初めてだったから、わからなかったんだ
前回のあらすじ
友達が出来た途端、友達に変化があった。
感情の揺れは、徐々に大きくなっていた。
翌日の昼、彼女はいつもの様に古屋を訪れた。いつもより少し足取り早く、彼女は重い扉を勢いよく開いた。
「……イチ、いる?」
「うぉぇあっ!? ま、マフユ!? どうしてこっちに来てんだよ!?」
「こっち?」
室内でイチがビクッと驚きこちらを見ている。イチの挙げた手がちょきとぱーの形をしているのを見るにおそらく一人ジャンケンでもしていたのだろうか。寂しいものだ。
「……どうして驚くの?」
「え、だって、お前……あいつらと友達になったんじゃないの?」
「……なった、けど。それがなに?」
「あ、いや、その、まぁいいか! マフユが来てくれたのは嬉しいぞ、へへ!」
「……?」
苦笑いで頭をかくイチ、様子が明らかにおかしい。来るのは当然だろう、いつもそうしていたじゃないか。マフユは満面の笑みの彼に近づくとその頬を両手で挟み、自身の顔へ寄せる。その顔をまじまじと見るが、
「……べつに、おかしくない、かな」
「な、何よマフユちゃん、顔近いんですけど」
「……イチ、昨日どうしてスーパーにいなかったの?」
「あ、いや、それは、その。そ、そう、気分じゃ無くなった、みたいな!」
「……なにそれ。私、行ったのに」
「え!? ま、まじで!?」
「約束してたのに、なんでイチの中で行かないってなってるの」
彼の反応が一々苛立たせる。彼女はなにもおかしなことは言っていない、彼の決めた予定通り4時からのバーゲンに参加するために時間を調整したのに結果がこれだ。その上でまるで彼女がバーゲンに行くとは思わなかったとでも言わんばかりの反応をされてはそうもなる。
不満、この感覚は初めてだった。
「だっ、だって、お前あいつらと遊ぶって言ってたからっ、その」
「……あいつら……友達のこと?」
「お、おう……お前の、友達」
「……それ、今日の話だよ。昨日はあの後すぐ向かったの」
「え? 今日も、遊ぶの?」
「……。」
先ほどから、話が噛み合っていない気がした。彼の中で色々と自分が変に解釈されている、そう理解した彼女は古びたパイプ椅子に座るイチの向かいに座り、一つ一つ解決することにしたのだった。
「イチ、聞いて。遊ぶのは昨日じゃなくて今日の話。だから昨日は私、スーパーにちゃんと行ったの。変な勘違いして勝手にいなくならないで」
「別に、勘違いしたってわけじゃ……」
「勘違いしてる。イチ、遊ぶのは今日。だから私はイチを公園に呼びに来たの」
「あ、そゆこと、ですか」
「……さっきから変。どうしたの?」
違いを訂正しても、彼の反応は変わらなどころかなぜか萎んでいく。先ほどから目も合わせなければ一言一言しか返ってこない。どうしていつものように抱きつかんばかりに飛びつき話しかけてこないのだろうか、どうしていつもの様にゲームを提案してこないのだろうか、
どうしていつものように、迷惑面倒なくらいに記憶を戻そうとしてくれないのだろうか。
「別に変じゃないでしょ。いつものイチさんですよ。ほら、僕のことはもういいから公園行って来なって」
「……イチは、行かないの?」
「僕はいいよ。僕はここで色々とやることあるから」
「やることって何?」
「え、ほら、あの、えっと。ひ、ヒーローになるための勉強とか」
「そんなの、いつもしてなかった」
「今日からすることにしたの! ほら、いいからとっとと行きなよ、友達待たせてるんだろ」
「……?」
イチはマフユの手を引くと、古屋の外へ出した。振り向くマフユに手を振り彼は笑って、
「楽しんで」
それだけ言うと古屋の扉を閉めた。静寂の中、彼女はその扉をじっと見つめる。
ーー……どうして、イチ?
目の前の扉が、酷く、重く感じてしまう。この先に向かったとこでどうしたらいいのかが分からない。
今日はこれ以上は何も出来ない、遊べない。そう彼女は、不満を抱えたまま下山するのだった。
#####
「やっぱり真冬ちゃんってすげぇ!」
「これも、これも解いて!」
「……ん」
友達と遊ぶのは、楽しかった。
公園のベンチの上で、彼女は渡されたA4用紙の上に鉛筆を走らせる。渡された理科の問題をものの数十秒で解くだけで周りはすごいすごいと彼女を持ち上げる。次第に4人の男女が彼女を囲うような形に変わっていく中、彼女はただ彼らから依頼されることをこなしていく。
「な、な、マフユちゃん! 二十跳びやってみてよ!」
「……縄跳び?」
「そそ、こーやって! あたっ!」
少年が例えを見せようとして失敗足を抑える中、隣にいた少女が真冬に二重跳びの方法を教えてくれた。縄を渡された彼女は、
「ーーうおっ、すげぇ!! 一発で出来た!」
「えぇぇぇえ僕、一週間頑張ってもできなかったのに!」
要は普段より高く跳躍すればいいだけ。あっけらかんとやってのけたマフユに再び友達はきゃっきゃっと騒ぐ。
その反応に、既視感があった。
マフユは渡された縄を返しながら、
「くそぅ! これなら真冬ちゃんに勝てると思ったのになぁ、勝負して勝ちたかった」
「……勝負……ゲームするってこと?」
「でもやっぱ凄いよね真冬ちゃん! 僕じゃ絶対に勝てないや!」
「そうだよ、真冬ちゃんには誰も敵わないよね! 勝負する奴なんてバカだよ」
「……。」
いやいやと、首を横に振り縄をベンチに置いてしまう友達。もう縄跳び自体をしないようだ。
ーーそのバカが、実際にいるんだけど……。
勝負事は好きだった。内容を確認して、勝てる策を考えて、勝つ。その喜びは演技のハードルが上がって、それを超える策を考えていた時と同じ感覚が再び湧き上がるから、勝ち続けたいわけではなくその過程が好きだったのに。
「……勝負、しないの?」
「しない。勝てるわけないもん! むしろ俺達に縄跳び教えて!」
「……まだ、一回も勝負してないのに」
「しなくても分かるでしょ〜勝てないのに何度も何度も勝負するとかバカじゃん」
ーー勝負出来ていたのは、当たり前じゃなかったんだ。
友達と遊ぶなら、勝負することもある。そう思っていたからこそ彼との遊びでゲームをし続けられたことをある種当たり前だと錯覚していたようだ。
友達と遊ぶのは、楽しかった。
ただ、何か物足りなかった。
「真冬ちゃん、どうしたの?」
「少し、喉が乾いたから飲み物買ってくる」
「うん、じゃあそこで待ってて。私買ってくるよ!」
「え……い、いいよ。自分で買って来るから」
「いいって。算数教えてもらったお礼だから!」
友達は自分のお金を手に自動販売機へと走っていく。こんなことも、彼と遊んでいれば絶対に無いことだ。彼ならむしろ「マフユが僕を勝たせてくれなかったんだから飲み物頂戴」とでも言うか、むしろ「飲み物なんて水でいいよ。ジュース買うお金なんてないんだよ!」とでも言うだろうか。
頭の中に、何度も何度も思い浮かべるのは突然様子が変になった彼のこと。
ーー……明日は、遊べるかな。
曇天の空を見上げ、彼女は目を細めた。
####
「今日も、遊べないの?」
「学校で聞いたよ、今日も誘われてるんでしょ?」
「ん。だから、イチも一緒に」
次の日も、彼女はイチの元へ訪れた。おかしかったのは昨日で終わりなんて、彼女の望む方向へは向かわず。イチは一円玉を机に無造作に置き指で弾く遊びを一人で行いながら、首を振った。
「僕は、ちょっと用事あるから」
「……どうして、遊んでくれなくなったの」
「え?」
マフユはもう、耐えられなかった。彼の腕を寄せ彼の目をこちらに向ける。彼のきょとんとした顔が、尚更彼女の胸に鋭く突き刺さった。
「私が、何かした? 私がイチに嫌われること、したの? ……考えたけど、分からなかった。だから教えてほしい」
「え、え……いや、それは」
「……。」
彼は戸惑っていた。目を泳がせどう返答するべきかを悩んでいるようで、彼女は待った。佐世保で初めて出来た友達、だからこそ友達じゃなくなってしまう理由もわからない。
「別に、マフユは何もしてないよ。嫌いになるなんてことないよ」
「じゃあーー」
「でもほら、友達に誘われてるんでしょ。だったら行ったほうがいい」
「……だからイチも、一緒に」
「マフユ」
イチはマフユの腕を掴み返し、くるりと彼女の体を出口へと周し、トンと背中を押された。
「誘われてるんだったら行った方が絶対いいよ。絶対楽しいし、絶対思い出になるし、それにーー」
「……?」
振り向いた先のイチは、いやと首を振った。
「マフユのことは好きだよ、嫌いじゃない。だから、行ってらっしゃい」
彼は小さく手を振るのだった。
#####
「マフユちゃんすげぇ!!」
「……。」
公園についてから、いつも通りの勉強会。と言っても勉強を教え合うわけではなく、彼らに渡されたプリントの問題を解いていく。マフユは友達に囲まれて問題を解きながら彼女は、ただ楽しいとは思えない問題の紙の上でただひたすらにペンを走らせる。
ーー何も言ってくれなかった、どうして。
彼が冷たくなってしまった理由は、ゲームに勝ち続けて嫌気が差した? お菓子に反応を示してなかったから? 理由の候補はいくつもあって、
しかしそれらを嫌うならもっと早くから嫌われていたはずで。
ーーどうして、あんなに悲しそうな顔をするの。
そして、先ほどの彼の顔。悲しいのは自分のはずなのに、どうして彼があんな顔をするのだろう。
分からない、分からない。
「流石マフユちゃん! どんな問題も全部すぐ解いちゃう! マフユちゃんに分からないことなんて無いよね!!」
「当たり前だろ〜だってマフユちゃんだよ!分からない問題なんて無いから!」
「……。」
周りの声が、煩く感じる。ーー感じて、慌てて首を振った。ダメだ、彼らは友達だと。せっかく出来た友達にそんなことを思ってはいけない。またイチみたいに、と。彼に借りた麦わら帽子を触り、思うのだ。
ーーイチと遊んでた時、こんなに無理、してたかな。
していない。彼と遊んでいた時はただ楽しかった、こんな無駄な作業も、変に煽てた反応も、神のように持ち上げられる事もなかった。
だから、
だから、公園の入り口あたりを走って通り過ぎた見慣れた青年の姿に彼女はペンを捨て立ち上がる。
「イチーー!」
彼女は走りだす。もう考えても無駄だと、彼にもう一度話をして、同じように返されても噛み付いて、また元の2人にーー
公園から少し先、ポツンと一つだけ置かれた大木に登ろうとしていた。
「イチ、何してるの?」
「え? お、マフユ。何って猫だよ猫」
「猫……?」
彼の登ろうとしている枝の先、その先に小さな猫がいた。みゃーと鳴いて細い枝の上で震えている。
「この猫、降りられなくなってると思ってさ」
「……。」
「助けてあげないと、可哀想じゃん」
「……助けて、あげる」
「僕のことはいいからさ、マフユは友達と遊んでていいよ」
「……っ」
時折だが、あった。鬼ごっこをして5分で終わった時も、くたくたの体でポイ捨てされていたゴミをゴミ箱へ捨てていた。
喫茶店で勉強していた時も、入り口で泣いていた迷子の子供の母親を探すために一度中断した。
彼は、困っている人がいれば助けに行こうとする。
だから、猫が困っていると助けに行くのは彼らしいと思った。
ーー……なんで。
だから、だからこそ今の彼女にはそれがあまりにも残酷だった。
ーーそれなのに、どうして私だけ……
「よっしほらこっちおいで〜助けてあげるからね〜……あの、来て欲しいな〜手が届かないんだけどあの、25円あげるから、お菓子あげるから!」
子猫のいる枝の真横まで登ったイチだったが、片手を伸ばしても後少しで届かない。体勢を変え、もう少しで捉えそうなところで猫はさらに枝の先へと進んでしまう。
「……イチ。猫は放っててもちゃんと降りられる。猫は降りられないところへは行かないの」
「そんなのわかんないじゃん。困ってるかもだし、助けなくちゃーー」
「絶対に大丈夫なの!」
彼女は思わず叫んでいた、胸にこみ上げてくる何かを吐き出すかのように。その感情が、怒りであること、それをわかった上で止められない。
「ま、マフユ? どうしたんだ、そんな大声で」
「イチは……っ……イチは、どうして助けようと思ってたの?」
「だから、猫が、困ってるかもって」
「そっちじゃ……ない。いつも、いつも、困ってる人を助けようとして。どうして?」
「それ今聞かなきゃだめ? 僕木の上だよ、とりあえず降りてからじゃダメ?」
「ダメ。今、答えて」
木の上でぽりぽりと頬をかいているイチを逃がさない。今聞かないと、ダメだと。そう思った。
「だってさ……ヒーローなら困ってる人をそのままになんてしないじゃんか」
「ヒーローって、なに」
「前から言ってるだろ」
「……いいから、言って」
うずうずとしだす彼を、マフユは止めない。木の上に立つ彼はふふんと仁王立ちに、なろうとしたところでふらついたので片手は木に添えながら、
「僕のヒーローは強いんだ! 自分の拳と力だけで戦って、正々堂々と敵に立ち向かう!仲間のことは絶対に裏切らないし、全員守る! その人がいるだけで全員を安心させられるヒーロー!
カッコいい、カッコいいよな!そんなヒーローに僕はなりたいの!」
堂々と、あまりにも堂々と宣言するは才能のない少年。まるで分かっていない、まだ佐世保という小さな街で、小さな世界しか見てこなかった彼にはまだ世界の広さが理解できていなかった。
だから、
「イチには無理」
「うっ、そ、そんなの分かんないじゃん」
「イチにはその才能がない。やるだけ無駄」
きっぱりと、彼女は告げる。元々から彼にはそんな才能がないことは分かりきっていた。だから常々言っていた。それを彼は認めず、喧嘩になるのも分かっていた。しかし、それでも今は、
「いや、それでも、僕はーー」
まだ何か言おうとしているイチを遮り、タンッと跳躍すると、猫の首根っこを掴みそのまま着地した。木の上に残されたイチを見上げる。
「……無駄だよ」
「お、おぅ、サンキューな。また助けられちゃった」
猫を下に下ろし、走り去る猫を横目に彼女はイチを見る。木の上でただ立っている状態となったイチは苦笑いと共にヘラヘラと笑う。
「その、なんだ。ありがとうなマフユ。助かったーー」
「イチには誰も助けられないよ」
「……っ」
「イチにはその才能がない。誰かを助けるには、助けられるだけの才能が必要なの。何もできないイチには、そんなこと、できっこない」
「……で、でも、困ってる人がいたらーー」
「別にイチに助けてもらわなくても何とか出来る人は沢山いる。貴方に助けられることなら、他の人はもっと早く助けられる」
ーーだから……。
だから、その続きを言えなかった。まさにどの口が言うという場面だ。
彼女の想いは、相変わらず言葉にはならない。だから伝わらない。自分と遊んで欲しいと、ゲームをして欲しいと思うが、口には出ない。言いたい言葉が重なるほどに出てくる言葉は皮肉や苛立ち。自分でも、止められなかった。
「……イチ、ごめん言い過ぎーー」
「でも」
シンと静まり返った場所で、しかしイチは伏せた頭をぐいっと上げダンッと枝を踏みしめ宣言するかのように彼女を見てこう言った。
「僕はやっぱり人を助けてそれでーーあえっ!?」
あえっ。木の上でぐいっと体を動かしたのが不幸だった。彼の体重を支えきれなくなった枝は、木を離れ、重力に従い落下する。
もちろん、その上にいたイチもろとも。
「ーーイチっ!!」
背を向けていた彼女は反応が遅れてしまった。下で受け止めることもできず、ドサッと落ちた彼のもとに向かい倒れた彼を起こす。
「だ、大丈夫?」
「痛たた……ははっ失敗した失敗した。大丈夫大丈夫。ちょっと落ちた程度でイチさんは全然ーーあり?」
またヘラヘラと笑う彼に、少し安心したかと思えば、彼の目線は自身の足に向けられた。
なにやら様子がおかしい。
「あ、あれ? あ、足の感覚がじわーってして、なんだろ、ふわふわしてるんだけど」
「……ば、ばぁば呼んでくるっ!」
プラプラと、動かす足に力がない。膝の部分は青く染まり次第と状況が理解してきた彼が絶叫した。
その日、少年は右足を骨折した。




