幕間・マルサン、マルヨン……
「私は航空母艦への命名を求められている、と聞いている。海軍の基準では、『瑞祥動物』から名付けると記憶しているが、今回は異なるのか?」
一九四〇年三月三日
宮城 千代田 東京府
天皇裕仁は一枚の書類に目を通していた。
それは、第三次海軍軍備補充計画、通称「マルサン計画」によって建造されている「一号艦」の命名についてだった。
書面にはふたつの候補が並んでいた。それを眺めた彼は疑問を投げかけた。
「私は航空母艦への命名を求められている、と聞いている。海軍の基準では、『瑞祥動物』から名付けると記憶しているが、今回は異なるのか?」
奉答を求められた軍令部総長は、恐懼して応えた。
「確かに、その通りでございます。三号艦と四号艦につきましては、従来通りの命名基準での命名を考えております。しかしながら、このたびのフネに関しては、律令国名から取りたいと思います」
「ふむ、なにか、理由があるみたいだね」
総長は慎重に言葉を選びつつ、奉答する。
「はい。我が国は『ローマ条約』締結により、戦艦の保有を禁じられてしまいました。以来、『海軍の象徴』といえるフネを保有しておりません。今回建造している『一号艦』は、象徴を担うに相応しいフネと言えましょう。彼女に相応しい名を陛下から賜って頂ければ幸いでございます」
「なるほど……」
軍令部総長はそのように奉答した。実のところ、山本五十六を始めとする空母閥のゴリ押しに近い命名だったのだが、そのことを彼には説明しなかった。
総長の思惑を他所に、彼は帝国海軍が保有する空母を思い出していた。
──「赤城」「加賀」「土佐」「長門」「陸奥」……、戦艦から改装された「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」。そして「鳳翔」「龍驤」「蒼龍」「飛龍」……。思い返せば、帝国の空母の大半は律令国から名付けられたものが多い。ある種の原点回帰だと思えば不自然ではないのかもな。
「わかりました」
彼は並べられた候補を繰り返し眺め、しばし考える。
彼は答えを出す前に、少し質問をしてみた。
「聞くところによると、『一号艦』は大変に大型の空母のようだね。護衛にあたるフネについても手当はしているのか?」
軍令部総長は彼の記憶力に驚嘆しつつ奉答する。
「はい。第四次海軍軍備充実計画──マルヨン計画において、新型装甲巡洋艦や防空巡洋艦を計画しております。また主砲換装計画のあった『最上』型について、これの計画を変更し、防空能力を強化した工事を実施している最中です」
「なるほど、わかりました」
──日露戦役の折、日本海海戦で「三笠」が爆沈してから、ポーツマス条約締結までに、明治大帝におかれては多大な苦労を重ねたと聞く。東郷や乃木亡き後、帝国が存続したのは奇跡のようなものだと、よく聞かされたものだ……。
あれから帝国は「大艦巨砲主義」を捨て、あらたな兵備思想「航空主兵主義」に舵を切ったが、……今、目の前にあるフネが、その極致なのかもしれない。
「マルヨン以降の計画もあるのかい?」
「必要ならば……」
──際限なく拡大してゆくものだ。……支那との戦争が終わらぬ中、欧州大戦が勃発してしまった。米英と対立する帝国もなにかしらの影響があるかもしれない……。
──であるならば。
彼は、名を与えることの重さを静かに噛みしめた。
「『信濃』は武御名方主命の故事など、神代に所縁のある名だね。そちらもよいが……」
彼はもうひとつの候補に目を落とす。ふむ、海軍が象徴としたいのなら、こちらの方がよかろう。
「やはり、ここは『大和』が相応しいと思う」
その名は、帝国そのものを背負う響きを持っていた。
「そのようにいたします」
そう述べると、彼は御名御璽を押した。
「私は……」
軍令部総長は彼の言葉を待った。
「……『大和』が、その力を発揮せずともよい状況が続くことを願う」




