油断大敵
……オーガの噂でマシナの町がざわついていたのは、二週間ぐらいだった。
その間、町の人間たちが警戒していたのがオーガに伝わったのか、奴は全く姿を見せなかった。
姿を見せないオーガに痺れを切らした冒険者たちは、徐々にその姿を減らしていった。
さらに十日も経つ頃には、俺達以外にもう1パーティ、六人ほどが残るだけになった。
残ったのは、あのヤディックのパーティ〈閃光の一矢〉。
多分、ジェシカさんやヴァロースの親父様から昔の誼で、とかなんとか頼まれているんだろう。
今日もシェラがヤディックから個人教授……ホモォな展開はないと信じたい。いやない。多分ないと思う。ないんじゃないかな。ねーよ。
ビュスナは改めて魔法の修行。日中は親父様の特訓漬け。ジェシカさんがちょっと羨ましそうにしてた。
ナオは途中で自分なりの武術的な修行をしてるとか聞いた。この町にゃ武術道場なんて御大層なものはないんだ……済まんな。
俺は一応、対抗策としての攻撃方法は確立できた。
だけど〈絶対領域〉にも問題はある。デフォルトの円盤形以外の形状にするためには、その形をイメージして、維持しておかないといけない。長方形にするのも、一瞬だがイメージしないと変わってくれない。
あんまり複雑な形状――例えば、スクリューバレット・レベル4――だと、イメージで詳細を形造るのに、数秒タイムラグがある。一度成型してしまえば、他の形に変えたり、消してしまわない限りはその形状を維持できるのだが、実戦中の数秒のラグは命取りになりかねない。
そのため、俺も形状をイメージするイメージトレーニングは欠かさないのだが。
頭の中で考えただけの形状だと、実際に具現化する際に効果で思った以外の結果になることがある。
例えば螺旋ドリル状リボンの〈スパイラル・スラッシュ〉では、「削った欠片が後ろに飛び散る」というちょっとした惨事になった。それを踏まえると、〈グラインド・ソード〉でも「削り取る」わけだから、同じような結果になると考えられる。
そこで〈シールド〉を内側に張るとか難易度の高い細工をやるのは、相当な「慣れ」が必要だ。少なくとも、魔法の並列発動ぐらいはできるようにならなければ、複数の能力を同時発動するのは難しい。手元に展開するにしても、同時展開が当たり前、ぐらいの感覚にならなきゃ意味がない。
そういうのはミッション最中に考えることじゃなくて、普段からちょこちょこ訓練しておくもの。今ここでできるようになるわけではないから、緊急事態の備えを怠らないようにするしかない。
……そして今日は、親父他、狩人数人の護衛で森に入ることになった。
さすがに一ヶ月以上森に入れなくなって、狩人ギルド(小さいギルドだがそういうのがある)のギルド長が町長に「これじゃ食っていけない」と言い出したため、「護衛付き」という条件で狩りに出ていいことになったのだ。緊急事態宣言だからしょうがないけど、こんな世界じゃ収入保証もないし、仕事しないとおまんまの食い上げだからねー。
狩人の護衛に引っ張り出されたのが、俺達〈ギガントバスタ〉の面々と、ヤディック。地元の俺とビュスナはいいとして、ナオもなんか因縁あるし、三人行くのに一人だけ置いてけぼりはイヤよ♪とシェラも来た。
それで仕方なく、ヤディックもついて来た、という具合だ。警戒役としては適任だからな。
「こうしてみると、お前も一端の冒険者っぽく見えるじゃないか」
親父が笑いながらそう言うが、これでも一端の冒険者だよ。「っぽく」は余計だよ。
――狩りは順調に行われた。野鳥を何羽か、ウサギ(っぽい獣)何匹かと成果は少ないが、久々の獲物に狩人にも笑顔が戻っていた。
「獲物がいるってことは、このあたりにはもう奴はいないんだな」
俺がそう感想を漏らすと、ヤディックはまだ疑念を抱きつつも同意した。
「さすがにこの近くからは離れたんだろうな。森に獣の気配が出始めている。町の北西側はまだわからんが、北東側には少なくともいないとみていいだろう……もちろん、夜になればわからんがな」
オーガに「獲物になるかならないか」の判断ができるようであれば、いつまでもこの付近で潜んではいないはず。潜んでいたところで、この付近で巨大な獣はそうそう遭遇できるものではない。「ヌシ級」ヨロイイノシシも、俺が最初に遭遇して以来、あのサイズはこの近辺では誰も遭遇していない。
つまり――オーガのエサになりそうな獣も、この近辺では少なくなってしまっているのだ。
エサがいなければ、エサのあるところへ移動する――野生の獣というのはそういうものだ。
結局、日が陰り始める頃まで狩りは続けられ、さらに数羽の野鳥に、小型ながらイノシシも一頭捕獲できた。 再開後の成果としてはまずまずだろう。
そして獲物がいるということは、彼らを捕食する「脅威」が近在しない、ということでもある。このままさらにもうしばらく様子を見て、その後、町長が「安全宣言」を出した時点で、森での狩りも完全解禁になる。
本来なら、正規軍が出てきて山狩り、という案もあったが、件の狩人が目撃して以来、オーガは姿を見せていない。確かに痕跡はあったので、いたことは確実なのだが――長期に渡って目撃もされず、実害もないのであれば、自己責任において森に入るのは解禁せざるを得ない。
そして、最終確認は一週間後、残った冒険者で森の見回りをして、新たな痕跡が発見されなければ、オーガは他へ移動したと判断し、森での狩猟禁止を解除する。それからさらに一ヶ月経過観察を行い、何もなければ安全宣言を出すことになっている。
狩猟禁止解除後に、正規軍の巡回視察がこの近辺を通る予定で、彼らに二・三日森に入ってもらう手筈になっている。重装備の正規軍なら、オーガぐらいどうということはないだろう。
このまま、ここでは何事もなく、オーガが他で退治されてくれればいいのだが――世の中そんなに都合よくは行ってくれないものだ、と思っておく。
余計なことを言ったり考えたりしなければフラグも立たない。「引き寄せの法則」とかいうのがあって、ああいう思わせぶりな台詞というのは「フラグを引き寄せる」ものなのだ――とかいう珍説を、以前ネットで見たことがある。
どちらかといえば、引き寄せよりマーフィーの法則じゃないかと思うのだが……だがマーフィーの法則も、誰かが「有意に法則が作用している」って観測したわけじゃないからな。あくまで「あるある」レベルの戯言でしかない。
だが、ジョークでも長年それを言い続けると、いつの間にか常識化していたり、「格言」みたいに扱われてしまうことがある。どっかの国の「嘘も百回言えば真実になる」も、嘘を皆が信じてしまえば、全くの妄言とも言えなくなる。
……俺としては、そういうジンクスめいた行為や考えを極力排除して、オーガに早いところ消えてもらいたかったのだが。
どうやら、それがいけなかったらしい――逆に意識しすぎたのが、「フラグを引き寄せた」のかもしれない。
その日、俺達と〈閃光の一矢〉が合同で、森の中へ入り、オーガの痕跡を探していた。
以前の痕跡以外に、今日新たな痕跡が発見できなければ、この付近には潜伏していない、と判断していい。特に食料調達の痕跡は、いかに潜むのが上手くても確実にある。それを隠蔽できるほどオーガには知恵はない、というのがオーガに対峙した冒険者たちの共通認識である。
その判断最終日――俺たちは明らかに「油断」していた。
それまでの長期の緊張と裏腹に、あまりに何もなさすぎたのだ。
緊張状態も、長く繰り返されれば徐々に弛緩していく。
最初の目撃から二ヶ月近く、何もないのだ。地元の俺達では尚更、緊張を保つのは難しい。
ヴァロースさんやジェシカさん、ヤディックですら、危険確認の最終日ということで、やはり多少は警戒が薄くなっていた――あとでそれを聞いた俺は腹も立ったが、それでも自分も同じだったことから、表には出せなかった。
「事件」の原因の半分は、俺のせいだったのだから。
「……見つからないね」
シェラが、折れた枝や、地上の足跡、食事等の痕跡を探しながら、誰ともなしに呟く。
「……やっぱり、どっか行っちまったんだろうな」
俺がぽつり口にすると、シェラも「そうだといいんだけどね」と応じる。
だが一応、「探したけど発見できなかった」という、「プロの保証」は必要だ。
そういう意味では、見落としがあってはよろしくない――とはいっても、オーガは背丈が人間の倍ほどもある巨体。この付近に潜んでいれば、野生動物を食い散らかした痕跡や、あの体重で足跡が必ず残る。それがこの近辺で発見できないということは、もうこの近辺にはいない、ということ。そしてその判断は、間違ってはいない。論理的に考えてそうなる。
間違ってはいなかった、が――。
例の軍の駐留所を拠点に、昼の間、森を俺達はかなり広範囲にチェックしていったが――結局、空が暗くなり始めるまで探しても、その痕跡は確認できなかった。
「……よし、最終確認だ。
一通り、町の周囲の森を確認したが――オーガが潜んでいた新たな痕跡は確認できなかった。
これを以って、町長への報告とし、町長にあとは判断してもらう。
以上、全員ご苦労だった」
駐留所のテーブルを前に、〈閃光の一矢〉のリーダー、魔法拳士のリーベルンドが、確認を行ったメンバー九人を前に、そう宣言した。
これで俺たちの仕事も終わりだ。このまま町へ帰って、明後日にはククリグへ一度戻ることになっている。
ククリグへ戻ったあとは、多分――アークゥエスミィ連合王国が、次の目的地になる。
目的地は、ビュスナの本当の親がいる(かもしれない)、気功師の村。
そこでの用が終わってからナオの故郷、パン・セリンへ行く。大雑把にはそんなコースだろう。
おっと、その前にマシュさんとの共同魔法開発の話もある――色々と忙しくなりそうだ。
「ケーン、いくよー」
シェラが外から呼ぶ。みんな先に行ってしまっている。シェラが駐留所の広場の端で、俺の出てくる姿を確認して、村への道へ出て行く。
それにしても、精神的に疲れた帰省だったな……一応仕事ではあったけれども、こんな長期「何もない」っていうのはキツいわ。盗賊団のときも、何もないまま警戒だけずっとしてなきゃならんから無駄に疲れたけど、今回はあれの三倍ぐらいやってたからな……次の仕事はもうちょっと目的が明確で、楽な採集系のにしときたいわ。
てなことを考えながら、小さくなったシェラの後姿を追いかけて、少し歩を早める。
今日は早く帰って寝よう……と考えた、そのとき。
目の前に――「巨大な影」が現れた。




