救世主、現る
青年は私を受け止めた衝撃で飛んで行った眼鏡を拾うと、すぐに眼鏡をかけ直した。
私に心配の声をかけながらも、落ち着きがなく早くこの場を立ち去りそうにしている……ように見える。
「……あの、リオナ様、お怪我は」
立ち上がり私に手を差し伸べる青年。私はその手を取りながら、自分をバッドエンドから救ってくれるかもしれない彼に向かってこう言った。
「ねぇ! あなた――誰だっけ?」
まさか城にこんな若い男がいたなんて。今までリオナとして過ごしてきた記憶の中でも覚えがないのだから相当だ。一体どこに隠れていたのだろう。
「僕は一応、この城の使用人の……エディです」
「エディって……あーっ! 陰キャメガネの!」
「い、陰キャ……」
「あ。違っ! その……なんかごめんなさい」
いけない。出会って数秒で救世主を傷つけてしまった。
そしてこのエディ――思い出した。ゲーム内では立ち絵すらなかった、たまにセリフがあったくらいの激モブキャラ。背景にすごく小さく映ってたことがあり、眼鏡をかけていて顔もちゃんと見えず、暗いイメージしかなかったので勝手に〝陰キャメガネ〟と呼んでいた。
確かアランがこのエディを気に入っていて、そういえばアランに絡まれたときに『人と接するのが苦手』とか言っていたような。……しかしここまで存在感がないのは如何なものか。
「僕なんて、リオナ様に覚えられてなくて当然です。いつも隅っこで、閉じこもって存在消してましたし」
「い、いや、うっすら覚えてはいたのよ。でも、どうして? 別に隅っこにいる必要なんてないじゃない」
「いえ、僕は拾われた身なので……でしゃばるなんてとても無理です。任される仕事も、リオナ様に会うものなんてほとんどなかったですし」
「……拾われた?」
初耳だ。まぁ、エディの出番なんてほぼなかったから知らなくて当たり前っちゃあ当たり前だけど。
「はい。小さい頃、両親を失った僕を陛下が引き取って下さったんです。感謝しています」
「……そうだったのね。私、全然知らなかったわ」
「リオナ様は僕よりもまだ全然小さかったんですから、当たり前ですよ」
眉を下げ、少しだけ口角を上げて笑うエディを私はじーっと眺めた。
身長は私より少し高いくらい――百七十ちょいくらいだろうか。細いひょろっとした体に白シャツ、ラベンダーグレーと黒が混ざった色のベストを羽織り、黒いパンツといった服装だ。
髪はブラウンのマッシュ。前髪が邪魔。それよりもっと邪魔なのは分厚くて大きな丸眼鏡。目が全く見えないせいで、表情が読みづらい。
「その眼鏡は、度が入っているの?」
「いや、入ってないです。……人の顔を直接見るのが苦手で」
まさかの伊達だった。しかもよく見ると右手首についている時計も壊れているように見える。――あれは伊達時計みたいなものなんだろうか。どちらにしろ、視力がいいのに眼鏡をかけて、もう使えない時計をつけっぱなしだなんて変わっている人だ。眼鏡は理由があるみたいだけど。
エディは相変わらず私を目の前にしてそわそわとしている。その姿を見て改めて思う。……エディって、すごく地味な男。
でもその地味さが、派手で元気でアホなアランとは正反対で、私はとても興味が湧いた。ゲームでもほとんど描かれなかった彼のことをもっと知りたい。
――決めた。私はこの〝モブだった男〟と一緒に、私のバッドエンドを回避する。
「エディ! 今日から私と仲良くしましょうよ!」
「え!? えぇ?」
エディの両手をぎゅっと握ると、エディの肩が跳ね上がる。私はそんなエディにもお構いなしに距離を詰め、ぐっと顔を近づけると満面の笑みで言う。
「私の専属付き人になって!」
「はっ……? ぼ、僕がどうしていきなり」
「よし! じゃあ私今すぐにお父様にこの件を伝えてくるわ!」
「ちょっ! 待ってください! リオナ様ーーっ!」
待てるか。こっちはもう時間がないというのに。一秒だって無駄にできない。
私は叫ぶエディを無視して、先ほど今と同じように呼び止められながらも無視をしたばかりの父の元へ向かった。
「お父様。お願いがあります!」
「リオナ! 突然どうした。なんでも言ってみろ」
「使用人のエディを、たった今から私専属の付き人にしてほしいのです」
私がそう言うと、父は驚きの表情を見せる。後ろにいた母も同じような顔をしている。
「エディとは……あのエディか?」
「……なにか、問題でも?」
「いや、エディは昔からとにかく引っ込み事案で、城でも質素に、狭い場所での生活を望んでいた。仕事は部屋でこなせる雑務や、街の様子を見に行かせたりして……あまり人と接触するような仕事は任せないようにしていたんだ。それも本人の希望でな」
「へぇ……で、なにか問題でも?」
私の圧に父が若干引いている。エディが人と接することを嫌がっているのは今の話を聞いてよーくわかった。でもこちらとてあっさり引き下がるわけにはいかない。私の場合は生死がかかっているのだ。エディの人間嫌いは、これを機に私が克服させてやる。
「……エディはいいと言っているのか? それに、お前たちが仲が良いとは全く知らなかったのだが」
「先ほど意気投合したばかりで。もちろんエディも付き人になることにノリノリでしたわ」
「エディがノリノリだと……!? 想像がつかないな」
ええ。私もつかないわ。心の中でそう呟きながら、エディを気にしてかなかなか許可を出してくれない父に私は最終手段を使うことにした。
「――もしかしたら私は、四日後にはここにいないかもしれません」
俯きがちに悲しい声でそう言えば、父がはっとして私の方へ視線を向けたのがわかった。私はゆっくりと顔を上げると、父をまっすぐ見据えたまま続けて口を開く。
「最後になるかもしれない私のお願いを、どうか聞いてください」
「……わかった。リオナとエディがお互い納得しているのなら、私たちがそれを許さない理由などない」
「ありがとうございます!」
これには父も首を縦に振るしかできず、私は無事にエディをそばに置けることになった。……まぁ、エディは全く納得していないけどね!




