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疲労、疲労になるとき

それは今(´・ω・`)


 結局、その夜にはそれ以上何もなく、朝を迎えた。


「眠い……」


 これから森の中だってのに、先に疲労してたらしゃーないわ。一応警戒せにゃあかんとはいってもなー。

 まさかこれが目的……んなわきゃない。と思いたい。

 だがこういう相手への負荷のかけ方もある、というのは覚えておこう。


 さて。

 出発して一時間もしないうちに、俺たち一行も森に入る――村から見えていたぐらいだから、すぐだ。

 俺たちの隊商の前後には、他に二台の荷馬車と、馬に乗った商人三人が固まって同じ方向へ向かっている。大体こういうのは歩調を合わせて、少しでも大人数で動いた方が互いに襲撃されにくくなる。単独や少数の旅人や商人同士の暗黙の了解ってやつだ。ただし、襲われたときには共同で対処する、野営のときに手伝ったり見張りに加わったりするのも常識の範囲となる。そうでないと、「護衛をつけた隊商にタダで便乗護衛させている」ことになるからだ。そういうのがイヤな隊商は、スピードを上げたり止まってやり過ごすこともある。

 もちろん、大きいからこそ襲撃されるという場合もないではないが、そういうケースは逆にそのルート自体がヤバいので、国やら領主が盗賊の掃討に出る。でないと国内の経済活動が阻害されるからだ。

 今回がまさにそのケース。


 森に入ってから、昼休憩までは何事もなく森の街道を進む。

 街道といっても、アフリカとか東南アジアや南米の田舎なんかによくある、舗装もされていない土むき出しの道。森までは砂利が敷いてあったが、ここはもう土。

 幅は荷馬車が二台すれ違うのに十分な幅。轍が深く車線を分けているので、ぶつかることはない。この世界の街道では左側通行が一般的らしい。基本は車優先、人はその外側を歩けと。

 それが少しずつ、ゆるく登り坂になって峠道へとつながる。


「見られてはいる――だがあくまで監視だな」


 マシュさんが俺たちにそう告げる。俺の見立てとあまり変わらない。


「……ケンさあ、あの二人とよく話すようになったよね」


 それを見て、シェラがそう囁いてくる。


「何かあった? 大人の手ほどきとか」


 意味深な笑みでシェラが問い質してくるが、残念ながらお前の欲しい答えはないぞ。俺の欲しい結果もないけど。


「お前の期待してるもんはねーよ。気功術のおかげで変な気配にすぐ気付くようになって、夜もおちおち寝てらんねーぐらいで」

「――なんや、あんたもそんなん習得しとるんか」


 ナオが面白そうな表情で、話に入ってくる。今日はナオとビュスナも同じ馬車、四台目に同乗だ。


「でもな、気功術で気配感知って、そこそこ修行しとらんと体得でけんのとちゃうか? どこで修行しとったん?」


 ナオの追及より、その後ろのビュスナの視線の方がなんかコワいよ。本当にあった怖い視線。


「俺ン家は猟師だからな。獲物の気配探したり、気配消して待ち伏せしたりは日常だったから、自然と基礎は出来てたってことらしい」

「ほぉー、日日是修行か。やるのうお主」


 ナオは笑いながら、バンバンと乱暴に俺の背中を叩く。ナオちゃん、ちょっとガサツじゃありませんこと? パパ心配だよ。


「ウチも戦いの最中はな、相手の気配読んで攻撃かわすとかやるけど、極めると相手の攻撃が一瞬先に光の筋になって見えるようになるー言うで。ウチの師匠はガチバトルでは見える言うとったな」


 あ、それマンガで見たことあるやつだ! へー、こっちでもマジにそういうのあるんだ。

 てか、ナオが言ってるぐらいだから、武術家になれば誰でもそういうの見えるようになるんかな。


「今日はこのまま、メデューク・キャンプまで進んで、そこでキャンプを張る」


 昼の休憩+予定確認で、キャサウェイさんからそう告げられる。

 メデューク・キャンプというのは、街道沿いの野営ポイントの名称だ。そこそこ規模の大きい、川沿いのキャンプポイントで、こちらから首都へ向かう隊商なら、大体一日目の夜はそこで野営する。

 主要街道沿いのキャンプポイントは一応国が管理している。管理人がいて場所の割り振りや、薪やテント、毛布なども貸してくれる。まさにキャンプ場だ。川が近いので、メデューク・キャンプは利用する旅人も多く、盗賊などにも狙われにくい。多分、俺たち一行の他にも、そこで宿泊している隊商もそれなりにいるだろうし。

 盗賊も、キャンプ地を襲うことは滅多にない。国が管理するキャンプ地を襲うと、国がすぐ討伐隊を差し向けてくるからだ。たまーに外から流れてきた新参が「やらかして」しまうこともあるが、大体そういう新参はキャンプにいる商人や護衛たちに返り討ちに遭うのがオチだ。

 ここから先は、グレスール・キャンプ、ビートン・キャンプを一日ごとに経由し、森を通過する。

 一番の注意ポイントは、森の一番奥にあるグレスール・キャンプ。冒険者ギルドの統計的にも、キャンプではここでの襲撃が最も多い。峠の上という地形的な理由も合わせて、狙われやすい――とはいっても、年に数度だが。襲われるなら、街道途中で単独野営して襲われる方が圧倒的に多い。

 だが、今回はそういった小規模な野盗が標的ではない。あくまで、組織的に大規模隊商を狙う盗賊団。

 ……まあ狙われるよりは、こっちから討って出てアジト急襲、の方がリスクは少なくて済むんじゃないかと思わないでもないが、それはアジトが判明しないとな。




 ……三日後。


「……結局襲撃なしか……」


 三つ目のビートン・キャンプで野営した翌日、森を抜けたその日の午後、俺はもう精神的に疲労困憊していた。

 いや、見る限り、ほぼ全員そんな顔をしている……あのビュスナでさえ、眠たげな目元を隠せてない。ナオは欠伸連発だし、シェラは……こいつは相変わらずだな。のんびり構えていやがる……と思ったら寝てやがるわ。図太いのか、本当は疲れてるのかわからん。ずっとあんな調子だったからな。

 マシュさんやキャサウェイさんらも、緊張からの拍子抜けで疲労がどっと出た感じだ。

 周囲をチョロチョロと偵察が行き来はするものの、襲撃はなかった。

 ……まあそれもそのはず、最初のキャンプ地で他の隊商と合流し、そのまま荷馬車三十余台・百人超規模の集団になり、件の盗賊団も簡単に手が出せないほどになってしまったからである。グレスール・キャンプで反対側からの軍の偽装隊商とも会って話はしたが、向こうも「同じ方向でしたらご一緒させてもらえますか」と他の隊商や個人荷馬車に頼まれたようで、こっちよりも大規模になっていた。

 最近、この街道に盗賊団が出るという噂はかなり広まっていて、森へ入る手前の村で、同行者を募る商人や護衛をつける隊商が増えて、盗賊団もこれでは手が出しにくいと思われた。

 いや、俺たち盗賊団おびき寄せる囮ですから、単独で行きます……とは言えないしなー。言ったら言ったで囮の役目果たせないし。


「とりあえず首都まで行って、ギルドへ中間報告だ。帰りは別の方法を考えるか」


 森を抜けたクルテット村に入り、明日の予定を確認し、宿で四日ぶりのベッドへ転がると、一気に疲労が押し寄せてくる――今日はもう予定もないし、このまま寝るとしよう……。




 ……その夜中。

 村も、唯一の酒場を除いては静まり返った時間、目が覚めた。

 宿の廊下には〈灯火〉が二箇所据えられ、トイレの場所もなんとか見える……だが見えるだけで、夜中のトイレって暗くてコワいのは変わらん。雰囲気がねえ……水洗みたいに文化的じゃないし。

 こっちの世界にはトイレの怪談みたいなのはないのか?とマシュさんに雑談がてら聞いてみたところ、「便壺の悪魔っていう怪談はあるよ」という話だった……なんでも、田舎の溜め込み汲み取り式の便壺便所に悪魔が住み着き、その便所に入る者の魂を次々と食ってしまう、というものだが、最後は「トイレを綺麗にしたら悪魔はこちらへ来られなくなった」ってオチだそうな。

 ……つまりこれは、「トイレを汚くしたままだと悪魔が住み着く」という話にして、トイレ掃除をしっかりやるように、という意図が込められた訓話らしい。

 まあ確かに、きちゃないトイレには誰も入りとうない……だがトイレ掃除なんて誰もしとうない。

 だから、トイレを綺麗にするのは旅の僧侶の役割だ。その僧侶は「聖人」を目指して修行中で、各地のトイレを掃除して回っているんだそうな。それで僧侶がその悪魔のトイレを綺麗にすると、悪魔はこちらの世界への出入り口を失って消えてしまった……とかいうオチになる。なので、旅しながらトイレ掃除をする修行僧がいたら、お布施と一夜の宿を提供しましょう、ってのが宗派を超えての常識っていうか風習だそうだ。托鉢と同じことだね。

 するってーと、その悪魔ってのはベルゼブブとかそういう系統の奴なのか? 蝿の王とかさ。

 ベルゼブブって、元の世界では魔界の侯爵とかだが、こっちでは「便所バエ」みたいな下賎の扱いになりゃせんか?

 まあ便所に出るような悪魔が侯爵様じゃ、悪魔崇拝者が黙っちゃいないと思うが……今のところ、悪魔崇拝者が反論してる、という話は聞いたことがない。てかベルゼブブいないし。

 悪魔崇拝者がいないのか、それとも「こういうのが悪魔らしい」と思っているのか、それとも「悪魔? なんやそれ旨いんか?」みたいな未知の生物扱いなのだろうか?

 まあリアルに魔獣とかいるから、悪魔なんて逆にいないのかもしれん。悪魔なんて、アンデッドやら魔獣がいない世界の想像怪物だし。こっちなら悪魔より怖い怪物もわんさかいるしな。魔族とか竜とか。


 ……そんな下らないことを考えながら、早々に暗いトイレを脱出し、ついでに外へ出る。吸血鬼気分で深夜の散歩だ。

 村には所々明かりが据えられ、村の中心部の酒場のあたりは目立つように明るい。

 おかげで月のないこの世界の夜でも、村の中なら散歩もできそうだ。マシナの町なんか、「町」ってぐらいには人口いたはずなのに、夜中なんか酒場以外ほぼ真っ暗だったぜ。これだから田舎は……。

 それに今の俺なら、「気配感知」で周囲に誰かいてもすぐ判る。もちろん、敵がいればすぐトンズラできる準備も万端だぜ! ヤバいやつとは関わり合いにならないようにするのが、安全な生き方ってもんさ! イザとなったらG13みたいにズキューン! ビシッ! するし。


 ……おっと誰か来た。ここは気配を消して通り過ぎるのを待つ。ダンボールあったら中に潜んでやり過ごしたいね。ダンボール自体こっちの世界にないけど。

 どうやら酒場帰りの酔っ払いだ。このあたりは首都もそんなに遠くないからか、一般魔法の普及率も高く、街頭に魔法で明かりが灯されているのが普通で、夜遅くでもさほど暗いと感じない。とはいっても、田舎道の外灯ぐらいのものではあるが、それでも「真の闇」に閉ざされるこの世界では、夜は小さな明かりでも貴重である。特にここは街道にある村なので、こういった明かりを灯すのは上の命令でもあるんだそうだ。

 そんな比較的明るい村であるためか、酔っ払いも平気で夜遅くまで出歩いている。森のこちら側は治安状況も良好なんだろう。

 酔っ払いが通り過ぎ、身を潜めた路地裏から出ようとして――別の気配に気がついた。


 ――シェラ?


ベルゼブブ様、申し訳ございません(´・ω・`)

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