理由
カフェを出て、そろそろ帰る時間になった。街を歩きながら私は思う。エディがダメなら街に残っている男と結婚すればいいと思っていた自分が如何に愚かだったかということを。
――私は王女だ。国民に『結婚して』と言えば、してくれる人が大半だろう。だってお金もあるし、見た目もいいし。逆らうのも恐ろしいだろうし。……頑なにしない奴もいるけど。と思いながら、横でのんきに歩いているエディを睨む。
でも、どんなに身分が高くたって私が他人の恋愛を壊す権利なんてものはどこにもない。
私が城にいる間、彼らは彼らなりに学んで遊んで、愛を育んでいる。女性なんて、この国で〝男の人と結婚する〟なんてことを叶えられるのは一握りだろう。街で男漁りする、なんて発言していた自分が恥ずかしい。
街に私が漁っていい男なんてひとりもいなかったのだ。
私もエディも黙っているからか、歩くスピードが喋っているときよりも早くなっているように感じる。
エディとのデートも、このまま終わってしまうんだろうか。
「……あ」
帰り道、私は緑がいっぱい広がる野原を見つけて、無性にそこで寝そべりたくなった。
「エディ、ちょっと寄り道しない?」
「寄り道って……ここにはなんにもないですよ」
「いいの! ほら、付き合って!」
私はエディの手を引いて、そのまま力任せにエディを野原へとダイブさせた。ズレる眼鏡を相変わらずすぐに直し『なにするんですか!』と声を荒げる。怒るエディなんてお構いなしに、私はエディの隣に寝そべった。真っ青だった空は、すっかりオレンジ色になっている。
「はぁ。帰ったらまたこれからのこと考えなくちゃ」
「……これから?」
小さく呟くと、エディも私の横で体制を直し、野原に寝たまま顔だけ私の方に向けた。
「考えることだらけで頭痛くなるわ。まず男不足の謎の解明。エディも言ってたように、もっと積極的に外の人を国に呼ぶことも。あとやっぱり……恋愛って大事ね。恋愛から学ぶことってきっと多いもの。さっきのウェイトレスの表情を見て思ったの。あの人は幸せそうに笑ってたけど、それより多く、悲しんだ人もいる。この国で生まれたから異性との恋愛や結婚、愛する人との子供を産むことを諦めてほしくないし、恋愛する楽しさを知らないまま一生を終えてほしくもない」
性別なんて関係ないし、女同士で恋愛するっていうのも全然アリだと思うけど。――私は立場的にそうもいかないのが難点だ。
「女と女の間にも子供が産まれればいいのに! そうだったら私、今すぐアリシアと結婚するわ」
「アリシア様ですか……確かに、男顔負けのかっこよさですよね。話したことないですけど」
「エディは弱々しいから、アリシアに一撃でやられちゃいそうね。ふふ」
想像したら笑いが出た。でもエディはくすりとも笑わずに、私をじっと見るだけだ。
そしてエディはゆっくりと起き上がり、寝ている私の横で突然野原の上で正座をしたかと思うと、真剣な面持ちで私に言った。
「リオナ様、なにかあったんですか?」
「……え?」
「昨日から人が変わったように見えますし……。それに、僕なんかに結婚を求めるくらい、結婚しないといけない理由があるのかな、って。ずっと気になってて」
――エディのくせに、痛いところを突いてくるじゃない。
奴隷制度の酷い国の王であるクラウスから結婚の話がきていることをエディに言うことはできない。アランが他キャラと結婚しハッピーエンドを迎えたときにリオナが黙って消えたのは、城に残る人々に不安を残さないため。いらない心配をさせないため。
リオナは、国のために全てをひとりで背負う覚悟があった。強い人間だ。例え前世の記憶を取り戻しても、リオナとして生まれたからにはその覚悟を汚すことはできない。それに記憶を取り戻す前の私も間違いなく私なのだから。
「なんにもないわ。ただしたかったの。――エディを見つけた瞬間、エディと結婚を」
私も体を起こし、エディを見つめながらそう言うと、エディに一瞬動揺が見えた。そしてすぐ、眉を下げて悲しそうな笑みを浮かべる。
「だめですよ。リオナ様。感情のない相手に、そんなまっすぐな言葉をぶつけたら」
『勘違いするじゃないですか』と、エディは笑った。エディの言葉に私ははっとする。
――馬鹿だな私。恋愛が大事なんて、どの口が言っているんだろう。
私が自分のためだけに、恋愛感情のないエディに結婚を迫っていることを、エディ自身はじゅうぶん理解していたのだ。
「……やっぱりしてくれない?」
「しません。僕じゃなきゃいけない理由がない」
「じゃあ、エディじゃなきゃいけない理由ができたらいいの?」
「そんな理由、世界中探し回ったってないですよ。リオナ様が、僕じゃなきゃだめな理由なんて」
エディは立ち上がり、帰り支度を始めるように服についた葉っぱを払う。
「例えば――ほんとのほんとに、私があなたを好きだったら」
座ったまま、私はエディを見上げて言った。エディは葉っぱを払う手をピタリと止めたかと思うと、くるっと回り私に背を向ける。
「……その場合は、考えておきます」
エディはそれだけ言うと、すたすたと私を置いて先へ行ってしまう。王女を差し置いて帰るなんてどういうつもりだ。いや、今はもうそんなことどうだっていい。
初めて『無理』以外の返事が聞けた。それだけで、今日の私は満足してしまっている。
「エディ! 待ってってば!」
後ろからエディを追いかける私の顔は、すっかり緩みきっているに違いない。
――私の運命がどうなるか。タイムリットはあと二日。
どうやら今のままではモブは結婚してくれそうにないが、私はまだ諦めない。




