心配だから、逃げる前にどうしても。
『十一郎、また喧嘩したのか?』
黒木十一郎は父親が嫌いだった。木造りの机が並ぶ室内を出て、しわくちゃなポロシャツを着た無精髭を生やした片親は、毎日恒例になりつつある連絡を受けやって来た。体調管理の行き届いていない痩せ細った体を曲げ、担任の女性教師に謝罪したあとであり。滲む鉄のような味の唾を吐き捨てながら、黒木はわざわざやって来た父親を無視し帰る支度を始める。
『面倒ごと起こす奴が多すぎるんだよ』
『一番起こしてるのは十一郎だけどね』
お父さん、何回欲しいもの我慢してると思うの? と父親は苦笑いを浮かべた。黒木はふいと顔を背ける知るかと返す。転校初日、温和な父親がゆっくりと話すその背中を叩ける乱暴な子供に毎度担任の先生がたじたじになるほどに、2人は性格の凹凸が激しい親子であった。
『まったく、体だけは丈夫になって。父さん十一郎のように体強く無いんだけどな』
『毎日牛乳飲んでるから』
『カルシウムにそこまでの発達作用は無いよ。……あのね、喧嘩で骨折させたとか、入院させたとかってそれ子供の喧嘩じゃないからね。どんなに理由があってもやり過ぎはよくないんだよ』
『とーちゃん』
『お父さん今日も親御さんに謝りに行ったんだよ。もうお父さんの頭赤べこだったよ、お父さんの頭取れたら十一郎のせいだからーー』
『とーちゃん』
もう何度目か、同じことを物事起こすたびに繰り返す父親。黒木はこの頃からも喧嘩っ早く、すぐにも、黒木はニヤリと笑い呼びかける。普段感情をあまり見せない彼のその表情におや?と驚く父親に、黒木は続け様に
『俺、もう問題起こさなくて済むようになったんだ』
『それ、佐世保に来る前にも聞いた気がするけど?』
『そうじゃないんだ。暴れはするけど、問題にならないんだよ』
どういうことだい? そう言いたげに眉を上げる父親に、黒木は顔を上げる。黒木はまるで新しいおもちゃを手に入れたように嬉々として拳を握りながら、心底楽しそうな笑みを浮かべーー
『俺より強い、銀髪の女を見つけたんだ』
これから不幸続きの彼にとって唯一幸運だったことを伝えるのだった。
ーーーー
喧嘩は嫌いだと、黒木は昔からそう思っている。力で自身を誇示し、人の上に立つということに大して興味も無かった。彼が昔から拳を振るい力を見せ付けていたのは全て、たった一つの目的のためであった。今のままでは絶対に手に入らないそれは、力を求め得た先で手に入るとそう信じて、黒木は日夜強者を求め鍛え続けてきた。
だからこそ、些細なミス(自称)により不良連中に黒木の顔が割れたとしてもなんら問題のないことである。たとえ複数人で囲まれたとしても手間が増えるだけの話、彼にとって何ら脅威ではないーー
はずだった。
「ええっと、黒木さん、あの……」
フットマンがおどおどとした様子で黒木へと声をかけ、黒木は高級ソファ(埃まみれ)に腰を落としゆっくりとタバコの煙を吹きながら、
「黒木さん、失礼しまっス。 兄貴なんですが、まだ嫁を見つけ切れてないみたいっスね。 手がかりなしで行きそうな場所探しまくってるって電話で聞きやしたけどどうしますか?」
「俺を殺しに来たお前の部下と、延びてる倉庫の奴らを全部そっちに回せ。 全員で探せばすぐ見つかんだろ」
「ここに倒れてる奴らは勘弁してくだせぇよ。黒木さんに殴られて目を覚まさないんですって」
でもイエッサー!! と高らかに叫び半緑髪の男はぷっくりと膨れ上がった頬を押さえながら敬礼し、同じように傷ついている男たちに命令を飛ばした。足音鳴らし去っていく彼らをまだ追いながら、フットマンは再び震えながら口を開く。
「えっと、あの、黒木さん。どうしたら、さっきの今まで敵だった人たちのリーダーになるなんてことになるんですか?」
「成り行きだ」
「どんな成り行きですか!?」
ここは火災現場からのボランティアを終わらせた黒木がばぁばに拉致され連れてこられた場所、先ほどまで敵対していた髪色のおかしい男たちのアジトである。目の前のガラスで作られたテーブルをバン!と叩きフットマンが声を荒げた。
「こいつらの上限関係は力量で決めてるんだと。俺はこいつらの常識に『則った』だけだ」
「『乗っ取った』の間違いでしょう!? 貴方が彼女を追い詰めるリーダーになってどうすんですか!?」
不良など、彼にとって相手にもならなかった。集団といえど、彼らはあくまで平凡に身体を鍛えていた程度、化け物を相手にしていた黒木にとって苦ではない。ぽんぽんと、いとも簡単に弾かれる不良たちを見て気弱なフットマンが「わぁ、人って飛ぶんだなぁ」と呟けるほどに圧倒的であった。
「何って、女探すんだよ。俺たち二人で探すより効率がいいだろ」
「それは、そうかもしれませんが……でもリーダーになったのなら『探すな』って言えば危険がなくなるので良いのでは?」
「無理だな。その逃げてる女の夫が俺の命令なんて聞かずに探し回るのは目に見えてる。だったら夫より早く女を回収したほうがいい」
「な、なるほど。探すのだけ手伝わせて、後で助けるということですね。黒木さんもちゃんとティアとして考えてるんですね!」
無論、なりたくてなったわけではない。本来であれば人をまとめるなどといった行為に何の価値も感じていない黒木にとってリーダーだなんだと持ち上げられても迷惑なだけだが、しかし今は人手不足である。
探す人数は多ければ、楽ができるというものだ。
「いいか今日中に女を探し出せ!! 女の逃げ場所なんざ男の家だネカフェだ決まってんだ、男を侮辱したクソ女に目に物見せてやれやぁぁぁあああ!!」
「「「ぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」」
「ちょいちょいちょい黒木さんんんんん!?」
だからこそ仲間(仮)達を活気付けたのだが、フットマンは汗まみれの手で彼の肩を揺らした。各々武器を掲げ呼応するのを見るに、半緑髪の言う『力有る者に従う』という考え方は全員に浸透しているらしい。
「なんでそうなるんですか、なんでそうなるんですか!? ティアが犯罪に加担してどーすんですか!? あなたが彼女追い詰めてどーすんですかぁぁぁああああ!?」
「追い詰めないと捕まらないだろ」
「いやいやいやいや!! 捕まえるって、それをしないためにーーむぐっ」
うるさいと口を摘む。「黒木さん、キンキンに冷やしときやした!」と先ほど緑髪の男から渡された牛乳を飲みながら、そもそもと加えた。
「女がこの街にいる可能性も低いんだよ。電車でも使われれば、俺たち二人だけで見つけるなんて不可能だ。だったら少しでも女を知ってるこいつらを使ってーー」
「黒木さん、女を見つけやした! 駅近の裏路地に隠れてたみたいっス!」
「……あぁ?」
黒木は、突然の報告に声を漏らした。どういうことだと眉を潜める。なにせ、黒木自身はまだ何もしていないのだ、ただこの街の捜索隊を増員させたに過ぎないのだから、
金がなかったのか、はたまた他の目的があったのか。何にせよ女はまだこの街の中にいた。黒木はその違和感を考えすぎだと断ち切って良いものか頭を働かせる。
「いま四人の仲間が追ってます。捕まえるのもすぐっス!」
「……そうか、捕まえたら教えろ」
とりあえず、捕まえれば分かるだろうと。はいっス!と電話片手に引っ込んだ半緑髪に変わってフットマンが黒木の耳元へ顔を寄せた。
「ど、どうするんですか黒木さん。このまま捕まえさせたらここまで来る間にきっと酷い目に……どうにかして彼らが捕まえる前に助けに行かないと」
「……。」
ここの集団は実力主義をそのまま形にしたような者たちの集まりである。黒木のように実力を見せつけた者には従順だが、一度でも弱いと判断した者には時間や性別気にせず殴りつけるような集団であった。
だからこそ、フットマンの心配も当然であると言えるだろう。駅からここまでは決して遠い距離ではないが、その道中に子を授かった女性を扱うことに長けているとは思えない。
しかし、
「何言ってんだ、女はあいつらに捕まえさせる。行くなら一人で行けよ」
「え? あの、黒木さん、あなたティアでしょ? 妊婦さんが危険な状態で何をーー」
「俺はティアじゃない。ただばぁばに女の場所を伝えろと言われただけだ。その間に何が起ころうが知ったことじゃねぇーーっ」
黒木の言葉は途中で首根っこを掴んできたフットマンに止められた。眉を釣り上げ、鼻で息をする
「離せよ」
「何を言ってるんですか今更、ティアじゃないって!? そ、そうだったとしても、危険に晒されてる人を見て無視をするなんてそんなーー」
「だったらお前が助けに行けばいいだろ」
「それができればやってます! でも出来ないからこうやって……貴方には、助けられる力があるのにどうして助けないんですか!!」
「どうして俺が他人を助ける必要があんだよ?」
フットマンはついに目を大きく見開き、無関心の黒木をさらに自分の元へ引き寄せ、怒り任せにその拳を振り上げ黒木の顔へ向け振り下ろし、いともあっさりと、片手で受け止められた。
「人のせいにするなよ、女を助けられないのはお前が弱いからってだけだろうが」
うっ、とフットマンの言葉が詰まる。
曲解もいいところだと、黒木は言葉にしないながらも思う。彼がティアを嫌う理由の一つだ。他人任せ、感情だけで動き、失敗し、責任を他人に擦りつける。
腑抜けの言葉など、黒木には全く刺さりもしなかった。
「俺を止めたきゃ、それなりの実力つけて戻ってこいよ。じゃなきゃ、お前の助けたい人間は誰一人助けられねぇぞ」
「……っ!!」
事実、フットマンは動かない。動けないわけではないのにだ。ただ何を言うこともなく、場所が分かったにも関わらず助けに行こうともしなかった。
ーーだから、ティアってのは嫌いなんだ。
正義感とは、正義なのか。黒木には分からなかった。正義とは『誰かを守ること助けること』であるのならば正義感は正義なのか、と。
「黒木さんが、助けに行けば、助けられるのに……」
力がある者は、それを行使するのが当然であるとでも言わんばかりに、行わなければ悪だとそう言うようにフットマンはぶつぶつと呟いた。
「他の人に、いや。今から出て行っても、ティアに会えるかどうか……」
どこまでも他人任せならフットマンに、黒木はもう言葉をかけなかった。
ーー思ったより早めに終わったな……あのばばぁのことだ、どうせ店の掃除でもさせられるんだろうが。
黒木は彼に意識を向けるのをやめ、自身の携帯を開く。ばぁばに完了の連絡するためだ。ばぁばに連絡し、この場所を伝える、それでこの仕事は終わりだ。昔から有名だったヒーローを体現したような老婆がハッピーエンドにでもするのだろう。
そうして五人しか登録されていない携帯を開き、連絡帳をプッシュする。
「こうなったらもう、一緒に逃げてるはずの貧乏ボランティアに頼るしかーー」
「黒木さん、すんませんっ!!女に、逃げられました!」
「……あぁ?」
ーーその動きを、止めた。慌てて入ってきた半緑髪の男と、未だぶつぶつと言っていたフットマンの両方を見る。それぞれに不審な点が垣間見え、黒木は顔を上げた。まずはとバダバタと、慌てすぎて転んでいる半緑髪の男へと視線を向ける。
「逃げられたって、相手は妊婦だろ」
「それがでスね、厄介なティアが一人ついているみたいでして」
「あ? ティアなんてお前らの獲物だろうが、そいつに四人がやられたのか?」
「いえ、それが二人を見失った後で気絶しちまったみたいなんでスよ、電話越しに仲間が倒れる音を聞いたんスよ」
「……見失ってからどのくらい経った後だ?」
「五分くらいスかね」
おかしな話である。もし妊婦と共にいるティアが男四人を倒せるのならば、そもそも逃げる必要はない。むしろ黒木たちへ「見つかった」と連絡される前に口封じするだろう。しかし現状、ティアは、彼らから逃げ延びた後に彼らを倒しに来たということになる。
ーー……なんだ、この違和感。
しかし黒木には一つ、たった一つだけ頭の中で可能性を浮かべていた。現状の情報だけでは分からなかったが、彼の隣にいる太ったティアの一言によってその可能性が数段上がっていたのだ。
だから、彼はもう一つの違和感を確かめるのだった。
「おいフットマン」
「は、はい!? 私じゃないですよ、雑魚ですけど私はここにいます!」
「そうじゃない。女と一緒にいるティアとは知り合いか?」
「い、いえ。今日彼女を助けようとした時に後からやって来たんです、その時が初対面でした」
「だったら、どうしてそいつが貧乏だって分かるんだ?」
人のことを貧乏だと判断するにはそれなりの関係が必要だろう。少なくとも初対面でそう判断したのなら見た目格好が悪かったかはたまた不潔感が漂っていたか。あぁ、そのことですかとフットマンは苦笑い混じりに続けた。
「その人、一発殴られたらすぐに財布を取り出したんです。『この中身全部あげるんで許して!』って。でも中身が空っぽだったんで火に油を注いじゃってーー」
「……。」
「あの、あの、黒木さん? すっごい汗ですけど、大丈夫ですか?」
「い、いや、大丈夫だ。はは、変なヒーローもいたもんだな……」
「ええ。すっごく地味な人でしたよ、西海高校の制服着ていたので高校生かな。やけに早口で話すから聞き取るのも大変でーーあの、黒木さん? 尋常じゃないくらい汗ダラダラですけど大丈夫なんですか!?」
「え、何が、別に!? 大丈夫に決まってんだろう。俺は何も、何も察してねぇよ!?」
そのどちらでもなく、動揺していた。正直、背中から冷や汗が止まらないでいた。焦り、今までただ淡々と済ませていたこの事件全てが、実はとんでも無く面倒なことに巻き込まれていることに、ようやく気づいた。
そうではないと、まだだと否定する。否定しなければ、この最も不幸な展開が現実としてあり得るという事実を、否定しなければ。
「…………いや、いやいやいやいや」
おかしいのは、
・フットマンがばぁばへ助けを求めに行った際に妊婦が捕まらなかったのはなぜだ。彼が逃げ出した際に捕まってしまってもおかしくはない。だからこそばぁばは彼らのアジトである倉庫に向かったのだ。
ーー妊婦一人で逃げ出せた理由は、
・四人から逃げ延びたにも関わらず、ティアはわざわざ戻ってきて撃退した。その強さがあるなら彼らに見つかった時点で気絶させ情報を黒木へと渡さないようにするはずだ。
ーー時間を置いた理由は、
しかし、考えれば考えるほど彼の中に渦巻いたのは焦燥感である。焦り、疑惑。サーっと背筋に冷たい風が通ったような、感覚に彼はもう考えることをやめた。
「なぁ、フットマン」
「何でしょうか?」
たった一つ、彼の思う最悪な状況では無いと否定できる唯一の逃げ道は、
「……そいつ、最初に何か叫ばなかったか?」
「え、叫ぶ?」
「そいつが現場に来たとき、何か叫んでなかったかって聞いてんだ」
「……あぁ。そういえば叫んでましたね。確か、
ヒーロー見参だったかな?」
詰んだ。
黒木はゆっくりと、ゆっくりと苛立つ感情を外に向けないようタバコに火をつけゆっくりと息をはいた。大量の煙に咳き込むフットマンを他所に、自分の不安に心底落胆しながら、
「追い詰めろ」
緑髪の男へ、再度命令を下す。
「一緒にいるティアは殺してもいい、なんなら殺してくれ。全力で女を捕まえてここに連れてこい!それで終わるんだ、面倒くせぇことは全部!! いいか、お前ら妊婦もろとも全力で潰すんだよ!!」
「黒木さんあんた、本当にーー!!!」
「うっせぇな! 面倒事が余計面倒になる前にそのティアを消す必要がーー」
prrrrrrrrーー
騒いでいた、黒木の動きが止まる。口に加えたタバコから煤がズボンに落ちようが、冷や汗が流れることも顧みず、彼はただただ自分の懐で揺れる端末に目をやる。
フットマンが思わず「あ、懐かしい」と呟やいたその音は、たった五人しか登録していない、登録者しか知らないはずの携帯電話からである。
「……はぁ」
黒木は生唾を飲み込みながら、ゆっくりと開き、その名前を確認する。そして何度か親指を上げ下げした後、諦めた様にゆっくりとボタンを押した。
「タイミングが良すぎるんだよ、お前」
『……? お前じゃない、真冬』
聞き慣れた、透き通った声。先ほど、わざわざ助けてもらうために不良に絡まれていた変態銀髪娘である。ゆっくりとした口調の彼女に黒木は平常心だと何度も心で唱えながら、せめて何事もなくこの会話よ終わってくれと切に願いながら、
『超、ピンチ』
「……。」
その願いが、届かないことを悟ったのである。主語も動詞も、目的語もない。それでも彼女が何を伝えたいかは重々伝わったのである。
『……ね、聞いてる?』
「いや、電波が悪かった」
『超大変、へるぷ、みー』
だが、まだだ。黒木は思考を即座に切り替える。彼女が今、どのような事件にどう関わっているかまで全てをりかいした上で、彼にはまだ逃げ道があることを導き出す。
「そうか、いや悪いんだがよ。今ばぁばに店番頼まれてんだ、ばぁばも戻ってくる気配ねぇし、店ほったらかしだとバァバに殺されるだろ」
『……ほんと?』
「本当だ、店のシフト見てみろよ。俺の名前あっから」
嘘ではない。事実、普段通りであれば彼はばぁばの経営する喫茶店(本人はバーだと言い張るが)にて使い古されたエプロンを纏い仕事をしていたはずだ。
黒木、思わずニヤリと笑う。自分の思考の早さに思わず自画自賛である。ばぁばは彼女にとっても幼い頃からの知り合いであり、老婆の性格を知っているからこそ起こり得る状況だ。これは天才の彼女でも覆せない。
あと一押しだと黒木は早口で続けた。
「ばぁばもボランティアの最中だ、手伝いは無理だろうな。まぁ、頑張れよ」
『……ん、しょうがない』
ん、と彼女が了承を示す返をした瞬間、黒木ガッツポーズである。ここ最近で一番嬉しいのではないか、そう思うほどに彼の心は踊っていた。
なぜ? 当たり前だろう、
昔の、彼にとって最も面倒な約束の縛りによって彼女は不運しか運ばない死神となったのだから。関わらないが吉、間違いのないことだ。
そうして彼は、じゃあなと耳から携帯を離した。よし、よしよしと何度も頷く。この後の彼の対応は簡単だ、すぐにばぁば電話して真冬を手伝えと言えばいい、それだけで終わり。あとは本当に店番をしていればいい。
ニヤリと笑みが溢れる黒木、それを声色に出さないように気をつけつつ、
『じゃあね』
「おう、じゃあーー」
「黒木さん、ただ事じゃないでスぜこれ!! うちの戦力が次々と負かされてます! これじゃ、兄貴の嫁を捕まえられやせんぜ!?」
「『……………………』」
もっと早く、瞬時に親指を通知ボタンもっと早くできるように鍛えておくべきだったと、黒木はこのとき心の底から後悔した。バタンと扉を開けて大声で叫びやがった自称部下のアホ半緑髪の男の慌て顔を殴り飛ばすぞ黙ってろ、と睨みつけ
『……ねぇ』
「幻聴だ、もしくはたまたま横を通り過ぎたバカが俺以外の黒木くんに声をかけていたーー」
「黒木さん!もうどんどんやられてます! これじゃ女を拐えやせんぜ」
「『……………………。』」
そんな彼のアイコンタクトなど伝わるはずもなく。シンッと、電話越しに電子音だけが耳元で響く。どうやら、数年前の販売終了となったオンボロガラケーでも音響く倉庫の大声は相手に伝えてくれるらしい、
『どんどん、やっちゃった』
「…………何の話か、わからねぇな」
ごくりと、生唾を飲み込み黒木は震えながら半緑髪の慌てるためく様子を見る。冷や汗が止まらない、隠蔽しようにも手立てはない。そして、
『……後で、お説教』
「あーああぁああ!! 電源が切れそうダァァア!!」
今度は、勢い任せに押したボタンから指が中々離れなかった。ツーツーと鳴る携帯をじっと見て、
ついでにウラァ!!と 馬鹿な半緑髪を壁のオブジェクトへと変換させる。
たった今、今まで抱えていた不審点が全て一つの線に繋がった。元凶も、状況も、その全てが黒木にとって心底面倒なレールに乗っていたことに、今気づいたのである。
「あ、あの、黒木さん。緑髪の人がその、ピカソも喜びそうな素敵な作品になってるんですが、一体どうしたーーー」
「フットマン」
「は、はい?」
「女を、助けに行くぞ」
「え? えぇ!? いやでもさっき他人は助けないって言ってたじゃーー!?」
「事情が変わったんだよ!」
震える体は今一度高級ソファに座ることを許さず。黒木は外に立っていた半緑髪の仲間へ次々と蹴りをたたき込む。うげっ、なんで、おべ!? と各々意味もわからず地面に倒れる様子を、フットマンは倉庫の扉に隠れながら見届け、
「今からこいつら全員殺す。妊婦を一発でも殴ったら永久の底に沈める! テメェらの仲間全員ここに集め戻せ! 俺が全員病院送りにしてやるよ!!!」
「えぇぇぇぇぇ!? 黒木さん急にどうしたんですが!? 知らないと行ったり助けると言ったり情緒不安定過ぎますよ!?」
「るせぇな、俺だってこうなるつもりは無かったんだよ!!」
「般若、顔がめちゃんこ怖いですって!」
憂さ晴らしも、大概に。原付に乗ったことがあると言うフットマンを強制的に乗せ、彼は彼女のいるという駅近くへと移動する。
急がなければ、急がなければ。
「ちっ、かったりぃことになった。だからあのクソババァの手伝いなんざしたかねぇんだ!」
才能のない最下位に誰も負けはしないのだから。
彼が、到着するまで後十五分。
・事件の発生は午後四時、駅付近の路地裏で自身の嫁を捕まえようとしていた半赤髪と半緑髪の二人はフットマンによって妨害された。
・しかしフットマンは彼女を助けることができず逃げ出し、近くにいたばぁばに助けを頼むことになる。
・妊婦の母子手帳が路地裏に落ちていた。中には半赤髪の男のDV内容と毎日のように検診していることが明記されている。
・妊婦は今に至るまで居場所を隠していたが、黒木の指示によって統率の取れた不良によって駅付近にて発見されるが、それすらも逃げ延びた妊婦はさらに追ってきた四人を撃退した
・妊婦にはボランティアが付いており、何故か貧乏と呼ばれており『ヒーロー見参』と叫んだという。




