最初の、帰還
こうして「シュレスの森・ゴブリン掃討戦」は終わった。
リーダーが全滅した時点で、ゴブリン兵はリーダーによる支配から解放され、危険と判ると散り散りに逃げていった。
処分したゴブリンの総数は、二百を超えていた――さらに逃走した数も含めれば、概算で四百近い群れであったと推測された。リーダーは全部で十七体、ファイター級やメイジも複数いたらしい。ロード級もいたと推測されるが、現在死体を確認しているそうだ。確認できなければ、逃げた可能性もある。
リーダーが多数生まれたせいで群れの統率力が上がり、個体の能力も上がっていたようで、熟練冒険者でも不覚をとって負傷する者が続出していたらしい。それがロード級がいたのではないかという推測に繋がっているようだ。
この夜襲によって、新人冒険者の三割、八人が死んだ。さらに五人が負傷によって、冒険者の初戦で引退を余儀なくされた。一晩で半数の新人がやられたのだ。それをかばおうとして、中堅冒険者も一人が死に、全体では半数近くが負傷した。俺達も含め、新人はほぼ全てが負傷者であった。
――生き残りながら、腕や足を失って横たわり、引退を勧告された奴らの顔は忘れられない。
この世界では、障害者になったとしても、何の公的扶助もない。これからの数十年、腕や足がないまま、自分の力で生きて行かねばならないのだ。
仲間内からそんな引退者を出したり、ましてやいきなり死者を出したこと、中には田舎から一緒に冒険者になった親友を失い、精神的に多大なショックを受けた者もいる。それで「自分は冒険者には向いてない」と、二人がさらに辞めていったらしい。
……そんな中、俺たちは運が良かった。ゴブリンリーダーという強敵に遭遇し、死ぬかもしれないところまで追い詰められながら何とか勝ち、仲間も回復可能な負傷以上の被害もなく、五体満足で全員が生き残った。
そのことだけなら、冒険者としては喜ぶべき話ではあったのだが。
「少々君達には、詳細に話を聞かせてもらわねばなりません」
――シュレスの森遠征から帰った三日後。
負傷の治療、休養と、敵襲に対する対応の聞き取り、ゴブリン始末の申告(これは記憶を読み出すマジックアイテムがあるとかで、それで確認するだけ)等々が終わり、クエスト報酬の受取日であったその日。
俺たちはギルドマスターの部屋に呼ばれ、退治数と申告に関して、少々確認したいことがある、と言われた。
「……なんでしょうか。申告に関しては、偽装はできないはずですが……」
と、俺が恐る恐る、ギルドマスターと、その隣に立つローディさん、マジェスティさんに訊ねてみると。
「申告の偽装があったわけではありません。
いえ、偽装というより、あなた方の勘違いがあった、と言うべきでしょうか」
ラスさんはそう言って、俺たちを見る。
勘違いってナニ? 気になるわー。倒したと思った奴が生き残ってたとか? ありそうだわー。
「あなた方は、ゴブリンリーダーと遭遇し、それを全員で負傷しながらなんとか討伐した――そう申告しましたね?」
あ、そっちの確認ね……あれは苦労したんだから。確実に殺ったし。
「あ、はい――通常のゴブリンより巨大で、魔法も使う奴でした。確実にリーダーです」
「まあ言うても、うちなんか早々にぶっ飛ばされて何の役にも立ってませんけどねー」
と、ナオは苦笑。
「ボクも途中で棍棒でブン殴られて、そこから後は知りませんし」
シェラも肩をすくめる。
いや、おまえらの攻撃であいつが魔法使えるって判らなかったらヤバかったから。マジで。
「……とはいっても、あなた方四人がチームでゴブリンキングを倒した、という事実は変わりません」
ラスさんがさらりと言うので、俺たちは苦笑でそれを一度受け流したが……。
「……今なんて?」
ビュスナが真っ先に気付いた。
……ゴブリンキング?
リーダーじゃなくて?
ロードでもなくて?
ラスさんが、困ったような表情を微かに浮かべ、改めてこう言った。
「ですから、ゴブリンキング討伐成功の件ですよ。どうやってアレを倒したのか――それを確認したかったのです」
「そうだぞー。俺たちでも、単独で直接やり合うのは遠慮したいレベルのバケモノだからな、ゴブリンキングってのは。それを新人のお前らがどうやって倒したか、それを聞きたかったんでな」
とマジェスティさんは笑う。えーと、確かこの人、金に近い銀ランカーだったよね……。
ええ、手練のレギオンスレイヤーが嫌がる相手って……そりゃまあクッソ強かったけどさあ。俺もボコられたし。マジ死ぬかと思ったよ何度も。
恐っ! キング恐っ!
どうやらあのゴブリンキング、「渡り」だった可能性があった。
「渡り」というのは、あちこちの群れを渡りながら強くなっていく上級種・統率種のこと。
行く先々で人間他の亜人種族と争い、生き残ってきた個体は、その分経験を積み、強化されていく。そしてリーダー、ロードとクラスチェンジし、キングに至る個体も出てくる。
「渡り」の厄介なところは、居着いた群れが圧倒的に強化されるところだ。
キングともなれば、百万のゴブリンを率いるとも言われる王位種。その支配力や個体能力はボスクラスモンスターの名に恥じない。通常は群れが繁殖期に入ったり、周囲の群れを統合したりで巨大化したところでリーダー、ロード、そしてキングに至る統率種が現れるのだが、通常は自然にゴブリンキングが発生するほどの群れはなかなか現れない。人類居住圏では、その前に群れがある程度潰され、間引かれるからだ。ゴブリンが万単位いたら、必ず周囲の敵対種族とぶつかるので、それ以上に大きくなることは珍しいのだ。
だから、現在のキングは、ほぼ「渡り」ながら成長した個体であると推察されるのである。
それがたかだか四百程度の群れに居着いただけで、群れ全体が軍のような統率力によって支配され、全ゴブリンの個体能力まで底上げされる。キングというのは、人下とは違って「いるだけ」で群れ全体を強化する、驚異のチート存在なのだ。
今回はゴブリンがやけに強く感じられたのはそのせいだろう、と討伐メンバーらも思っていたようだ。
ただ、自然発生的に生まれた統率種ではなかったため、完全支配にはもう少し時間が必要だったのではないか、とされている。もし完全支配されていたら、あのレベルの群れであれば全員がリーダー、ファイター、メイジ以上の能力を持った個体に進化していたであろうと考えられる。
そういう意味では、今回の掃討作戦は最悪のタイミングは避けられた、というところなのだ。
しかし、あれがゴブリンキングか……そりゃあバカみたいに強いわけだわ。超納得した。
そんで死ななくて良かった……チート持ちで良かったわー。
「ということで、最終的には――ケン君、あなたが始末した、ということでよろしいですね」
視線が一斉に俺に集まる――うわ、やめてんか!
え、ナニ、これ全部ゲロする流れなの?
「その件について、ここで確認しておこうと思いますが……ケン君は、固有スキルを保有している、それを使ってゴブリンキングを倒した。そこまでは把握しています」
え、それ言っちゃうの? いやちょっと待ってくださいよー。知的財産権とかープライバシーとかー。
「……ただ、そのスキルに関しては、ケン君自身が話していいのなら話してください。
今後のことを考え、今は公表したくないなら、話さなくても構いません。
お三方も、彼のユニークスキルは彼の奥の手でもありますから、知られないようにしておくに越したことはありません。
ですから、無理に聞き出すことはできるだけ止めていただきたいのですが」
と、ラスさんは俺の横の三人にも話す。
……ああ、そういう流れ? 良かったー、激流の後に滝があるとかそういうのじゃなくて。
ラスさんにそう言われた、ビュスナ、ナオ、シェラの反応は。
「……ま、ええですやろ。ウチかて秘密の三つ四つは持ってますさかいな」
ナオはそう答えて、ニッと笑う。女の秘密……暴きたい!
「結果として助けてもろたんですから、文句ないですやん?」
「ボクもイエナイコトはありますからね……無理には聞きませんよ」
シェラもまた、いつものアルカイックスマイルで応える。
そして、最後までむっつりと不服げに黙っていたビュスナは。
「……いいわ。今日のところは聞かないでおく。
でもね」
ビュスナは俺に人指し指を向ける――こらこら、滅多やたらと人を指差すな。
「話すならまずあたしから。いいわね」
……ほんまにこのツン子は。ちょっと顔赤いよ。
とりあえず、話さなくていい流れになったのは助かるわー。
――そこへ、マジェスティさんが突然ブッコんできた。
「……本当は俺としては聞きたかったんだけどねー。
どうやって、ゴブリンキングの頭をあんな具合に吹っ飛ばしたのか、そして不思議な多数の貫き傷――あんな傷をつけられる武器もスキルもなしに、どうやってあれをやってのけたのか」
ちょ、それ今言うの? マジェスティさん目がコワいっす! 俺エモノじゃねえっす!
ラスさんやローディさんの目も厳しくなっとるやないですか! ウチの子三人も!
え、ナニ、ここって俺に対する尋問の場なの? ちょ、聞いてねっすよ……。
「……マジェスティ。それは聞かない約束ですよ」
そうですよおとっつあん! ラスさんもっと言ってやってください!
「……そうだった。悪かった」
と、マジェスティさんも苦笑で両手を挙げ、それ以上ツッコむのをやめてくれた。
そこで、ローディさんが口を開いた。
「それでだ、お前らには通常の報酬以外に、ゴブリンキング討伐報酬が出る」
……マジっすか!
そりゃまああんだけ苦労したんですから、お褒めの言葉よりそっち出してくれた方がずっとエエですよ!
「正直、まだ成長途上とはいえゴブリンキングがいる群れの討伐となれば、新人を連れて行くレベルじゃないからな。そこでこれだけの戦果を出したとなれば」
ゴスン、と重そうな貨幣袋が四つ、俺たちの前に置かれる。
「通常の報酬が、割り増し込みで二十万ゴネル、キング討伐報酬が五十万ゴネル。パーティ一人あたりな。これは国から指定害獣駆除報酬として支払われる」
……てことは。
一万ゴネル煉貨で一人七十万? 四人で……にひゃくはちじゅうまん!?
一家四人が50年余裕で生活できるよ! やったねケンちゃん!
「あー……討伐報酬はうちはいらんわ。ケン、あんたが持っとき。討伐したんはあんたやからな」
ナオが、残念そうな笑みと共にそう言う。
「いや待て待て。おまえらだってあのデカブツ倒すのには協力しただろ」
俺はそう言うが、ナオはそれを手で制する。
「……うちはな、自分の手で倒した奴の分はもらう。でも倒してへん奴の分まではもらえん。それが拳士としての矜持ってもんやで」
……くっそう、このおっぱい星人カッコええ! 俺もこういうこと言いたい! おっぱい星人にならんと無理かー!
「ボクの分も、ケンが受け取ってよ。結局ボクも、一撃も当てられなかったからねー」
シェラまで……わかった! お前のひんぬーはいつか俺が揉んでビッグブラストにしてやるからな! それでチャラな!
「……あたしはもらうわよ。チームでかかって倒した分としてね」
うんうん、ツン子さん、あんたはそれでええんやで。一発食らわしたしな。
ビュスナはこういうところで取り分として分けられたのは受け取るが、後でキッチリその分を実績で返す。分不相応な報酬は、自分の中でしっかり精算して実績に変えるだけの努力家でもある――それは俺もよく知っている。
「ええんちゃう? あんたは最後まで戦っとったし、食らわしとるしな。受け取る権利はあるで」
ナオはそう笑うが、ビュスナはぶすっとしたまま。
「……でも、倒しきれなかった」
こいつ、本気であれ倒すつもりやったんか……まあそれだけの修行はしてきたっていう自負はあったんだろうが、それが通用しない相手がいる、ってことは解っただろう。
いいさ、その金で新しい魔法習え。そんでパワーアップしろ。
かく言う俺も、〈絶対領域〉がなかったら確実に死んでたからな……そんで、あとの三人も同じだった。
ほんの少しのチートとはいえ、二度も命救われたわけだからな……あとで神様拝んでおこう。ナムナム。
とりあえず二人分の討伐報酬は俺が「預かる」ことにした。これはパーティ共有資金としてプールしておこう。何かと物入りになったときに使えばいい。
……それとは別に、生き残りながら引退しなきゃならん冒険者連中に、いくらかここから回してやろうと思う。
偽善でもいい、治療費と、これからの苦難の生活を、少しでも楽にできるための――同じ冒険者としての餞だ。
俺ももしかしたらああなったかもしれないと思うと、他人事とは思えないしな。
その件は三人にも了承してもらった。
「それから、おまえらのギルドランクも上がるぞ」
おお、ミッションコンプリートしたからにはそれですよねローディさん!
「おまえらは仮にもゴブリンキング討伐したからな。全員鉄ランクだ」
鉄? 鉄って……青銅とばして二階級特進てやつじゃないですか! 死亡フラグ的な!……ってこれは死んでからのやつか。
「本当ならゴブリンキングは、全員が銅ランク以上の五人パーティでやっと互角って言われるんだがな。個人なら金ランク相当。
今回は、キング自体がまだ成熟しきってなかったのと――」
「ケン君によるところが大きい、ということもありますからね。
あなた方の実力的には、それくらいでもいいだろうと判断しました。ケン君だけは、最終的にゴブリンキングに止めを刺したということで、銅ランクにしようかとも思ったんですが」
ラスさんは、俺たちを見て、
「実力的にはともかく、君達にはまだ経験値が足りません。ですので、あまり急にランクを上げすぎて、分不相応なミッションで死んでしまったら元も子もありません。それで全員、鉄に止めました。
しばらくは経験を積むことを重視してください。できるだけ多様なミッションをこなして、どんな状況にも対応できるように」
「「「「はい!」」」」
最後の返答は、俺達も声が重なった。
今は連携もまだまだ、個人技対応でどうにかやってるだけだが、いずれ俺達も今回の返事みたいに、黙っても互いの考えも行動も解るようになる日が来るだろう。
未来のことは解らんが――今回は、無事生き延びることは出来た。
とりあえずはよし、だ。
てれれれってってってー♪
『※ミッション:ゴブリン(キング)討伐(inシュレスの森)を完了しました』
『冒険者ランク:鉄になった!』
『ミッション報酬:七〇万ゴネルを手に入れた!』
『魔法スキル:〈シールドバッシュ〉を覚えた!(※使えるとは言ってない)』
『所持金:七〇万三〇四〇ゴネル(パーティプール金:百万ゴネル)』
『※ミッション:シェラの正体を探れ!を継続します』




