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セクハラ護衛騎士と婚約者の観察日記  作者: buchi


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第93話 マウント取り

ジョージはくるりと振り返った。


輝く金髪。サファイアの目。整った目鼻の、これが極上のイケメンか…という貴公子が立っていた。


そして傲岸不遜。


ジョージも不遜だが、フィリップ殿下のは筋金入りである。なんとなれば王子だから。

重厚感はないけど、美貌がある。


ハンナは、残念なことに(かたわ)らの王子様がキラッキラのイケメンだってことを忘れていた。

なにしろ、事が事である。


ハンナは事なかれ主義である。

面倒なことには、そっと(フタ)をして立ち去るのが得意だ。

特技としては、そのあと、密かに面倒ごとの底を抜く。こうしておくと、後々蓋がぶっ飛んで、再燃するとか大事(おおごと)になるとかいうのを避けられる。


にもかかわらず、今現在、面倒ごとを起こそうとしている人物が目の前にいる。

しかも、余計なことに超絶美貌。

この時ほど、フィリップ殿下の美貌が恨めしかったことはない。だって、周り中の関心の惹きっぷりがハンパなかったから。

なんなら、令嬢や奥方連中が、さわさわとこちら方向へ移動を始めている。


確実に、だんだん騒ぎが大きくなっている。


「どちら様かな?」


こう尋ねたのは、公爵家の新しい跡取り婿殿に、取り入り始めた取り巻きのうちの一人だった。痩せて、黒っぽい服を着こみ、どことなく目つきの悪い男だった。


「君は誰かね?」


平然と上から目線に問い返す王子殿下。


よく見れば、フィリップ殿下が身につけているものは最高級品である。公爵家の婿殿が精一杯着飾ったものに勝るとも劣らない。誰もが手に出来るような品ではない。


そこんとこ、早く気がついて! とハンナは心から祈ったが、相手は、なんて生意気なと思ったらしい。観察力不足。


はらはらしていたが、周りをチラリと見回すと、このパーティも決して一枚岩ではないことに気がつく。


参加者全員が必ずしも、ジョージの味方ではないらしい。


考えてみれば、それはそうだ。


いきなり現れて女婿として権力をふるおうとしている男。

結婚という手段で、これまで赤の他人で何の縁もなかった人物が公爵家の権力を握ろうとしているのだ。

密かにヒルダ嬢の夫の座を狙っていた者もいるかもしれない。


ジョージ自身、侯爵家という高い身分の出身で、結婚相手として不足はないのだが、だからと言ってその場にいる全員が好意的ではないだろう。


ハンナは今度はジョージが心配になってきた。

余計な敵を増やさなければいいのにと、事なかれ主義が顔を出す。別にジョージの為を思ってのことではない。目の前でもめ事を見るのが嫌いなのだ。


だが、この時点でハンナは重大な疑惑を抱いた。


ジョージである。


多分、ジョージはハンナの顔はわかっているはず。

だが、グイと不快そうにフィリップ殿下の顔をにらみつけた様子からすると、もしかして、ジョージはフィリップ殿下の顔を知らないのでは? ご学友のくせに?


ジョージは計算高い。そこまでバカではない。ハンナの家よりヒルダ嬢の家の方と縁を結ぶ方が得策だと計算するくらいのことはできる。

それで行くと、どう考えても第二王子殿下に向かって、しかめ面なんかしない方がいいくらいのことは計算できるはず。


それなのに、今、ジョージはあからさまな嫌悪の表情を浮かべている。


ハンナは必死で思い出そうとした。


ジョージはご学友に選ばれこそしたものの、フィリップ殿下に初日の行動プランを提出したため、あっという間に殿下の不興を買ってクビになった。

その頃に素顔のフィリップ殿下と会ったことがあるとすれば別だが、多分、カツラとメガネと深々と襟に顔を沈めたフィリップ殿下にしか会ったことがないと思う。変装した姿を見て、ジョージで殿下をおかしなやつだと見下した。だからして、あんなアホウな、人を見下したような学園内での行動計画書を出したのだ。


うん。ジョージは絶対にフィリップ殿下がフィリップ殿下だって気が付いていない。


こうなれば頼みの綱はヒルダ嬢だけだ。幼馴染のヒルダ嬢ならフィリップ殿下がフィリップ殿下だってわかってくれるんじゃないか……


ヒルダ嬢はフィリップ殿下に見とれていた。


ハンナは何ともしらけた。


ジョージもヒルダ嬢も、突っ込んできた痩せたジョージの子分も、それから公爵夫妻も、もうちょっと真面目にパーティに参加しろよと言いたい。


参加者の名簿と顔くらい、把握したらどうだ。ホストたるもの、それくらいの用意がなくてどうすると言いたい。


「ハンナ嬢」


ほら来た。


ジョージが重々しくハンナに話しかけた。


「お呼びしたつもりはなかったのだが」


フィリップ殿下の顔ばかり見つめていたヒルダ嬢だったが、ジョージの声にピクッと我に返った。そして、ハンナの顔を憎々し気に見た。


「ずいぶんとめかし込んでこられましたのね。ハミルトン伯爵令嬢」


ハンナの衣装は、ハドソン夫人渾身の作である。王家にふさわしいように作られたものだ。

本日の主役、ヒルダ嬢に勝るとも劣らない豪華さだった。もちろん質の良さといった面についてである。さすがヒルダ嬢、ご令嬢だけあってドレスを見る目はあるようだ。

だが、ハンナが着飾っていることには反発しか生まないだろう。


それより一緒に来たフィリップ殿下の身なりがハンパなく素晴らしいことに気が付いてあげて欲しいのだけど。そして、どこかがおかしいと、これはご身分の高い方の服装だって気が付いて欲しい……


周りがさわさわとささやきかわし始めた。


「ハミルトン嬢のお連れの方、とても素敵な方ですわね」


「上着が……ジャケットコートが今の流行ですわ。でも、あんなに着こなしてらっしゃる殿方は初めて拝見しましたわ。すらりとしてらっしゃるけど、胸が厚くて、とおぉっても男らしいですわ」


「なんといってもお顔が……おとぎ話の王子様のように美しくて気品のある顔立ちですわあ」


そっち方面に流れるんじゃなくて、高そうとか、手が込んでいるとか、そう言う評価はできないのだろうか。それからこの人は本物の王子様です!


「きっとハミルトン伯爵令嬢が、お金をつぎ込んでめかしたてたのですわ」


違います。ハミルトン家は全くお金を出していません。


「公爵家の招待状がないのに、よく入り込めたものだな。なかなかあなたは厚顔な方だったのだな」


「ジョージ様、婚約を白紙になさって本当にようございましたわ」


ヒルダ嬢が余計な口をはさむ。


「そして、その隣の男は誰だ」


ジョージは全く気が付いていないらしい。公爵家の一員ともなると、ずいぶんな口の利きようになるのね。

それに、ジョージはとにかく、どうしてヒルダ嬢も気が付かないのだろう。


怒りを目に(たた)えながら、口元だけは微笑んで見える殿下が一歩足を踏み出した。


「婚約者だ」


わあ。ここは、私が紹介する場面だと思うの。殿下が自己紹介するだなんて、宮廷礼儀教書のどこにも載ってませんことよ?




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