化け物
「……ライ・マーストの『第九』っていえば、ボクらも聞いてるよ」
顔合わせが終わった昼食の席で、俺は顔合わせの感想を〈ギガントバスタ〉の他の三人に話したところ、シェラがベレー・レイヴァーの噂を聞いたことがある、とか言い出した。
第九なんて年末コンサートの定番ぐらいしか心当たりないけど、こっちの第九はそんな物騒な集団なん?
「裏稼業やってれば、裏対応する正規部隊の話は必ず情報として聞いているからね。やり合う可能性があるからさ。
ライ・マーストには、王国正規軍の魔導親衛隊第九部隊、魔導士ギルドの保衛部第八隊っていう二大裏部隊がいるんだ。冒険者ギルドに直接の裏部隊はないから、裏仕事をやる場合は大抵、そっちが得意な連中に頼むことになるけどね。ギルドからの依頼って形で。
で、その魔導親衛隊、第九親衛隊長キーン・ファーンと、その配下のベレー・レイヴァー、ヴィラルド・ウィッシャーは、その名前が挙がる状況には関わるな――そう言われていたね。
もしそいつらと関わることになったら、全力で楯になって死ね、と」
……楯になって死ね、とか軽々しく言うけど、あれ目の前にして、人ごときが楯になるとは到底思えないんだけどな。
下手な〈シールド〉なんぞ、肉体ごと粉砕されるわ。
「うちも聞いたことあるで。ベレー・レイヴァー・アークランガス。武術界隈じゃ有名人やな。
ライ・マーストの武術道場じゃ誰も相手にできひんっちゅーんで、十年ぐらい前か、うちらの地元、パン・セリンまで出張ってきてな、オーガ相手に殴り合いして実戦修行しとった……なんて噂もあったぐらいやで」
なんすかナオさん、そのオッソロシイ評判は……オーガと殴り合い? 人間の所業ですかそれ?
ちなみにオーガというのは、ゴリラをサイズ倍以上に大型化したような「鬼」のバケモノで、ゴブリンキングよりも危険度の高い怪物である。
単体でもゴブリンキング以上の脅威とされるオーガは、必ず群れで行動するため、西方では開拓村を一晩で壊滅させる「人食い旅団」として恐れられている。「旅団」っていっても、軍隊の規模でいう旅団ではなく、こっちでは「長距離をあちこち移動する集団」という意味で使われている。
冒険者ギルドだと、銅ランクなら八人以上、銀ランクでも三人以上で「一体」に対するのが適正とされているらしい……怖っ!
ただ遭遇率もゴブリンキングよりもレアな、出会ったらマジ運が悪い、天災級の怪物である。
そんな奴らには関わりたくないね。こわいねほんとだね。
「超一流の魔法拳士やったら、単独でオーガ相手にするぐらいで丁度ええとも言うけど……少なくともそのレベルには達しとるとかそんなんやのうて、オーガですら次元が違うってほど強かったらしいな。超一流どころか超特級やな」
……噂に尾鰭は付き物、とはいうが、実際に会った後ならその噂もあながち誇張とも言えない、と感じる。ナオの人物評も納得だ。
それに、あの男――あれは魔法拳士というより、「気功武術」。
リリエラさんが警戒するのも当然だろう。
極めれば「理論上、龍も殺す」と豪語している気功術だが、ベレー・レイヴァーならオーガ相手なら「手慣らしの練習相手」ぐらいにしか感じないのではないだろうか。そして「理論上」ではなく、実際にやれそうな気がするレベル。
人間の魔法拳士では、あれには勝てる気がしない。
……ところでビュスナさん、魔導関係の情報とかありませんかね? ほら、あの帝国魔導兵団の人とか。
「知らないわよ、あんな田舎魔導士」
……おまえね、本人が聞いてたら後でぬっ殺されますよ? 戦場で後ろからバチューンって! むしろ田舎魔導士ってあんたやないですか。
「デジコマンズは魔導兵より、物理戦が強い国だからね。魔導兵は国内で集めてるだけだから、ライ・マーストなんかと比べたらレベルは落ちると思うよ……それでも魔導兵団長が低レベルなわけないけどね。でもライ・マーストだったら、二ランクぐらい下かな」
シェラがそう言い添える。シェラちん何でも知ってますね……ホントは苗字、羽川じゃないですよね?
――そこへ、先ほどの顔合わせにはいなかった、マシュさん&リリエラさんコンビがやってきた。
「どうだった、顔合わせは」
同じテーブルについて、マシュさんが問う。
「……リリエラさんが言ったとおり、一人バケモノが混じってました」
「ベレー・レイヴァー・アークランガスか……本物を見るのは二度目になるな」
マシュさんがそう答えた――知ってたんすか?
「名前と噂なら、ジェシカもヴァロースも知っているよ。というか、高レベルの冒険者なら誰でも知っている。
私も一度会っただけだけど……」
ライ・マーストで一仕事する機会があったときのこと――魔導士ギルドからの依頼を受けたとき、ギルドでたまたま遭遇しただけだったそうだが……リリエラさんが突然フリーズしたらしい。
何事かと思ったら――自分も同じように動けなくなった。
前から来る数人の魔導士と魔法拳士、その中に――ベレー・レイヴァーはいた。
ただ歩いてきただけ、無闇に殺気を撒き散らしているような下品な者は、魔導士ギルドにはいない。
目の前の集団もそうであった。
なのに――「纏っている静かな気配」に、二人は固まった。
……数時間もそこに立ち尽くしていたかのように思われたが、ほんの十数秒程度の時間だった。
ベレー・レイヴァーを含む集団がギルドを出て行くまでの、ほんの短い間だったが――。
動けなかった二人に、二人に依頼を出したギルドの幹部が教えてくれた。
「あれが正規軍の魔導親衛隊だ。特にあのデカい魔法拳士――ベレー・レイヴァー・アークランガス。
魔導士やら魔法拳士云々以前の化物だろう?」
言われて、二人も納得したが――あんな化物がギルド内を闊歩していて、誰も脅威とは思わないのだろうか?
――そこは、二人が気功術に長けていたからであって、通常の魔導士では「多少魔力の大きな魔法拳士」程度の認識しか持たないようであった。
だが、「気」が読める者にとっては「とてつもない強者」に見えるのだという。
魔法拳士というよりは「気功拳士」、もしくは「気功術師」に近いのではないか、と。
「気功術も対人で万能ではないからね。近寄らせないで、遠距離から大規模物理破壊魔法を打ち込めば、気功術も自分の防御や治癒以外には出番がない。防御にしても、巨大な物理破壊エネルギーに対抗しきれるものではない。
その欠点を補うために、彼は魔法拳士としての修錬をしてきたのかもな」
……マシュさんの推測では、ベレー・レイヴァーは最初、気功師もしくは気功拳士であったのではないか、という。
修行の過程で誰か魔導士に大敗を喫したか、知り合いになった魔導士に指摘されたか――それで魔法拳士の道を進み、結果、魔導親衛隊に加わるほどの技術を身につけたのであろう。
それだけの力を身につけるだけの才能を持ち合わせたこともともかく、基礎が気功術にあることが、彼をあれだけの化物に押し上げた要因だろう、とマシュさんは言う。
……おおこわいこわい。怖いから俺寝る。なんもかんも忘れて。
「ところでお二人は顔合わせになんで出なかったんですか?」
あんな怖いとこに俺だけ放り出して……返答次第では俺のエロオーラ全開ですよ!
「後続の対応してたんだ。三日ごとに二部隊、あとから出発してるんでね」
……ああそういや、俺たちだけじゃなくて別部隊を少し間を置いて続けて出すとかなんとか聞いたような……。
「一つはこちらから、もう一つはあっち側から包囲に加わる。今日、すぐ後に出た部隊が到着したんで、そっちに一通りの経緯をね」
こっちに来る後続は、別の偽装商人クラン「堅牢なる匣」と、俺らみたいな鍛錬中の新人パーティ二つの組み合わせ。彼らとは明日また打ち合わせの時に会わせるという。
……はあ、まったく厄介事はこれ以上増えないようにしたいもんだ。




