エピソード12:白銀の街道と物言わぬ証人
エピソード12:白銀の街道と物言わぬ証人
~雪原に遺された、不自然な轍~
1. 凍りついた隊商
村の温水施設を修理した数日後、一行は帝国の学術都市へと続く幹線街道を進んでいた。大学院の女性学者の古馴染みから連絡があり、怪しい荷馬車が行き来しているという情報が持たされていた。左右を深い針葉樹の森に囲まれたその道は、降り続く雪によって音を奪われ、ただ自分たちの踏みしめる雪の音だけが響いている。
「……見てください。あそこに荷馬車が」
砂漠半島の巫女が指差した先、街道を少し外れた木陰に、一台の隊商馬車が不自然に傾いて止まっていた。馬の姿はなく、荷台の幌は鋭い爪で引き裂かれたように無惨に破れている。
「襲撃か。だが、死体も血痕もないな」
職人組合の伝令員が周囲の雪を調べる。彼の[密偵]としての経験が、そこにある違和感を敏感に察知していた。積荷の多くは手付かずだが、一部の木箱だけが強引に持ち去られている。
2. 禁じられた調合
大学院の女性学者は、地面に散らばった荷の中身を慎重に拾い上げた。それは乾燥した薬草や、錬金術の触媒に使うための鉱石だった。
「……これは、ただの薬草じゃないわ」
彼女は小さな葉を指先で揉み、匂いを嗅ぐと、眉をひそめた。
「帝都の限られた薬師しか取り扱えないはずの、神経を麻痺させる高価なスパイス。……そして、この結晶。王国で見た『魔薬』の精製過程で使われる添加物に酷似しているわ」
「つまり、この馬車は組織の『資材運搬車』だったということですか」
一神教の司祭が沈痛な面持ちで十字を切り、聖印を握る。
「しかし、何がこれほどの護衛(あるいは運搬員)を瞬時に排除したのでしょう。……巫女殿、何か感じますか?」
「ええ……。精霊たちがひどく怯えています。冷たく、それでいて焦げ付くような不浄な気配が、森の奥へと続いています」
3. 墓標なき骨の群れ
一行が導かれるように森の奥へと踏み入ると、そこには古い戦場の跡と思われる小さな広場があった。雪の下から突き出した錆びついた剣の群れ。その中心で、数体の[スケルトン]が、奪われた木箱を囲んで立ち尽くしていた。
かつての戦乱期の遺物だろう。だが、その動きはこれまで見たものよりずっと統制が取れている。
「……来ます!」
火山島の戦士が、腰の[湾刀]の柄に手をかけた。雪を蹴立てて迫る骨の兵士たち。そのうちの一体が、骨で出来た大剣を振りかざして戦士に肉薄する。
「主よ、迷える魂に安らぎを。[降霊術:結界]!」
司祭の祈りが広場を満たし、スケルトンたちの骨の継ぎ目を震わせ、その動きを縛る。
戦士はそのわずかな隙を見逃さなかった。
「――抜刀」
白銀の雪原に、鮮やかな鋼の軌跡が描かれた。[居合:水平胴切り]。
最短の予備動作から放たれた一閃は、結界によって身動きの取れないスケルトン三体の胴を、まとめて一刀両断にした。骨が砕ける乾いた音が響き、憑依していた執念が霧散する。
残る一体が背後から迫るが、戦士は納刀の勢いを利用して半身をかわし、鞘の尻で敵の体勢を崩すと、再び抜き放たれた刃がその頭部を正確に叩き割った。無駄のない、あまりに静かな剣の舞だった。
4. 過去の残滓
戦闘が終わり、残された木箱を調べると、中には精製されたばかりの大量の魔薬の「試作品」が詰められていた。しかし、大学院の女性学者が注目したのは、木箱の隅に刻まれた、掠れて消えかけた古い紋章だった。
「……この紋章、見覚えがあるわ。現役の貴族のものではない。三十年前に領地を没収され、爵位を剥奪された『没落貴族』の家紋よ」
「没落した家門ですか。それがなぜ、これほどの魔薬を……」
一神教の司祭が問いかけると、職人組合の伝令員が地面の轍を指差した。
「金だよ。帝国で一度落ちぶれた名門が返り咲くには、資金がいる。なりふり構ってられないのさ」
一行は、証拠となる品を回収し、雪の中に残った微かな足跡を辿り始めた。それは、きらびやかな帝都の表通りではなく、没落者たちが身を潜める学術都市へと続いていた。




