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 居場所を失った俺は、頻繁に図書室へと通っていた。

 イラスト作成にあたって、教室では今までの行いや騒動による悪い噂で居心地が悪く、家では勉強しろと口うるさい親のせいでイラストを作成しづらい環境となっていたからだ。

 その中で図書館は利用者が少なく、誰の邪魔も入らない絶好の場所であった。

 ここでなら誰の邪魔も入らず、気兼ねなく創作活動に勤しむことができると思っていた。

 偶然俺が図書室の隅でノートに絵を描いている所を見られるまでは。

 その相手こそが今目の前で優雅に珈琲を楽しんでいる鈴木夏菜子であった。


 俺は戦慄した。

 イラスト作成は家族は愚か、今まで話していたクラスの友人達にも隠していたことであった。

 ましてや頭のおかしい人として学年で浮いている状況でもある。

 更に弱みを握られて、今度こそ社会的に自分は死んでしまうのではないかと思った。

 また怖がられる。

 また気持ち悪がられる

 また居場所が無くなる。

 そんな絶望的な状況で返ってきた言葉は自分が想像していたものとは異なるものであった。


「──絵、上手ね」


「……え?」


 彼女は俺の事を気味悪がることは無かった。

 寧ろ、俺の描いた絵を褒めてくれたのだ。

 俺は今までこの趣味を公に披露したことがなかったせいか、絵を褒められたのは初めての事だった。

 今まで感じたことの無い、熱い感情が胸を燃やした。

 気づいたら俺は滂沱(ぼうだ)と涙が溢れていた。

 それはもう大切な親と死別した子供のように。

 都合のいい話だとは思っている。

 それでもとても悲しかった。

 毎日一人でいることが。

 きっと心のどこかで傷ついていたのだろう。

 きっと誰かに認めて欲しかったのだろう。

 そんな状況で俺を認めてくれた、受け止めてくれた言葉は何よりも嬉しくて、暖かった。


 高校生にもなって泣いてしまったのは、当然照れ臭さもあったが、何故か彼女に対しては差程抵抗はなかった。

 この時既に俺は彼女に惚れていたと思う。

 クラスメイトや周囲の女子とは違う、明確な好意。

 胸の奥が苦しくて、大切にしたいと感じる慈しみの感情。

 どれも初めての気持ちだった。

 あぁこれが恋なのか。

 その時ようやく俺は腐った目で異性を見ていたと自覚することができた。

 そして性欲という色眼鏡で異性を見ていた自分を不甲斐なく感じ、何より軽蔑した。


「……あの、いきなり泣いてすみません」


「大丈夫よ。 何だか凄く悲しそうに見えたたから」


 突然号泣した俺に驚きこそしていた彼女であったが、深く言及することはなかった。


「そうですか……。 あの! できればいいんですけど、時々僕の描いた絵を見てもらえませんか!?」


「え? ……いいわよ。 というか君、同じクラスなの気づいてないの?」


「……? あ! えっと確か鈴木さん……ですよね?」


「正解よ。 ふふっ、品性の欠けらも無い渾名で呼ばれているから少し身構えていたけど案外普通ね」


 散々迷惑をかけておいて、今の今まで顔を思い出せなかったのには理由がある。

 それは彼女がクラスの中でも目立たない存在だったからだ。

 こんなあけすけにものを言う人だと思っていなかったので、少し自分の認識と差異を感じていた。


「とりあえず同じクラスなんだし敬語はやめたら?」


「あ、うん、ありがとう」


 淡々と話すその口調には同い年とは思えない凄みがあって、それでいて妖艶な微笑に目を離せない俺はただ応答するのみであった。


「えぇ、こちらこそよろしくね、山田くん」











 そこから俺は毎日のように図書室へと通い、彼女と交流を深めていった。

 例の事件で噂される日々が続き、一時期はストレスによる不眠症まで患う始末であったが、彼女と出会ってから今までが嘘のように安心して眠れるようになっていた。

 それどころか自分はなんて幸せ者なんだろうと思うようにすらなっていた。

 それはクラスでの彼女と図書室での彼女、全く別人のように振る舞うその姿を自分だけが彼女を知っているという状況に優越感すら感じていたからだ


 だが無視できないことがある。

 どうして彼女は俺に声をかけてきたのか。

 考えてもみてほしい。

 学年一疎まれている危険分子に気安く関わりを持とうと思うものだろうか。

 普段大人しくしているのに、急に学年一の有名人にわざわざ接触しようとするだろうか。

 少なくとも俺だったら近づかないし、関係を持とうとする思考にすら至らない。

 結論の出ない堂々巡りを繰り返す日々が過ぎ、我慢ができなくなった俺は彼女に直接聞いてみることにした。


「――鈴木さん、自分で言うのも変だけど、どうして僕に声をかけてくれたんだい?」


「どうしてと言うのは?」


「ひどいな鈴木さん……それは分かってて言ってるのかい? 僕は少なくとも周囲からの評判は良くないのは知っているよね? そんな状況でどうして僕に声をかけてくれたのかな?」


 意地悪に微笑む彼女に僕は心地良さすら感じた。

 軽口を交わすこんなやり取りも悪くないと。


「確かに、お世辞にも山田くんは周りから好かれてないわね」


「うん……。 それは僕も自覚してるよ。 だから不思議なんだ。そんな人間に好奇心だけで近づくのかなって。 しかも鈴木さん、教室では目立たないようにしてるけど、話してみたら全然普通って言うか……」


「純粋に山田くんに興味を持ったってだけじゃだめ?」


 態々下から覗き込むように、男心を擽る鈴木さん。

 俺は煩く鼓動する心臓の音がバレないよう、できるだけ平静を保った涼しい顔で、至って真面目に返答する。


「できればどんな所に興味を持ったか教えてくれると嬉しい」


「執拗い男は嫌われるんだよ?」


 それは困る。

 彼女は今俺が唯一話ができる友人だ。

 更に意中の人でもある。

 そんな彼女に嫌われるのはあまりにも分が悪い。


「うっ……それはちょっと……」


「あはは! ウソウソ冗談よ!」


 天真爛漫に笑う彼女を初めて見て見蕩れてしまう俺に、彼女は気にもとめず次のように答えた。


「いいわ。 全部は教えてあげないけど興味を持った所なら教えてあげる。 それはね、君には()()があると思ったからよ」


「え?」


 俺はいきなり頓珍漢なことを言い出した彼女に対して空いた口が塞がらなかった。


「チラッとイラストを描いてるのを見てね、ビビっときたんのよ。 あっ、でも変わった人だと思われるのも癪だし、魅力的だったと受け取ってもらって構わないわ。 これで質問は終わり。 いい?」


「えっと、全然言ってることが分からないんだけど……」


「それでいいのよ。 いい? これ以上同じようなことを聞いてきたら一生口聞いてあげないんだから」


 その言葉にはいつもの鈴木さんとは何か違う、異様な感じがして俺はそれ以上何も話すことができなかった。

 だがそれでも本能のように、頭ではダメだと堰き止めていても、枷が外れたかのようにぽろっと言葉を口にしていた。


「一つだけ聞かせて。 僕にはどんな才能があるの?」


「……さっきの言葉聞いていなかったのかしら?」


 いつもの口調とは程遠い、別人のような声。

 その声音はとても鋭く、触れてしまえば自分の前から溶けて消えてしまうかのように冷たかった。


「それでもう私と話せないとしても?」


「ッ!?」


 僕は彼女の質問に対し即答することができず、唾を飲み込むことしかできないでいた。

 まるでそれが冗談ではないような気がして。


 しかし、俺は理性では踏み込んではいけないことだと分かっていても、本能なのか、知的好奇心なのか、将また啓示なのか、彼女との関係性を悪化させてでも聞いてみたいと感じていた。

 俺は結局無言で首を傾け、首肯の合図を彼女へ送った。

 しかし、彼女は俺の緊迫した顔を見るなり、冷然たる表情から嫣然(えんぜん)な顔へと様相を変えた。


「……なんちゃって、冗談よ。 君は漫画を描く才能があるのかもと思っただけよ。 私漫画とか好きだから。 もしかしたら将来売れっ子の漫画家になってたりしてね。 じゃあ今日はもう帰るわね」


 彼女はそれだけ言うと鞄を持ってそそくさと図書室を出ていった。

 かく言う俺は彼女がどう言う意図でそのような言葉を言ったのか考えることに精一杯で、でもその答えはいっこうに分からなくて、ただその場に立ち尽くしているだけだった。


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