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マジックアンドブレイド  作者: シットライヌ
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エピソード19:帳簿の空白と石畳の囁き


~エピソード19:帳簿の空白と石畳の囁き~

1. 潮風と契約の都

交易都市国家の夜は、太陽が沈んでからが本番だった。運河沿いには占星術の灯火トーチや、錬金術による発光ルミネセンスの街灯がまたたき、帝都の厳格な静寂とは対照的な、喧騒と欲望の熱気が街を包み込んでいる。

「……ここでは、呼吸一つにも銀貨が必要になりそうですね」

火山島の戦士サムライが、雑踏の中で湾刀の柄に手をかけながら呟く。許可証は得ているものの、抜き身の殺気を持つ者はこの街では「金のかかるトラブル」として警戒される。

「それがこの国のことわりよ。法よりも『得か損か』が優先される。騎士団の代わりに街を守るのは、金で雇われた傭兵団。彼らにとって、正義は契約書の中にしかないわ」

大学院の女性学者ウィッチが、道行く人々が交わす書状や為替を鋭い目で見つめる。この街の識字率は他よりわずかに高いが、それは教養のためではなく、騙されないための武装に過ぎない。

交易都市国家の港に夜が訪れても、そこには帝都のような静寂はなかった。運河のそこかしこで、荷揚げを終えた労働者たちが安酒を煽り、商人たちが小声で為替のレートを競い合っている。

「……やはり、この街の空気は『砂』に似ていますね。留まることなく流れ、常に形を変えている」

砂漠半島の巫女カヒナが、鼻先をかすめる潮の香りと焦げた油の匂いに眉をひそめた。彼女は占星術アストロ元素感知センスエレメントを研ぎ澄ませ、この雑多な喧騒の中から、不自然に「固定された」魔力の流れを探っていた。

一行が身を寄せているのは、商工会議所の片隅にある、窓の小さな宿舎だった。帝都から持ち出した「黄金の蔦商会」の為替は、この街で調査を進めるための唯一の手がかりだが、不用意に突き出せば、逆に自分たちが狙われることになる。

2. 黄金の蔦の正体

一行は、職人組合の伝令員ギルドのスカウトの案内で港の北側に位置する高級商業区へと足を向けた。そこに、あの為替の紋章と同じ――海波に蔦が絡みつく意匠を掲げた巨大な石造りの館があった。

「あれが『黄金の蔦商会』の本拠地だ。表向きは香辛料と絹の貿易で財を成した侯国きっての豪商だが……」

「調べがついたわ。あの『蔦』の刻印、実は商会全体のものではないわね」

大学院の女性学者ウィッチが、机の上に広げた帳簿の写しを指先で叩いた。彼女は昼間、大学院アカデミアの出張所の学院に寄付金を納め、最近の交易記録を閲覧していたのだ。

「これは商会の中の、特定の『倉庫管理者』が個人で使っている受領印よ。為替の額面は大きいけれど、商会本部の正式な決算には一度も登場していない。つまり、商会という巨大な組織の影で、誰かが個人的に魔薬の原料を横流ししている……あるいは、資金を洗浄しているわ」

職人組合の伝令員が、酒場で仕入れたばかりの情報を仲間に共有する。

「組織のトップが知らないはずはない、と言いたいところだが……」

職人組合の伝令員が、刺刀の手入れをしながら苦笑する。

「ここは侯国だ。各都市国家ドミニオンがバラバラで、商会の中も派閥争いの真っ最中。上の連中が足の引っ張り合いに夢中になっている隙に、中間管理職が甘い汁を吸うのは、ここでは日常茶飯事さ。今回の黒幕も、国を動かすような大物じゃない。現場で小器用に立ち回る『蛇』の一匹だろう」

「その『蛇』を放置すれば、毒はさらに広がります」

一神教の司祭プリーストが憂いを帯びた顔で言った。

3.決意と行動

「精霊たちが、建物の奥で泣いています」

砂漠半島の巫女カヒナが、緑色のグラムサイトを細めて館を睨んだ。

「風が運んでくるのは潮の香りだけではありません。地下から、腐った泥のような元素の淀みが……あの没落貴族の館で感じたものと同じ匂いです」

火山島の戦士サムライが、静かに腰を下ろした。彼は武器携帯の許可証を懐に忍ばせているが、この街の厳格な「許可制」を知っているため、滅多なことでは湾刀を抜かない。

「派手に動けば傭兵団の介入を招く。……まずは、その倉庫管理者が接触しているという仲買人を突き止めましょう」

4.港の探索

翌朝。一行は、大規模な捜査ではなく「日常の商い」に紛れる形で行動を開始した。

職人組合の伝令員は、組合員としての顔を使い、港の荷役人たちに「紛失した荷物」の行方を尋ねる体で、不自然な夜間の荷揚げが行われていないかを聞き回る。

一神教の司祭は、一神教の教えである「友愛」を説きながら、貧民窟の病人たちの看病に当たった。魔薬の「試供品」がどこかで流出していれば、必ずその被害者が現れるからだ。

「……見つけました」

夕暮れ時、一神教の司祭が戻ってきた。その表情は、いつになく険しい。

「港の南端、廃墟化した古代遺跡の地下水路……そこに、ひどい咳と幻覚に苦しむ若者たちが集められています。施されているのは、ごく初歩的な錬金術による変質ですが、その根源にあるのは……」

「魔力を含んだ薬草、『銀腐れ草』の粉末ね」

大学院の女性学者の目が鋭く光る。

派手な捕り物ではなく、足を使った聞き込みと専門知識による裏付け。

一行は、侯国の煌びやかな表通りのすぐ裏側に潜む、淀んだ「利欲の毒」の源流へと、一歩ずつ慎重に歩みを進めていった。

【エピソード19:完】





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