エピソード10:北の門と選帝の秤
(帝国編開始)
帝国編:皇帝の権威と、貴族の権力、そして法の支配
エピソード10:北の門と選帝の秤
~凍てつく国境、それぞれの正義~
1. 霧氷の国境線
王国と帝国の境界を分かつ、峻烈な北の山脈。その峠を越えた一行を待っていたのは、王国の肥沃な大地とは対照的な、鋭く冷えた空気だった。
「……ここが、帝国ですか。風の中に、鋼の匂いが混じっていますね」
火山島の戦士は、防寒用の襟巻を直し、白く染まる吐息を吐いた。彼らが王国を離れ帝国に向かっているのは、彼らが冒険者のパーティーを組むキッカケとなった事件のためだった。王国での依頼は無事完遂し、事件は解決したが未だ謎が残っていた。その謎を解く鍵となるかもしれない情報が帝国より持たされたのだった。事件の全容を解明し同様の被害を二度と起こさない為、彼らは帝国に向かっている旅の途中であった。彼の腰には、入国許可の証として仲間が手配した[帯刀許可証]が静かに揺れている。
「ええ。王国のような中央集権とは違うわ。ここからは、皇帝の権威と、貴族の権力、そして法の支配が強い世界よ」
大学院の女性学者が眼鏡を押し上げながら補足する。彼女にとって、北方は故郷である公国にも近く、馴染みのある文化圏だ。
一行の目の前には、石造りの質実剛健な関所がそびえていた。そこには王国の流麗な紋章ではなく、猛禽を模した無骨な帝国の紋章が刻まれている。
2. 小さな領主
関所を警備していたのは、全身を分厚い板金鎧で固めた一団だった。彼らは帝国の軍事力の核である[帝国騎士団]――世襲制で小規模な領地を持つ、言わば「小さな領主」たちである。
「止まれ。通行証を提示せよ」
先頭に立った騎士は、年齢こそ若いが、その佇まいには自らの土地を守るプライドが滲み出ていた。職人組合の伝令員が慣れた手つきで書類を差し出す。
「王国からの冒険者のパーティーです。こちらは公国の学士様と、皇国で修行された司祭様。不審な者ではありませんよ」
騎士は書類を検分しながら、一行の装備を鋭い目で見極めていく。特に火山島の戦士の[湾刀]で、その視線が一度止まった。
「……珍しい得物だな。だが、[大憲章]の法はここでは絶対だ。街中での抜刀は固く禁ずる。承知しているな?」
戦士が静かに頷くと、騎士は短く「通れ」と道を開けた。派手な歓迎もなければ、不当な関税もない。法が淡々と執行される、帝国の厳格さがそこにあった。
3. 滞る魔力
一行は関所近くの宿場町に入った。そこで砂漠半島の巫女が、ふと足を止める。
「……司祭様。やはり、この土地も少し変です」
彼女の[妖精の瞳]には、自然界を流れるはずの[元素]が、澱のように沈んで見えていた。
「精霊たちが、何かに怯えている。王国で感じた、あの『魔薬』の影響に似た不快な歪みです」
一神教の司祭は表情を曇らせ、聖印を握りしめた。
「……組織の根は、この北の地にも張っているということでしょうか。皇帝を選出する[選帝侯会議]から二十年以上たち、政情が安定している今、何者かが暗躍するには絶好の機会なのかもしれません。平和の代償とは考えたくありませんが」
4. 静かなる決意
宿の暖炉を囲みながら、一行はこれからの旅路を見据えていた。帝国の都を目指す旅は、王国の時以上に複雑な「帝国の思惑」に直面することになるだろう。
「まずは、私の古い知人を訪ねましょう」
女性学者が地図を広げる。
「帝国の学術都市には、古代遺産の研究者が集まっているわ。不正を行った王立騎士団の騎士がどこから魔薬の製法を得たのか……その手がかりが、この国の[古代遺跡]にあるかもしれない」
「派手に動くのは得策じゃないな。ここは騎士たちのプライドが高い」
スカウトが苦笑いしながら、銀貨でチップを弾く。
「目立たず、しかし確実に。それが帝国での生き残り方だ」
火山島の戦士は、窓の外で降り始めた小雪を見つめていた。義を重んじる彼にとって、法の支配と権力闘争が渦巻くこの国は、新たな試練の場となる予感があった。
エピソード10:了




