。少し頭痛があったため、ちょうどよかった。ワインの味はわからない。おれはウイスキかウォッカじゃないと飲めない。

 シーメンスのインバータが発する間抜けな音とともに、車両は動きだした。

 意外と悪くない乗り心地だった。

 ……。

 ほんの一瞬に感じられた。

 おれは落ちていた首を上げると、周囲を確認した。

 車両には誰も乗っていない。いや、端のほうにひとり、中年女が座っている。

 状況がわからないため、窓の外の闇をじっと見つめた。街の灯りが少ない。

 そのとき、アナウンスが流れた。次は終点の三崎口だと言う。

 三崎口だと? 三浦半島の先端だぞ?

 ちょうど車掌がまわってきたため、念のため、もう一度確認した。やはり三崎口まできてしまったようだった。

 やおら身体を起こして扉のまえに立った。気分がよくない。壁に手をついて身体を支える。

 やがて電車は田舎のホームに滑りこみ、ゆっくりと停まった。

 エアが漏れて扉がひらく。

 おれの鼻腔をくすぐるのは、突き抜けるような潮の香り。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ