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「──山田さん、今おいくつでしたっけ? 31とか?」
沈黙を破ったその声に対し俺は一瞬身構えた。
声の主はセンターに分けた茶髪に現役高校生と間違えるほどの童顔、平均より小柄な体型に社会人とは思えない派手な緑のアロハシャツを身に纏い、高級そうな皮のソファからじっと俺を見つめている。
この男はもうかれこれ四回は会っていて俺のプロフィールくらいなら既に覚えてくれていると思っていたがそうでも無いらしい。
「……29です。 まだ三十路じゃないですよ……」
「おっとおっとこれは失礼したッス。 29なんスね。 なんというかそれぐらいの年の人って年齢わかりにくいッスよね!」
「そうなんですかね……」
「そうッスよ! 少なくとも自分はそう思うッスね! まぁまぁそれはさておき原稿の話をするッスよ!」
実年齢より老けて見られたことに若干のショックを受けている俺の事など露知らず、お調子者な彼は茶化すように先の失言を強引に水に流そうとする。
「……あれ? まだ最後まで読んでないですよね?」
「あぁ大丈夫ッス。 結論から言えば今回もつまらないッスね」
「ッ!?」
単刀直入。
ざっくばらんに発言したその言葉に軽い目眩がした。
俺の聞き間違いだろうか?
いや、この男ははっきりと口にした。
つまらないと。
「あのー神崎さん、もう一度聞いていいですか……?」
俺は悪足掻きのように、何かから目を背けるような気持ちで問いかけた。
「え? あぁ……、えーと面白くないです、はい」
つまらないから面白くないへ。
言葉を変えて気を遣ってくれたのだろうか?
意味合いからすれば全くと言っていいほど変わらない。
それ以上その言葉の意味を究明することは自分の心が平静を保っていられる自信がなかった。
詰まるところ自分の原稿はこの〇〇社の編集者である神崎さんの心に響かなかったのだろう。
本来一般の原稿持ち込みは決まった編集者が見てくれる訳ではない。
だが自分はこの出版社へ持ち込む度に神崎さんと邂逅するため、最近では彼に原稿を見てもらうことが習慣となっていた。
顔馴染みの編集者である神崎さんだが、若手ながら今巷を探している作品を世に繰り出している。
風貌が毳毳しく素行も悪目立ちする神崎さんだが、その実績から有能な人物であることは間違いなかった。
こういうのをバカと天才は紙一重というのだろうか。
いや有名私立大を卒業してそうだしバカは失礼か。
せめて能ある鷹は爪を隠すとしておくとしよう。
隠しているかは知らないけど。
閑話休題。
まさにそんな彼に突きつけられた評価。
信じたくはないがこれが現実だった。
だがその評価をはいそうですかと素直に受け入れることは出来なかった。
これでも前回の反省を踏まえて作品を作ってきている。
一体何がダメだったのか。
というかせめて最後まで読んで欲しい。
今感じていることをストレートに、眼前でつまらないと宣った男へ率直に疑問をぶつけた。
「感想は分かりました! でも今回は自信作だったんですよ!? 主人公も前回の反省を活かして特殊な設定を組みましたし、ヒロインも他のキャラより目立つように描写しました! 根本のストーリーだって神崎さんが言うように奇抜になるように作品を作る前から練りに練って構成したんです! 一体何がダメなんですか!? というかせめて最後まで読んでつまらないって言ってくださいよ! そもそもそこまで読まないとつまらないって感想にならないと思うんですけど!」
以前ボツになった原稿で散々指摘された主人公とヒロインの魅力。
主人公もヒロインも陳腐で魅力を感じないと一蹴された。
肝心のストーリーもありふれていてつまらないと言われた俺は今作品を作る前に色んな漫画を読み直し、日常生活の寝る時以外は常に新作ストーリーのことばかり考えていた。
勿論今回のキャラクターも一味二味もオリジナリティを追加したつもりだ。
そしてついに考えついた最高のシナリオをこの原稿に詰め込んだのだ。
まさに自分の持てる限りを尽くして完成した作品だと思っている。
一体何がダメなのか。
せめてそれを聞くまではすごすごとここを離れる訳にいかないと感じていた。
だが自分の思いとは裏腹、神崎さんは別のことに意識が向いていた。
「ちょッ!? 山田さん落ち着いてくださいッス! 自分達以外にも人がいるんスから!」
「はッ! ……すみません」
興奮する俺を神崎さんは両手を使い宥める。
そこでやっと自分が正気ではないことに気がついた。
他の関係者も何かあったのかと声をかけてくる始末である。
申し訳ないことにその場は神崎さんが場を収めてくれたので大事にはならなかった。
「はぁ……とりあえず分かってくれたんならいいんスよ。 でも自分より年上でそこまで躍起になるのはちょっとどうかと思うッスよ?」
「そう……ですね…… 本当にすみませんでした……」
自分より年下の人間に諭されたこと、そして諭された人間に自分の作品が評価されている事が何だかとてもやるせなくてもどかしかった。
どうして俺は頭に血が上ると自制が効かなくなるんだ.....
「と、とりあえず時間も限られてるし質問に答えましょうかね。 確か前も同じことを言ったと思うんスけど、やっぱり全体的に平凡なんスよね〜。 なんというか誰でも展開が想像できるみたいな?」
「平凡……だから前回とは打って変わってここの主人公が死ぬシーンを実は死んでないように設定して──」
まるで殺人犯に濡れ衣を着せられ、無実であることを必死に証明する第一発見者のように自分の考えを主張しようとする。
だが思い虚しく、最後まで聞き入れられることは無かった。
「──実は味方の背後から暗躍していた、と言いたいんスよね?」
「……」
俺は次に発するべき言葉がほとんど目の前の男が話したことと一致してしまい押し黙ってしまう。
「アハハ、当たり! 結局の所最後まで読まなくても分かっちゃうんスよね。 先の展開がどうなるっていうのが。 多分一般読者から見ても同じだと思うッスよ」
「そ、そうなんですかね……?」
「断言出来るッス」
剽軽でいつも俺を揶揄うような性格の神崎さんがいつにも増して精悍な顔付きでそう答えた。
その声には明らか自分より若い彼が〇〇社という大出版社の編集者として活躍しているということを再確認させるほどの力強さがあり、何より筆舌に尽くし難い説得力がそこには込められていた。
「読者からすれば先の展開が読めるってつまらないって言う風になりません? 僕今年で25なんスけどこれくらいなら僕でも想像できるって言うか……山田さん今29でもうすぐ三十路らしいッスけど、これくらいしかシナリオ作れないならそれはもう才能の有無とかなんじゃないスかね? 今うちで一番若いので高校2年生で描いてるやつとかいるッスからね。 本当にバケモンッスよ……。 おっと、今のはオフレコでお願いしますよ」
「高校2年生……」
最後に洩らした神崎さんの話はあまりにも強烈であり、まるで漫画の世界の話かと思ってしまった。
俺は高校2年生の頃、一体何をしていただろうか。
確か授業中ノートに深夜アニメのキャラをイタズラ書きしていたような気がする。
正直今の話は神崎さんから年齢的にも危うい上に才能も特段ある訳じゃないからいっその事漫画家は諦めろと婉曲的に否定されているような気もした。
「でもまぁ僕も仕事なんでこれからは一応細かい要所の話でもするッスかね。 えっとじゃあまずキャラですが……」
そこからは聞くに絶えないダメ出しによるダメ出しだった。
最後の方は精も根も尽き果てていたのか、全く頭に内容が入ってこなくなりただただ相槌を打つだけのロボットと化していた。
茫然自失で帰路に着く間に、神崎さんがダメ出しの節々に発していて泥のように頭に反芻していた「才能がない」という言葉だけが鮮明に頭にこびりついて離れないのだった。




