#1 とろけるキスを知っていますか?
とろけるような甘いキス、したことありますか?
もし、そんな質問をされたなら――。
「あ…ん……っ」
深いキス、頭の芯がじんわりと痺れていく。
零れた吐息さえ逃がさない。
私の全てを欲するような、そんな独占欲が垣間見える。
「まだ、もっとしよう」
繰り返すキス。
でも、まだ満足なんてできないみたい。
「……もう、唇が腫れたらどうするの?」
「それは困るな。明日も撮影があるし」
くすりと笑って、アラタがようやく唇を離す。
至近距離で見つめてくる整った顔立ち。いつまでも、ドキドキしてしまうのは仕方ない。
彼は、トップアイドルだ。
人気グループ dulcis〈ドゥルキス〉のメンバー、アラタ。
春には5大ドームツアーを成功させ、今やその名を知らない人はいない。
甘く誘惑的なビジュアルで、日本のみならず世界にファンがいる。
そしてここは私の職場、完全予約制の美容クリニック――Désir Clinic〈デジールクリニック〉
毛足の長い絨毯、室内には穏やかなジャズとアロマの香りが漂っている。
芸能人や著名人も訪れるクリニックで、アラタも美肌のケアのために通っている。
「梅雨明けしてないのに、もう真夏だな。炎天下のビーチで踊るとか、正気じゃない」
新曲MVの撮影帰りのアラタ。ソファへ深く身体を預けた。
「肌のお手入れ、ちゃんとしないとね」
「必要なのは、そっちじゃないかも」
そう言った瞬間、アラタは私の腕を引いた。
気づけば身体がふわりと浮き、そのまま彼の膝の上へ座らされる。
「ちょ、アラタ……!」
「ずっと愛香不足だった」
首筋へ甘く唇を押し当てられる。ぞくり、と背筋が震えた。
さらに、私の制服のボタンに指をかける。
「お客さま、当クリニックはそのようなサービスはしていません」
「え!そうだっけ?」
「もう、仕事中だからダメ」
悪戯な指先を絡めとる。
「愛香に触れないと、この疲れは取れないんだよな」
低く掠れた声が耳元で響く。
触れられるたび、身体から力が抜けていくみたいだった。
世界中の誰も知らない。
完璧なトップアイドルが、こんなふうに甘えてくることも、独占欲を隠さず、私だけを求めてくることも。
「愛香。このあと、うち来るよね」
耳元で囁かれる。
「……う、うん」
答えた瞬間だった。
「おふたりさん、お楽しみのところ悪いな」
静かな声が甘い空気を切り裂き、ベロアの厚いカーテンが開かれる。
「克哉!」
「こら、ここでは『院長』と呼びなさい」
このクリニックの院長であり、私の従兄でもある克哉だ。
「それに愛香。お客さまの膝から降りてくれるかい?」
私は慌ててアラタから飛び退いた。
「よくできました」
「子ども扱いしないでよ」
端正な顔立ちに、穏やかな笑み。
けれど、その奥にはどこか人を試すような冷たさがある。
「相変わらず邪魔するタイミング完璧だな、克哉」
アラタが不機嫌そうに眉を寄せる。
「仕事熱心と言ってほしいね」
克哉は平然とカルテをめくりながら続けた。
「アラタ、自分が何をしに来たか、忘れたのかい?」
「肌のケアでしょ?」
私の答えに、克哉は目を細めた。
「愛香、今夜は少し遅くなるよ」
「え?」
「新しい美容液のこと、今日中に決めたい。そう言ったのは、アラタ、おまえだよ?」
「あー……そうだった」
アラタは小さくため息をつく。
「すぐにでも愛香を抱きたいのに」
言葉はエロいのに、拗ねたみたいな言い方。
アラタは自身のコスメブランドも手掛け、実業家としても活躍中。
そして克哉は、若き美容クリニックのイケメン医師として、メディアで注目されている。
そんなふたりが、コラボした美容液を販売する。
「あと少し、おあずけだな」
アラタが私の顎先を掴み、軽く口づける。
「ちょ、ちょっと!」
逃がさないと言われているみたいな、キスだ。
世界中の誰も知らない。
完璧なトップアイドルが、こんなふうに私だけを求めてくることを。
もし今、とろけるような甘いキスを知っているか?
そう聞かれたなら……。
私はきっと、幸せな気持ちで頷いていた。
――この恋が、続けと願いながら。
episode2を投稿するため、ステータスを連載中に変更しました。
引き続き、アラタと愛香の恋を応援よろしくお願いいたします!




