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ボーイズコミックシンフォニー  作者: 荒木テル
Vol.2 学園ものの夏といえば?
22/22

p.22 燃える夕日と恋模様(ラブバトル)

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――。

 踏みしめられる砂の音で、背後の存在に気がついた。

「純、上向け」

 その声に促されるまま天を仰いだ直後、水滴が勢いよく鼻先を伝う。視界が歪んで焦点が合わない。

「ぶはっ!」

 息苦しさに顔を上げると、目の前のリンゴは吹きだす寸前だった。

 どうやら、頭上からペットボトルの水をかけられたらしい。

「何すんだよ!」

 顔を手で拭いながら振り返ると、バナナが悪びれる様子も見せずにニヒッと笑いながら眼前にしゃがみこんでいた。

「顔、汚れてたから」

「だからって!」

「まぁまぁ、先に蒼井さんと体流してきなよ。スイカは私たちが切って用意しとくから」

 肩ポンポンで優しく宥められてもモヤモヤは晴れなったけれど、何を求められているのか判らなかったので溜め息一つ。静かに立ち上がることに。

「よろしく」

 すべてをスルーして、海の家の飲食スペース向かい側に位置するシャワー室に逃げた。

「蒼井さん――」

 ボクの後を追ってきていたリンゴが呼び止められて、バナナに耳打ちされたされていたけれど内容なんて聞き取れるはずもない。

「さっきはごめんね」

 距離を詰めてきたリンゴが、いつもより声のトーンを落として謝ってくる。

「そのことより、その後で笑われたことにムカついたんだけど」

「だって、あれはさ〜」

 また笑いやがった。

 

 洗い場に着いて蛇口を捻る。

 思ったより冷たかったけれど、この暑さには丁度良い。

「くらえ!」

 ゆっくりと全身を流していると、先ほどとは打って変わって、左隣の洗い場から無邪気な声が。

「ぶはっ!」

「また同じ台詞? 読み手としては、敵の短い唸り声にはバリエーションがないとつまんないかも」

「この状況で言う台詞!? ボクとリンゴはいつから敵になったの?」

「冷静なツッコミはいいから、早く武器を持ったほうが身のためだと思うよ?」

 とんだ青春かぶれだと思った。

「シャワーで遊ぶな」

「忠告はしたからね」

 ボクにも多少の心当たりはあるけれど、彼女ほどではなかった。

 いったい何をどう拗らせたら、ここまで自分の世界観に浸られるのか――単純に興味がある。

「それは、こっちの台詞だって」

 目の前の完璧なまての中二病女子に、いつの間にか感心すらも覚えていた。

「覚悟はいい?」

「子供かよ」

「少年の心を忘れたら、良い漫画は描けないらしいよ」

「それは一理あるけど……少なくともこれは高校生のやることじゃないように思う」

「こういう時を楽しめないと損だよ」

「分かった。もう、何も言わない」

 シャワーを低く構えて照準を合わす。

 聞く耳を持たないというなら仕方がない。


 ボクたちは青春した。

 浅瀬で燥ぐ拓哉たちを鼻で笑っていたけれど、結局は同じだ。同じようなことをして楽しかった。

「さっき遊んだ時よりびしょ濡れなんだけど。顔狙いすぎ!」

 ひとしきり遊んだ後、髪を整えているリンゴから苦情が飛んできた。言い出したのはそっちのくせに。

「視界さえ奪ってしまえば攻撃できないからね」

「最悪」

 睨まれても、今回ばかりは怯まなかった。ボクはあくまでも付き合ってあげただけだ。

「タオル取りに戻るからついてこないで」

そう言ってリンゴ更衣室の方へ歩いていく。

「それは無理。男子の更衣室もこっちにあるし」

 すぐ追いついて反論するも、リンゴはしばらく無言だった。

「今日、チャチャと楽しそうに話してたね」

話しかけられたのは歩き始めて2〜3分後、海の家が見え始めた頃。

 予想外の名前が出てきて驚いた。

「見てたの?」

「見られたらまずかったの?」

 何故そうなる?

 訝しげな視線に抗議の意を込めて目線を合わす。

「浮気を疑って探りを入れてくるカノジョみたいだね」

 言われたリンゴは目を丸くして、何度か瞬きを繰り返していた。

「別にそんなつもりはないけど。普通に女子と話せるんだ、思って」

 けれど、その目はすぐに細められる。

「別にそこに苦手意識を持ったことないけど」

「ホントかな~? 私の時はあんなにぎこちなかったのに?」

「リンゴがグイグイ来すぎなだけ。圧がすごかった」

 ボクの胸の内を探るかのように顔を近づけてきたリンゴに、キッパリと言い放つ。彼女に押されっぱなしはもう御免だ。

「圧って……そんなだったっけ?」

「そんなだった」

 思い返すように首を傾げてたリンゴだったが、早々に諦めたらしく、すぐにこちらを振り返った。本当に自覚がないようだ。

 相変わらず物理的距離が近し、忙しい奴だな思う。

 更衣室が見えた。

「ところで、私の水着どうかな?」

 急いで取りに戻ろうと、少し小走りになったところをその声に呼び止められる。

 漫画やアニメでは『水着回』とも呼ばれる海水浴を楽しむ話数において、定番中の定番とも言える質問が飛んできたら、どんな顔で振り返るのが正解だろうか?

「どうって?」

「反応こわっ……首やったでしょ、今?」

 声色に動揺は乗せなかったものの、首が自然と風を切り、体感の速度を遥かに超えて彼女を捉えたらしい。

「似合ってると思う」

「ありがとう」

「試着してたのと違う水着にしたんだ」

「気づいてなら、真っ先に言ってほしかった」

 リンゴから水着の感想を求められると思ってなかったし、指摘したら引かれると思っていた。

 彼女が店で試着していたのは、夏にお馴染みの乳酸菌飲料を連想させる青いドット柄の白ビキニだった。

「落ち着いたデザインにしたんだね」

「オトナ可愛いを意識してみた」

 そう胸を張る彼女が実際に着てきたのは、胸元にライトグレーの小さなリボンがあしらわれた白ビキニ。

確かにいつものリンゴからすれば、落ち着いた印象はあるけど……

「何? 何か言いたげたけど」

 咄嗟に目つを逸らしたけど、見逃してはくれない。

「いやちょっと、下着っぽいなと』

「私の下着姿見すぎてバグってやんの、変態さん」

 悪戯に顔を近づけてくる彼女に何も言い返せす、自然と顔が引き攣った。ぐぬぬ。

「更衣室まで競争な!」

「あっ、逃げんな変態!」

 逃げるが勝ち――というのにピッタリなシチュエーションになってしまったことを恥じながらも、今はこうすることしかできなかった。

 スイカを食べ終わり、茶柱さんと約束していた泳ぎの練習をすることに。

 その時、パラソルの方へと向かっていくリンゴとバナナとすれ違った。



 黄蜂さんから呼び出された。

「蒼井さんって、純と付き合ってるの?」

 人通りの疎らな、パラソルの並ぶ奥の木陰でそう問われたけれど驚きはしなかった。

「付き合ってない」

 察しはついていたから。

 短く答えた私に向けられた困惑の顔も想定内。

「じゃあ、校内で噂になった蒼井さんを巡っての白黒三角関係は、どう説明するの?」

「黒部くんに付き纏われるのが面倒だから恋人のフリを頼んだだけだよ」

「本当にそれだけ?」

「それだけ。別に恋愛感情とかないから」

 まぁ、普通に優しいし、頼りになるとは思ってるけど。

「わかった。ならよかった」

「それって、黄蜂さんが純くんを好きだから?」

 私も聞かれたんだし、これくらいはいいよね。次は私の番。

 「違う! 純を好きなのはひなちで、私は中学からの幼馴染ってだけ!」

「にしては顔赤いし、必死に見えるけど?」

「私は、ひなちを応援したいから」

 目逸らされちゃった。

「あの二人、両想いだし」

「そうだね。じゃあさ、私たちのどっちかが好きになったとしても恨みっこなしね」

「当たり前じゃん。告白しちゃいけない、なんてルールないし」

「てか、私のことは『リンゴ』でいいから、黄蜂さんのことは……」

「『バナナ』は絶対ダメ!」

「まだ何も言ってないけど!? じゃあ『ななみん』は?」

「なんか嫌だから、普通に名前で」

「え~~」

 仲良くなれる気はするけど、まだ時間はかかりそう。

 逃げるように海へと向かう菜々実の背を追った。



 茶柱さんとの練習は1時間くらいで終わった。

 水は怖くないらしいので、手を引いて泳ぐ感覚を掴んでもらう事にした。

「力を抜いて、体を真っ直ぐに。まずは足だけ動かしてみよう。水面を掴んで蹴り出す感じで」

 小さく円を描くように泳ぎ30分くらいでバタ足は定着。

「まっすぐ進めないんだけど」

 手の動きを確認し、少し離れて見守っていたところ、数分後にそれは起こった。

「おわっ!」

 大きな波が突然押し寄せ、目の前で茶柱さんを攫っていっていましった。

「茶柱さん!」

 一瞬で50mくらいの距離ができ、慌てて追いかける。

 幸い大事には至らなかったものの、動揺と疲れが見えたため、少し泳いだ後に早めに上がらせた。

 あとでちゃんと謝るとして、茶柱さんは今日の海水浴を楽しめただろうか?

 後悔を残して、誰もいない更衣室の戸を閉める。

「白木くん」

 その時、隣から出てきた桃瀬さんに呼び止められた。

 フリル付きの黄色いブラウスに、デニム地のホットパンツがよく似合っている。

「今、ちょっと時間ある?」

「うん」

 促されるままに夕日の見える特等席まで歩き、しばらく眺めていた。

「あの日は、ごめんね」

 並んで立つ桃瀬さんから零れた呟くような謝罪に、ゆっくりと振り返る。こうして向かい合うのは約四年ぶり。

 夕日に照らされても、桃色の髪を少し薄くするだけで、当時の可愛さそのままに大人の表情を見せる彼女はスポットライトを浴びているようだった。

「お母さんの転院が急に決まって、クラスの皆にお別れを言う暇もなく引っ越すことになったの。高校は通信制に通いながら、コンビニでバイトしてる」

「それでお母さんの具合は?」

 一言に情報量が多かったけれど、まずそれが気になった。桃瀬さんのお母さんには何度か会ったことがあったから。

「脳梗塞の後遺症も残らなかったし、来年の仕事復帰に向けてリハビリ中」

 桃瀬さんの優しい微笑みに、ボクも肩の力が抜けた気がした。

 潮風が彼女の髪を撫でる。

「今日また会えて本当に嬉しかった」

「ボクも」

「私ね、お礼言いたかったんだ。白木くんのおかげで夢が叶ったから」

 桃瀬さんが一歩踏み出した。

「夢?」

「小説家になれたんだよ!」

 二歩目と同時に、ボクの眼前には一冊の文庫本が突き出された。

「八月発売のデビュー作。見本なんだけど、よかったら受け取って」

 言われるままに受け取って、手元の本と、さっきより近くなった桃瀬さんの顔とを交互に行き来させてみる。

「もうデビューなの?」

「そう! でも、高校入ってから小説書きはじめて、四作目でデビュー。私にとっては“やっと”かな?」

 何かを思い出すように夕日に視線を移した桃瀬さん。

「読書好きなのは知ってたけど、まさか小説家になるなんてね」

 次に目が合った時、彼女の瞳の奥に決意の色が見えた。

「白木くんとの時間があったから、決意できたんだよ」

 心臓が跳ねる。

「一緒に遊べたことは数えるほどしかなかったけど、一回一回の時間が濃くて愛おしかった。読後の感想を言い合ったり、次巻の展開を互いに考察したり。その中で物語の素晴らしさと可能性に気づかさせてくれたから」

 桃瀬さんの思いに呼応するように、全身が熱を帯びていく。

「だから、ありがとう」

 まっすぐな言葉が嬉しかった。

「ボクの方こそ、ありがとう」

 彼女との日々が脳裏を駆け巡り、その日その時の表情が克明に浮かび上がる。

 一滴一滴の積み重ねから一杯のコーヒーが出来上がるように、ゆっくりと心が満たされていく。

「大好きだよ、白木くん。あの頃からずっと」

 鼓動がうるさい。

 抱き寄せられたことに気づいたのは、桃瀬さんの心音も聞こえてきたから。

 予想しえなかった展開に思わず力が抜け、手に持った文庫本を落してしまった。

 彼女の潤んだ瞳から目が話せない。

 互いの熱が上がっていくのを感じながら、行き場を失ったボク両手は情けなくも宙で踊り続けていた。

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