大人の事情
「この魔法、開発されたのが六十年以上前で、開発者も他界してるから、権利がギルドに移ってるんだ。
それまでも、ギルドの依頼で『安売りしてくれるな』って言われてたらしい。
なんでも既存の車両製作者の保護のためだって」
……馬車、鼠車など、動物牽引の車には、それぞれのギルドと利権がある。
「車両ギルド」という、乗用・貨物車の製造技術者が登録しているギルドでは、車の製造・販売で一定の利益が出ている。
さらに、「運搬家畜ギルド」という、牽引・乗用動物を扱うギルドがあり、そこが牽引用の馬や鼠の商売を取り仕切っている。
車両ギルドは、車の製造販売・修理などを一定に引き受け、リヤカーのような「台に車輪がついただけ」のものから、王族用の超高級馬車まで、全ての車を取り扱う。厳密には、ギルド内に「荷車部門」と「客車部門」がある。
運搬家畜ギルドも、馬部門や鼠部門、鳥部門など、乗用・牽引動物の種類別だけ部門がある。家畜の売買だけでなく、繁殖・調教もする、病気になれば治療もするし、病やケガで使えなくなれば処分も請け負う。
この二つのギルドはほぼ協業なので、一つにしてもいいのでは?という意見もあるにはあるが、それでは単一ギルドとして規模が大きくなりすぎるため、それぞれを独立させているとか。
例えばライ・マーストでは、車両ギルド関係に属している職人は、見習いも合わせれば全国で二万人以上。辺境の村では自力で修理することもあるが、そこそこの村には一人はかならず車両の整備ができるギルドの人物がいる。それくらい車両ギルドの力は地方にまで浸透している。
そんなところへ、「今までの馬車が整備不要の車になる」という魔法が、安く手に入ったら?
今まで成り立ってきた、車両の生産や整備の経済構造が、崩壊する可能性がある。
魔法一つで大げさな、と思うかもしれないが、過去に一般魔法で、そういった現象が度々起きてきた。
……一般魔法がそれなりに高価なのは、そういうところにある。
過去、一般魔法はもっと安く、現在の一割ぐらいの価格のものもあった。
だがそれで、いくつもの業界・ギルドが壊滅の危機に晒された。
一つのギルドが崩壊して業種が消滅すると、それで食ってきた人間が職にあぶれる。失業率の上昇は経済の停滞、犯罪の増加にもつながり、治安全体の悪化にもなる。外国にそこをつけこまれて、戦争にもなりかねないリスクも出てくる。
……もしそれが、車両ギルドのような大規模ギルドで起こったら?
世界大恐慌、オイルショック、リーマンショックのような大恐慌が、世界を襲う可能性がある。
地球でも経済大恐慌は何度となく起こり、経済崩壊で大混乱した国も少なくない。もっとも、地球のそれは「経済」という怪物が勝手に異形の成長を遂げて、暴れ出した結果であるが。
法整備がすすみ、平和のうちに世界が均衡をとっている地球ならばともかく、ムウスのような土地では、人間世界が大混乱していれば、「外部勢力」がこれ幸いと「人類」を攻めて、滅ぼしたり奴隷にしたり、という事態にも直結しかねない。
だが一般魔法の価格を現在の価格に改定してからはギルドの急な崩壊もなくなり、社会の急変のような事態もなくなったという。
利権に関わるギルドも、ゆるり業態を変化させて、崩壊しないように画策するようになったそうだ。
……それを考慮した魔導士ギルドは、この「回転軸魔法」――「魔導エンジン」を、「超高級品」として取り扱った。
もちろん、製作者から相応の金額で権利ごと買い取ったそうである――ギルドは何億ゴネルか支払ったらしい。
それ以降、魔導エンジン車は「オカネモチの象徴」といった扱いで、一般庶民は今までどおり。
魔導エンジンの浸透は、魔法技術の進歩に合わせ、ゆっくりと時間をかけることになっている。
「……つまり、今超画期的な魔法を考えたとして、あまりにオーバーテクノロジーすぎると、むしろギルドから発禁処分を受ける可能性がある、と?」
そう、俺は受け取ったが。
「発禁にはならないよ。公表制限、そしてギルド預かりになるだけ。
開発の権利は買取にならない限りは主張もできるし、売れればロイヤリティも入る。
ただ、全ての登録魔法の販売はギルドを通さないといけないから……」
「……結局はギルドに売った方がマシ、ということか……」
マシュさんの話を聞く限りでは、結局今、世界を劇的に変えすぎるほどのオーバーテクノロジーはダメ、ということになる。
正確にはダメではないが、魔導士ギルドが世界の変革の管理を厳密に行っている、というべきなのか。
……そう考えると、魔導士ギルドの利権が大きくなりすぎないか、と思うんだが。
「そこはライ・マースト王家も、各国の王家や首脳陣も考えてはいるようだよ。
これだけ便利なものが魔法にあって、どうして魔導士ギルドは一部しか公表しないのか! なぜこんな高価格でしか公表しないのか! ってね。
だから、ギルドも公表したものに関しては、毎年徐々に安く価格改定はしているそうだけど……」
価格の下げ幅が、去年比一割下げました!とかいう程度のものらしい。
そりゃあ、一億ゴネルが九千万ゴネルになりました、って言われても、庶民からみたら変わってないのと同じ。
十年経っても三五〇〇万ゴネルぐらいなわけだし。マンションじゃねーんだから。
……とはいっても、各国も、魔法が売れればそのうちいくらかは税として徴収しているわけで。
高額な魔法が多く売れれば、国の財政への影響も大きい。
魔導士ギルドからの魔法売却の税は、各国財政の一割ほどにも及ぶ。魔法の浸透しているライ・マーストでは二割近い。
それほどまでに税収比率として大きいと、ギルドにへそを曲げられるのはまずい。
なので結局、ギルドが折れたように見せかけて、「努力してますよー」という体で各国政府には納得してもらう。
そういう落としどころで調整をしているのだそうだ。
むう……なんか超高額な新薬とかスマホアプリとかで、似たような経緯を見たような希ガス。
公取委なんかない世界だから、ほんとに政治力学・経済力学がちょいちょい強引に作用するよな。
……という、「イヤなオトナのセカイの深淵」を垣間見てしまった。
向こうもこっちを見てニヤニヤしてるかもしれない。
「……おとなしく、当初の《シールド》応用編でいきましょうかね」
「そうだね、それが最初の目的だったんだし」
……と、俺とマシュさんは力なく苦笑するのであった。
業界保護とは言いますが、王侯貴族は、命令一つで庶民の生活を激変させて業界を潰すなんてことを平気でやります。
そこでハイソな方々にコネ(とカネの)ルートをしっかり持ってる業界は「しゃーない、ちっと手加減したろか」って言ってもらえるのです(´・ω・`)




