市場の逃走劇
そのまま市を抜け、裏通りへ入り、人通りのない建物の陰へ連れ込まれる。え、ちょ……○されるー!
「質問に答えろ」
今度は、正面から刃が咽喉へ押し当てられる。うわちょっと勘弁……死にたないねん!
「シェラザッドの奴は何をしている」
ミューラザッド――上目遣いに俺を見上げるその顔は、冒険者が屋外で羽織るマントで覆われ、目元だけが見えているだけだが、なんとはなしにシェラに似ているように思えた。
俺を見上げていることから、身長は俺より頭一つ分ほども小さい。シェラよりも小柄だと思う。
だが、俺を建物の壁に押し付けている力は、その小さい身体からは考えられない力である――もっとも、咽喉に押し当てられた刃のせいで、俺が無理な体勢で身動き取れないから、そう感じるだけかもしれないが。
「何って……冒険者だろ」
「本気で言っているのか」
刃物押し当てるな! 怖いわ! 本人が言っとるんや! 俺が言わせとるんちゃうわ!
「本気も何も……俺が誘ったわけじゃない。本人が好きでやってるんだ」
「……それは聞いた。だが俺はシェラザッドを冒険者などにしてはおけん」
「……だったら自分で説得してくれ」
「あいつは辞める気はないと言っていた。今の仲間が気に入っているとな」
殺気がまたにじみ出る――やめろやめろ!
ちょ、だめだこいつやべえ……はやくなんとかしないと!
まずこの刃物をどげんかせんといかん!
「ならばその仲間がいなくなればいい。お前、今すぐシェラザッドの仲間を辞めろ」
ミューラザッドが冷徹な声で命令してくる。
「……マジで言ってんのか?」
「嫌ならここで死ね」
「待て待て――」
「あいつから離れるのか、それともここで死ぬか」
なんつー二択だ! いやそこは死ぬのはなしだけど!
「……俺が死んだとして、シェラが冒険者を辞めると思うか?」
ちょっと時間稼ぎだ……こいつが少しでも手を緩めてくれれば……!
「何だと?」
「シェラ以外のパーティメンバー全員を殺したとしてだ……また、他の誰かと組むだけだとは思わないか?」
「ならば他の連中も全員殺すまでだ。そうすればシェラザッドも冒険者などというたわけた夢も見なくなるだろう」
物騒な! もうちょっと別の方法はないんか!
「……ところで、お前はなんでシェラをつけ狙う?」
「お前には関係ない。これ以上余計なことを話せば殺す」
ヒー!
だめだこいつはやくなんとかしないと!! マジデ!!
「三数える間にシェラザッドから離れるか、死ぬか、選べ。1」
やべえこいつマジで殺る気満々だ!
えーとえーと――
「2」
「わかった、解消する。パーティ解消」
こう答える以外に選択肢あるのかよ!
「……本当だな? 今だけの言い逃れなら、ここで殺す」
声が怖い……雰囲気も怖い……暗殺者だけはマジで相手にしたくねえな。
「本当だ本当。ここで死にたかぁない。あいつ一人いなくてもなんとかなる――組んで日も浅い、適当に理由つけて別れればいいんだな?」
「……」
咽喉にかかっていた圧力が、少し弱まる。
「いいだろう、その言葉は信じてやる――」
咽喉から刃が離れ、一応の危機は避けられた……ふう。
「だが」
咽喉に押し当てられていたミューラザッドの短剣が、俺の腹に突き刺さり――俺は死んだ。
「お前は危険だ。ここで――」
――はずだった。
「!?」
短剣は――刺さってはいない。
刃を包んだ〈絶対領域〉によって、俺に刺さることなく、肌表面で止められている。
ふう、念のため刃を〈絶対領域〉で包んでおいてよかったぜ。
これなら刺さる前にいつでも止められるからな。
……って安心しとる場合じゃねー!
俺は咄嗟にミューラザッドに顔面パンチをくれてやる。
軽いジャブが左目あたりにバチンと当たり、一瞬ミューラザッドが怯む。
ついでに短剣を、包んだ〈絶対領域〉ごとふっ飛ばし――一歩だが、距離がとれる。
それと同時に、ミューラザッドが何かを投げてきた。
狙って投げたものではなく、避けられはしたが、その間にミューラザッドが新たな短剣を抜いた。
「殺す」
バッカヤロウ、一歩でも距離がとれれば――
〈絶対領域〉をデフォルト形態のまま、ジャブに乗せてバッシュアタック。
ミューラザッドの腹へ直撃させ、一気に数メートル向こうへ押しやる。
「――何をした」
こふっ、と少し咳き込み、ミューラザッドが睨む。
シェラの弟だと思えば、殺すには忍びないが――俺が殺されるのはもっと真っ平だ。
再び、ミューラザッドが何かを投げてくる――投げナイフか! さっきのもこれか!
俺はそれをなんとか避けて、横の路地へ逃げ込む。
やってられっか、あんな奴と!
距離さえ取れれば、逃げの一手でなんとでもなるが――その距離を取っても、あいつを殺さない限り、安全地帯がない。
くっそ、暗殺者なんか相手にするもんじゃねえな! あいつ「指先一つでダウン」みたいな暗殺拳とか使わねーだろーな! いや、そんなのあったらとっくに使ってるか。
指先じゃなくてナイフの切っ先一つでもダウンの可能性あるからな。三十六計逃げるに如かず!
ところで三十六計ってなんだっけ……4×9? 死苦? 状況的にはそんな感じだけど絶対違うな。
逃避思考で頭を満たしつつも路地裏を抜け、広場へ向かう――とりあえず、市の人出に紛れて隠れながら逃げるしかない。
が、よく考えたら……ここはむしろ相手に有利なんじゃないか?
俺の位置も解りにくいが、見つけられたら奴がどこから接近してくるかわかんねーじゃねえか!
くっそ、とにかくギルドへ行かんことには――市を抜けて反対側へ行かなくちゃならん。
距離、市場の向こう、約三百メートルほど……直線ならすぐだが、この人混みを抜けるとなると遠い。
ぞわり、と左斜め上からの「殺気」――思わず一歩右へ避ける。
足元に、何か投げつけられる。キン、と固いものがぶつかる音と、石畳の上で小さなセラミックの投げナイフが跳ねる。
見上げた建物の壁に、ミューラザッドが隠れる。
あっぶねー! 気配感知できるようになっといてよかったー!
とにかくギルドだギルド!
あーでも一直線に行けば絶対狙われる……リスク承知で回り道して、市の中へ紛れ込むしか――くっそ、しょうがねえ!
気配探りながら、なんとかやり過ごすしかない。
行き来する人波に紛れ、少しずつギルドの方へ迂回しながら進むが――いかん、なんか背後から迫ってくるし!
今更ながらに、人混みに入るのは悪手だったか? いや、あいつにとってもこっちに辿り着けなくなるから、悪手じゃない! 悪手じゃないんだ! 見知らぬ市民を楯にできるからとか、そんなことはさっきは考えてなかったんだ! 結果そうできるって可能性思いついただけで! 楯になるかもしれない人ごめん! そうなったらあとでボクと地獄で握手! そこで関節とって極めるもよし! 甘んじて受けようぞ!
くっそ、あの野郎気配消しながら近づいてきてやがるな……さっぱり居場所が掴めねえ!
とにかく動いて、逃げ回りながらギルドへ――
ぞわっ――
こっちはダメだ!
咄嗟に右に逃げる。
正面の少し前で待ち伏せてやがった!
くっそ、こっちが完全にギルドへ向かってるのがバレとる!
――殺りに来る直前に殺気が漏れるから、咄嗟の判断さえ間違えなけりゃ逃げることはできるが、これじゃいつか捕まる。
捕まる=「死」、デェェェス!
絶対いやじゃ――!
とりあえずDTのままくたばりとうないー! DTでなけりゃ死んでもええかっちゅーわけでもないけどー!
……バッケヤロウくっそ、こんなとこで殺されてたまるか!
しかも原因が言いがかりだぞ? とばっちりだぞ! そんなんでぬっ殺されてたまるか!
――こうなったら、逆にあのヤロー捕まえるしか!
だが〈絶対領域〉じゃ殺傷能力高すぎるしな――DBグローブかバッシュ、衝撃弾しか使えん。しかも拘束するとなると……あーもう誰か助け呼ばんことには! でなきゃ自力確保! 難易度高いよ! こっちも反撃してぶっ殺せりゃどれだけ楽か!
だとしても、こっちが相手の姿見つけられる場所へ誘導しねーと。
……しょうがねえ! 最悪、腕か足は吹っ飛ばす! 死なないで頭さえ残ってりゃいいんだ!
あーもう、考え方がどんどんこっち基準になっていく……てか、そういう思考になる理由がわかってきたわー。
死にたくなきゃ「そうする」しか選択肢がねえんだもんな……「話せば解る」なんてのは幻想。説教されながら右手で打ち砕かれるレベル。寝言は(永久に)寝てから言えってやつだ。
くだらないネタを打ち消しながら市の露店の間を走って、走って、殺気の待ち伏せを避けて――ギルドの逆方向へ市を抜けていた。
「ちい、どうしてもこっちへ追いやる気か――」
あの野郎、こっちが気配読めることを知ってて、自分に有利な場所へ追い込もうとしてやがる――それを解ってて、こっちも手の出しようがない。ガチの近接戦闘能力じゃあいつには勝てんのは解ってる。機動力でもだ。
だから、俺に有利な場所を確保したいんだが――これじゃ奴に有利な、逃げ場のない場所へ追いやられる。
くっそ、俺の〈絶対領域〉も防御は完璧なんだが、防御範囲が全く足りん! 特に面を守れないから役立たず! この人混みで攻撃に使おうものなら巻き添え覚悟、こっちも手が出せない。
どうにかして、こっちに有利な場所へ誘導しないとダメだ。
となると――どこか、俺にとって有利な場所――逃げながら、目的の場所へ――
が。
殺気を避けながら、それでもギルドへ行こうとしたはずなのに――
気がつけば、袋小路へ追い込まれていた。




