第七章・玉虫色の戦略
──なんと雄大な構想だろう、恐らく、最終的にはハワイを目指すのだろう。しかし、これでは戦線が拡大するだけではないだろうか? 帝国の国力は作戦に見合うものなのだろうか?
一九四二年四月二九日 夜
宮城 千代田 東京府
この日は、天皇裕仁にとり四十一回目の誕生日だった。
彼の誕生日──「天長節」を目指し、陸海軍は尽力した。その影響か、作戦は順調に進展し、海軍においては米国との艦隊決戦に勝利し、「太平洋に敵影なし」とまで報道されていた。
陸軍は南方資源地帯を確保し、「長期持久態勢」の確立を謳いあげていた。
相次ぐ戦勝は、国民を熱狂させる。支那事変以降、どこか鬱屈とした戦況。米英の圧力。それが開戦によりひっくり返ったのだ。
ある文芸批評家は、「今本当に心からカラッとした気持でゐられる」と評したほどだった。
国も、国民のそのような空気を最大限に利用した。中には今次大戦に疑問を持つものもいたのだが、それは、あらゆる手段で封殺した。
そのような情勢の下、一九四二年の天長節は国中が彼の生誕を寿ぎ、各国からの祝電も続々と届いた。
彼はいつもの様に過密なスケジュールをこなした。生憎の天候だったので、いくつかの行事への行幸は取りやめたものの、祭祀などは滞りなく執りおこなわれた。
ようやく、一日のスケジュールが終わり、彼は皇后と映画を楽しんだ。米国の漫画映画だった。
八分ほどの短編だったが、それは総天然色で製作されており、滑稽じみた内容とともに、普段他では(絶対に)見せない笑顔を皇后に向けていた。
同時に、米国の国力と余裕をまざまざと見せつけられたような気分にもなった。
仕上げに、侍従武官が外地から持ち帰った貝などの土産を見聞する。生物学者でもある彼にとり、それはなによりも代えがたい安らぎの時間だった。
・・・
数刻後、彼は寝所で独り、寝入るまでの黙考をしていた。
──皆のおかげで今日まで過ごすことができた。なんとありがたいことだろう。しかし、今の自分はそれに見合う働きをしているのだろうか……?
昨日、参謀総長と軍令部総長が訪れた。彼らは自信に満ちた顔をしていたな。無理もない、彼らが私に掲げていた目標を予定通りに完遂したのだから。
しかし……。
彼は、ふたりが奏上した第二段作戦について思いを巡らせていた。
──陸軍は「長期持久態勢」を維持すると言っている。確保した南方資源地帯を確保した今、米英に負ける算段はなくなった。今はむしろ、北方のソ連邦と支那問題を片付けるべきである、と。
それに対し、海軍は「短期決戦」を主張している。“狼狽”する米英について、追撃の手を緩めてはならない。引き続き攻勢作戦を実施する……、という話だった。
そして海軍は、彼に対して具体的な作戦を上奏していた。
五月上旬 MO作戦(ポート・モレスビー攻略。豪州無力化)
六月上旬 MI作戦(ミッドウェイ攻略。ハワイへの足掛かり)
七月以降 FS作戦(フィジー・サモア攻略。米豪連絡線遮断)
これらの作戦を、軍令部総長は淡々と述べていた。
──なんと雄大な構想だろう、恐らく、最終的にはハワイを目指すのだろう。しかし、これでは戦線が拡大するだけではないだろうか? 帝国の国力は作戦に見合うものなのだろうか?
どうも、海軍は陸軍と同様の発想になっているのではないだろうか。彼らは支那の奥地に進撃したあげく、戦線が膠着してしまった。それと同じ轍を踏まないだろうか……?
彼は「もう少し、海軍に作戦の詳細を尋ねるべきだったかもしれない」と後悔した。
気になることはいくつもあった。
──しかしどうも、陸海軍で相反する戦略を取っているようにしか見えないのだが、彼らのなかでは整合がとれているようだ。
──この戦争に中間地点はない。「勝つか負けるか」だ。その意味では「長期持久態勢の確立により、短期に事態の収拾を図る」ことは間違いではないのだろう。
だが……、先般の米国の空襲もそうだが、こちらの思惑に彼らが乗ってくれるものだろうか……?
彼は、それが破綻したときのことに思いを致す。
──戦争の終結について、今はまだ私から述べる段階ではない。しかし、帝国を存亡は、ひとえに私に最終的な責任がある。どうにかして国土と国民を保全し、この国を子孫に伝えてゆかねば、な……。
その内、彼から静かな寝息が聞こえてきた……。
・・・
一九四二年五月五日、大本営海軍部は大海令第十八号を発令した。
第二段作戦の幕開けである。




