p.21 灼熱ビーチと恋模様(ラブバトル)
ボクは、泳ぐ前から疲れていた。
都内某所のこの海水浴場まで片道二時間弱の電車移動に加え、このアホみたいな灼熱を天から容赦なく喰らえば誰もがこうなるだろう。よく「体が溶ける」なんて比喩するけれど、その比ではない。
電車内での女子たちの爆アゲなテンションをも凌駕するほどだ。
「あっ、拓哉こけた。痛そう」
ビーチパラソルの下、陽光に目を細めながらギリギリの視界が捉えたのは、おそらくはイケメンに分類されるであろう鳥水拓哉の情けない姿だった。
短く切り揃えられ、よく水を弾きそうな、晴れ渡る空色の髪の男子。見た目どおりの人気者で水泳部のエースだ。
パリピどもが女子と戯れたいからといって燥いだ天罰だろう。顔面直撃ざまあみろ。
どうせ、この後もビーチバレーとかするんだろう? 本当にボール遊びが好きだよな。
「どしたの? 白木くん」
クラスメイトたちの青春のひとコマに呆れた視線を向けていると、隣に座る華奢な女子に話しかけられた。
「いや、海に来たはいいけど泳ぐ気にはなれなくてさ。今更、あの輪の中にも入りづらいなと」
「確かに」
無感情に返す彼女の名は、茶柱 翠。
髪は抹茶色のミディアムショートで前髪をピンで分け、丈の短いタイトな黄色の水着を着ている。
「茶柱さんはここに居ていいの?」
「私、泳げないし。眺めてるのが楽しい。どうせ、昼から強制的に何かに参加しないとだろうし体力温存しとくよ」
「そうだね。泳ぎは教えるつもりでいるけど、あいつらから何か言ってくるまでは、ゆっくりしとこう」
「この前から何度か話してて思ったけど、苗字呼びじゃなくて『チャチャ』か『翠』って、呼んでもいいんだよ?」
確かに、茶柱さんとちゃんと話すようになったのはゴールデンウィーク明けから。この海水浴に向けての話し合いがきっかけだった。
「うーん、ボクは今のままがいいな」
「そっか。じゃあ、私もそのままでいくね」
生温い風が肌を撫でる。
「ところで、白木くんって誰かと付き合ってるの?」
ド直球ば質問に茶柱さんを二度見してしまう。心臓が跳ねる。
「いっ、いない…けど」
無意識に語尾が尻窄みになった。
「了解。その初心な反応は嘘ついてないね。これで、ひと安心」
満足げに言ってボクの顔を見た直後、
「あ、私じゃなくて友達の話ね。私は他校にカレシいるし」
そうバツが悪そうに付け加えた。
「もうすぐ全員休憩に戻ってくるだろうから、そこでジュースでも買ってくるよ」
「じゃあ、ボクも一緒に持つよ」
さすがに、一人で運べる量でではないし。
この海水浴はリンゴの発案で、彼女が男子五人を、ボクが女子五人を誘って実現した(桃瀬さんはバナナ経由)。結果的に合コンスタイルみたいになった気もするけれど、あくまで交流を深める場であって、この短時間でトキメキを覚える者などいないと思う。
数歩歩くと、いくつかの屋台から、ジャンクフードの食欲をそそる香りが漂ってきた。
「何飲みたいか聞いてあるの?」
「いや特には。コーラを四つ、メロンソーダを三つ、ウーロン茶を三つくらいが無難でしょ。 屋台で買うと割高だろうから、先に自販機探そう」
「メロンソーダって、自販機にあるっけ?」
「神のみぞ知る」
謎の捨て台詞を残して、茶柱さんは駐車場に向かっていった。
彼女に文字通りの行動力がある一面を初めて目にした。しかも速い。確かに徒歩で十五分くらいかかるので、急がないとまずい。
「おかえり…って、どこまで行ってたの?」
汗だくのボクたちを見て、目を丸くするリンゴ。
帰ってきた頃には、ほとんどがテントに戻ってきていた。男子二人は、後ろに見える海の家の縁側で延びていた。
案の定、自販機にメロンソーダ無し。サイダーに変更。
ジュース代合計、二四三〇円。
今にも腕が千切れそうだ。
休憩を挟んでビーチバレーがスタート。
ボクは、水泳部のイケメン・拓哉、バナナ、桃瀬さん、茶柱さんとチームに。
リンゴは、緋松、灰村、瑠璃野さん、桜馬と組むことになった。
負けたチームは勝ったチームに昼食を奢るとのこと。
「このチーム分け、誰が考えたの?」
組み合わせが意外だったのか、不満だったのか、チーム分けを聞いてバラけた後にリンゴが近づいて来た。
「拓哉と瑠璃野さんらしいよ」
瑠璃野芽愛。
妖艶な薄紫のロングに、百六十七センチの恵まれた身長を活かし、得点を量産するバレー部のアタッカー。所作の一つひとつに気品を感じさせる。
鋭い目つきのも相まって近寄りがたい雰囲気はあるけれど、人懐っこい一面もあるし、友達との交流も積極的な印象がある。
今日は髪色に似た瑠璃色のビキニの腰から、透け感のあるスリット入りのスカートを穿いている。
「拓哉くんと芽愛さんが付き合ってるってホントかな?」
「瑠璃野さんに聞いてみれば?」
この手の噂は信じない。妄想するのは楽しいけれど。
「うん、聞いてくる!」
そう言って、颯爽と彼女のもとへ駆けていく。相変わらずの行動力だ。
「何見惚れてんだ? 確かに蒼井さんは可愛いけどよぉ」
準備運動をしていると、赤髪ツーブロックの腹筋バキバキ球児・緋松がニヤつきながら話しかけてきた。
「別に見惚れてないよ」
「俺は、てっきり蒼井さんが好きなのかと」
ホントみんなこういう話好きだよな。
「じゃあ、ボク行くね」
その場から逃げるように――を気づかれないぬよう、何食わぬ顔で同じチームの和の中へと駆けていった。
スポーツに詳しい緋松によると、ビーチバレーには二人制と四人制があるらしいけれど、
公式ルールは気にせず、楽しくプレーするという総意に落ち着き、ボールだけをレンタルして常設されている簡易コートに全員が入った。
「白木、カバーいけるか?」
「OK! バナナ、頼む」
「任せろ!」
一見すると、胸元に布をぐるぐると巻き付けただけの長めのサラシのような黒トップに、白のホットパンツ姿のバナナが素早く跳躍した直後、破裂音が響く。
瞬間、ボールは相手のコートに急降下。砂を散らしながら着地した。
とてつもない破壊力だ。
その後、拓哉と桃瀬さん、ボクと茶柱さんのコンビネーションが決まり、二得点。早くも、三点リードとなった。
砂の抵抗にも慣れてきたところだ。
「鳥水くんがリズムを作ってる。なかなか良いチームね」
瑠璃野さんが敵意を目に宿し、ボクたちをゆっくりと睨む。まるで、次の標的を見定めるように。
「気をつけろ、純!」
「分かってる」
向き直るとリンゴと目が合った。
次のサーブは彼女から。
「黄蜂ッ!」
確実にポイントを取りに来たサーブをアクロバットな動きで掬いあげる拓哉。
バナナから、ボクへのトスがふわりと上がる。
「いけ!」
ボクは跳んだ。
空中で体を反らしバネになる。
そのままの威力をボールに乗せて地面へと放った。
決まった――と思った瞬間、
「!」
後方でヘッドスライディングのように飛び込んできたのは瑠璃野さん。
身を挺した見事な回転レシーブは陽の光を反射しながら宙を舞う。
「緋松くん!」
リンゴの正確なトスを速攻で叩き込んでみせたのは野球部の豪腕・緋松だった。
「よっしゃあぁぁぁ!」
人目を憚らず、豪快にガッポーズを決める熱血漢だ。
現在のスコアは三対一。
ボクたちがリードしているが、試合はまだ始まったばかりである。
「ももち、いける?」
「任せて!」
桃瀬さんのアタックが決まり、五対四。
二点のリードが相手チームに火を付けてしまったらしく、予想以上に瑠璃野さんがヤバい。
その後も接戦が続き、第一ゲームは十対八で辛くも勝利。
タイブレイクはなく、第二試合はすぐに始まった。
柔道部の灰村のトスに瑠璃野さんが合わせ、サッカー部の桜馬のレシーブを緋松が上げてリンゴに決められ、二点のリードを許す。
「気ィ取り直していこうぜ!」
拓哉が爽やかに士気を上げ、
「私と鳥水がアタッカー、チャチャはトスに専念。純とひなちはできるだけ拾って」
バナナの指揮で思いを一つにする。
まだまだ、ここからだ。
「灰村、よく拾った!」
「瑠璃野さんにビビるな」
「決めろ! 拓哉」
暑さに劣らない熱戦は、こうして約一時間続いた。
結果は二ゲームを先取したボクたちの勝ち。
「うおぉぉ~~~!」
拓哉とバナナが勝利の余韻そのままに海へと駆けていった。
食後はデザートを兼ねてのスイカ割り。くじ引きの結果、リンゴがその一刀を振るうことに決まった。
「縛りキツくない?」
「うん、ありがとう」
バナナが確認しつつ、白いタオルでリンゴに目隠しする。
友達が拾ってきた木刀を構えているビキニ姿の女子高生――というビジュアルは、なんだか新鮮である。
「何を見惚れてんだよ」
ひと泳ぎしてきた拓哉がねっとりと、変態丸出しの声で青い髪を掻き上げながら尋ねてきた。さっき緋松にも同じこと言われたな。
「見惚れてないよ。襲われないか心配はしてるけど」
「は? スイカと蒼井さんのアレ、見比べてたろ?」
「そんなことしてないから」
「即答しる時点で認めてるようなもんだよ」
そう言って、ニヤける彼を無視してスイカに目をやる。
本当に何を言っているんだか。水も滴る良い男が台無しだ。
「なぁ拓哉、リンゴの様子おかしくない?」
「確かに。これって、スイカ割りだよな?」
やっぱり、おかしい。
スイカでドリブルしながら、こちらに迫ってきている。
「あれぇ、スイカどこ?」
怪奇現象だ。
「バカか、お前は!!」
制止の術も見つからず、突進してくる彼女に思わず叫ぶ。
「白木、あとは頼んだ」
「止まれって!」
「あっ、純くんの声だ」
なぜ、木刀を振り回す!?
「誰だよ、方向指示したやつ?」
「みんな逃げて!」
瑠璃野さんの鋭い悲鳴で、その場はさながら怪獣映画のワンシーンと化す。
「やあぁぁっ!」
数秒後、気迫のこもった一刀を受け止めたのは決死で取り上げスイカだった。
真っ二つに爆ぜる。
頭上から滴る果汁。
果肉は上向きのまま見事に左右に弾け跳び、ボクを嗤うかのようにゆらゆらと揺れている。
見上げたリンゴは、腹から下半身を赤く染めていた。
目隠しのタオルが、はらり。
「海に来た時から、翠ちゃんと楽しそうだね」
「え?」
二人で見つめ合うカオスな時間は永遠にさえ思えた。




