エピソード8:名誉の護衛
エピソード8:名誉の護衛
~掟と法の間~
1. 捨てられた依頼票
「……無駄よ。そんなもの、今の王国の『法』じゃ紙屑同ぜんだわ」
酒場の喧騒の中、大学院の女性学者が冷ややかに言い放ちました。カウンターに置かれたのは、シミだらけの古い依頼票。かつての政争で失脚し、今は刺客に狙われている元貴族の老人からの護衛依頼でした。
「王立騎士団も動かない。理由は『管轄外』、そして『政治的配慮』。つまり、見捨てられた命ということですね」
一神教の司祭が悲しげに目を伏せます。しかし、火山島の戦士はその依頼票を黙って手に取り、力強く握りしめました。
「報酬は、老人が隠し持っていたわずかな家宝のみ……。効率を考えれば、受ける理由は一つもありませんね?」
大学院の女性学者が眼鏡を押し上げ、釘を刺すように言います。しかし、火山島の戦士は静かに立ち上がりました。
「……自分はこういった事の為に冒険者を志しました。報酬の多寡は関係ありません。これは、リーダーとしての私の独断です。反対の人は今回、不参加で構いません。ただ、私は行きます」
その背中に迷いはありませんでした。職人組合の伝令員は呆れたように肩をすくめ、刺刀を弄びます。
「はっ、結構アイツは頑固だよな。……だが、裏道を知ってる奴がいないと、逃げ足の遅い老いぼれを逃がすのは無理だぜ?」
そう言って、席を立ち火山島の戦士の後に続きます。困った笑みを浮かべながら、砂漠半島の巫女と一神教の司祭が立ち上がり、後に続きます。最後に不満そうな顔をしながらも大学院の女性学者が立ち上がり、後を追いました。
2. 完璧なる「不合理」
護衛対象の老人が隠れ住む廃屋の周囲は、すでに殺気が立ち込めていました。
「まったく、効率が悪すぎるわ。こんな依頼、本来なら金貨五枚はもらうところよ」
毒づきながらも、大学院の女性学者は屋敷の周囲に緻密な作戦を張り巡らせていました。その手際に妥協は一切ありません。
「巫女殿、風の動きを教えてくれ」
「北から三名。……いえ、屋根伝いにもう一人。挟撃か不意打ちが敵の狙いね」
砂漠半島の巫女の報告を受け、火山島の戦士が静かに抜刀します。
「伝令殿、老人の脱出路の確保は?」
「万全だ。あんたの『義理』に付き合って、下水道の地図まで頭に叩き込んじまったよ」
職人組合の伝令員が軽口を叩きながら闇に消えます。一神教の司祭は老人の隣に座り、震えるその手を握って微笑みました。
「大丈夫です。私たちのリーダーは、決して背を見せない男ですから」
3. 絆の証明
刺客たちが一斉に襲いかかった瞬間、庭で待ち伏せていた大学院の女性学者の錬金術が火を噴きました。
錬金術[雷撃]。強烈な光と轟音が辺りに響き渡った。
「掛かったわね、おバカさんたち。……効率を追求した結果、地獄へ最短距離で行けるようにしておいたわ」
衝撃で吹き飛ばされた刺客たちの隙を突いて、サムライの一閃が闇を切り裂きます。
「我が命、我が刀は、弱き者を守るためにある! 押し通る!」
居合、真向小手切り、逆真向小手切りを駆使するたびに剣閃が閃き、刺客たちが次々と倒れ、道が開かれます。そこへ職人組合の伝令員が合図を送り、一神教の司祭が老人を支えて駆け出しました。
「……戦士殿、なぜここまでしてくれる。私にはもう、報いる力など……」
「火山島の格言にこう有ります。火山島の戦士の言葉に二言はないと。貴殿の命を守り抜く。それが、このパーティーの『絆』です」
その瞬間、メンバー全員の動きが完全にシンクロしました。誰に言われるまでもなく、大学院の女性学者が錬金術の麻痺の雲]で追っ手の足を止め、砂漠半島の巫女は占星術の[無音]を使い聴覚を奪い、一神教の司祭が老人を担いで駆け出し、職人組合の伝令員は最短の逃走経路へ導く。
火山島の戦士の持つ「義」という毒に、いつの間にか全員が冒されていた。
それは、利害関係を超えた「仲間」としての、本格的な冒険者生活の始まりでした。
4. 火山島の戦士から、リーダーへ
夜明け前。老人は職人組合の伝令員が手配した馬車に乗り、隣国への亡命へと旅立ちました。
「……さて。報酬の『家宝』ですが。受け取ってください」
火山島の戦士が差し出したのは、老人が感謝と共に渡した、古い紋章入りのメダルでした。
「……これコレクターズ・メダル(好事家の間で取引される、有名な画家がデザインした貴重なメダル。高価だがマジックアイテムでは無い)よ。金貨を積まれるより、価値があるわよ。」
大学院の女性学者は驚いた顔を向けました。その手には、戦いの中で折れた火山島の戦士の刀の切っ先がありました。刀の切っ先を受け取りながら、火山島の戦士は
「そうですか。でも自分はもっと価値のある物を今回の冒険で得ました」
「それは何?」と大学院の女性学者が問うと
「それは秘密です」火山島の戦士は屈託の無い笑顔で答えた。
「ケチね。せっかく協力してあげたんだから、教えてくれてもいいじゃない」
大学院の女性学者がむくれていると
「いいじゃないですか。おかげで、自分たちが何のために戦っているのか、再確認できましたから」
一神教の司祭が穏やかに笑います。
火山島の戦士は、夜明けの光に染まる仲間たちの姿を見つめました。
かつて火山島で独り、刀を振るっていた「戦士」の顔はそこにはありません。
「……帰りましょう。酒場で、次の依頼が待っていかもしれません」
一歩踏み出すその背中に、四人の仲間たちが続く。
こうして、王国の歴史には残らない、しかし彼らにとっては何物にも代えがたい「冒険」の日々が、幕を開けたのです。
エピソード:了




