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ボーイズコミックシンフォニー  作者: 荒木テル
Vol.1 毎日がバトル
20/22

p.20 過去と受賞歴

 一目惚れだった。

 いつも明るいといった感じではないけど、友達と楽しそうに話している姿が可愛らしい読書好きの桃瀬さん。

 童顔に、淡いクリーム色の眼鏡がよく似合っていた。

 ありきたりだけど気づけば目で追っていたし、日直が同じ日に並んで黒板を消している時間さえずっと続いてほしかった。

 もちろん、彼女を遠くから眺めていただけじゃない。慣れないメールで図書館に誘ったことがあった。桃瀬さんがどんな本に興味があるのか知りたかったから。

「今日は誘ってくれてありがとう」

 待ち合わせ当日、挨拶の次にお礼を言われたことが以外で、口数の少ない彼女自ら言ってくれたことが何よりも嬉しかった。

「ボクも今日はすごく楽しみ」

 自分でも驚くほど、前のめりな発言をしてしまうくらいに。

 今思えば、あれがボクの初デートだったといえなくもない。桃瀬さんがどう思っていたかは分からないけれど。

 それからボクらは季節の変わり目を合図のようにして、図書館デートを繰り返したのだった。

 傍らにいてミステリーを読んでいることが多かったので、三月の彼女の誕生日には図書館に入荷してなかった好きな作家の最新刊をプレゼントした。

「読んだら感想言うね!」

 確かにそう言って嬉しそうに受け取ってくれたのに、読後の感想を彼女から聞くことは叶わなかった。

 三月九日。

 誕生日から五日後に桃瀬さんが転校したから。


*


 バナナと話したせいで黒歴史が、車窓から見える景色より少し遅れて過ぎ去っていった。

 その当時、互いに口にはしなかったけれど、胸の奥に秘めた溢れんばかりの熱い想いが桃瀬さんにもあったと信じたい。とにかく、楽しかったから。

 このことは今後いっさい誰にも話さず、墓場まで持って行こう。これが遂行できた時、初めてボクの黒歴史は浄化されて笑い話へと昇華される気がする。

 これで、ボクの恋バナはジ・エンド。

 タイミングよく閉まった扉の音に振り返ってから、ボクは闇夜に吸い込まれていく。


 リンゴは、下書きを終えているだろうか?

 また机に突っ伏していないだろうか?

 明日は買い物に行くか。

 そういえば、「一緒に行きたい」って言われたことがあったけど、知り合いに会った時に気まずいから絶対嫌だ。

「ただいま」

 リンゴとの買い物を想像すると気が滅入るので食べたい夕食に切り替えて、無駄に重い玄関の扉を開く。

「おかえり」 

 香ばしく何かを焼く香りと音に混じって、すぐに返事が返ってきた。地獄耳か。

「漫画でも読みながら待ってて。もうすぐハンバーグできるから」

「夕飯作ってくれてるの? 帰ってきて自分でやるつもりだったのに、ごめん」

「何で謝るの? 私が好きでやってること。お仕事してきたんだから、家ではゆっくりしてればいいの」

 匂いに誘われて振り向くと、自然と目が合った。

「ありがとう」

 初めて間近で見るエプロン姿は新鮮で、手際の良さから見るにこの器用さは本物だ。

「もしかして見惚れてるの~?」

「違うよ」

 これ以上、リンゴのペースに乗せられないようにカラッと答える。

「ソースの味見する? 好みとかあると思うから」

「いや、楽しみに待ってるよ」

「じゃあ、あと10分くらい待ってて」

「分かった。調理ひと段落したら呼んで。テーブルの準備と配膳するから」

「ありがとう」

 軽く手を振ってソファーに寝転ぶ。

「あっ!」

 リンゴが何かを思い出したように、ニヤつき顔でボクを見てきた。

 その不気味さに、思わず狼狽えたような反応を示してしまったけど、決して動揺したわけではない。

「そこのホップとかの雑誌はエロ本みたいなしまい方しないでさ、読み終わったら棚に直しなよ」

「その例えやめろ」

 楽しみを半減させられた気分だ。

「取りやすいだけだよ」

 ソファー下から二冊を取り出し、ページを開ければ自分だけの世界が待っている。

 

 食事と風呂を済ませ、二人で机に向かい合う。

 リンゴは下書きのラスト三ページ。

 ボクは漫画を読んだり、好きだったキャラの模写をすることに。

 リンゴは三姉妹の描き分けに未だ苦戦しているらしく、なかなか次のコマに進めずにいる。

 でも、ボクから言えることは何もない。聞かれた時にしか動けない。特に表情に関していえば、自分の中にしか正解はないと思うから。

 リンゴが下書き一ページを描き終えるまで約三時間。

 ボクは三人のキャラの模写を終え、気まぐれで四人目のカラー塗りをしていることろだ。

「漫画はもう描かないって言ってなかったっけ?」

「言ったよ」

「私への当てつけかな?」

 なんで機嫌が悪いだろう。

「何故そうなる?」

「目の前で気持ち良いくらいにシャーシャーとペン走らせてさ、まだ全然描けるじゃん」

「最低限の画力は維持するようにしてるんだよ。絵を描くの好きだし」

「だろうね。カラーまで塗っちゃって」

「不貞腐れてんの?」

「違うよ。ペン入れから手伝ってほしいだけ。それだけ描けるのに活かさないなんてもったいないよ」

「楽したいだけでしょ?」

「いや、少しくらいいいでしょ? 私、純くんの本気が見たいの」

「まずは手を動かしながら描けるようになってから言いなよ。ボク、これ塗り終わったら寝るから。あと三十分くらいかな」

 時刻は二十四時を過ぎ、日付が変わっていた。

 リンゴが立ち上がる気配を感じて顔を上げると、タイミングよく目が合った。

「私お水もらうけど、なんか飲む?」

「じゃあ、ボクも水を一杯」

「これ貸しね。詳細はこれから」

 謎の捨て台詞を残し、踵を返すリンゴ。

「まぁ、飲みながら腹割って話しましょうや!」

「酒入ってんの?」

 キッチンから戻ってきて第一声がそれだったので反射で返す。

素面(しらふ)だけど?」

 水をボクの机に置いて、顔を覗き込んできた。

「何?」

 嫌悪感を隠さずに尋ねると、

「ちゃんと目を見てくれるようになったな~と思って」

「あっそ」

 本心なのか、馬鹿にしているのか、鼻をひくつかせなら嬉しそうに席に戻っていった。

「じゃあ、私の質問に答えてね」

「嫌だ」

「喋りながらの方が捗るんだって」

「描きながらならいいよ」

「余裕、余裕!」

「口より手を動かしなよ」

「好きな人は今まで何人いた? デート経験は何回?」

 ノールックで釘を刺してもノーダメージらしく、質問は矢継ぎ早に飛んでくる。

「答えたくない」

 帰り道でそう誓ったから。

「答えてよ。夜に恋バナしようとしたら寝てるじゃん!」

「リンゴがすぐ来ないのが悪い」

「そんなに早く私と寝たいの?」

「ボク、もう寝ていい?」

「じゃあ、答えて?」

 しつこい。

 その時の上目遣いがムカついて、数秒睨み合った。

「好きな人は一人いた。デートは五~六回」

 こういうのが一番面倒で時間の無駄だから、断片的に事実だけを答えていこう。

「フラれたの?」

「違う。告白する前に転校したんだよ。そっちは?」

「私?」

 自分に返ってくるとは思っていなかったらしい。

「彼氏は二人いたことあって、今はフリーだよ」

 一瞬の間はあったが、言い淀みなく返ってきた。

「マウント取りやがって」

「いやいや、正直に答えだけなんだけど。怖っ」

 確かにリンゴは悪くないが、思わず口をついて出てしまった。塗りの手も数秒止まる。

「もっと詳しく聞きたい?」

「いや、いい」

「じゃあ、次は私から」

「さっきから、ほぼ貴方からの質問攻めですけどね」

「これまでの受賞歴教えて」

「応募したのは中一~高一までの間に読切八本。その内、審査員特別賞、入選、準入選の順で三回入賞したよ」

「それって『少年ホップ』がやってるNFGに応募したの?」

 NFGP(New Face Grand Prix)は『週刊少年ホップ』主催の漫画賞で、本誌連載中の人気作家を審査員に迎えて毎月開催されている。

「うん」

「今度、読切読ませて!」

「気が向いたらね」

「純くんってさ、自分のことになると絶対すぐには『うん』って言わないよね」

「うん」

 ひと言返すと、ようやく静寂が訪れた。

「話変わるけど、明日のお昼くらいに一緒に買い物行こう。冷蔵庫の中、ほぼ空だし」

 たった十分足らずの。

「一人で行くよ。欲しいもの言ってくれれば買ってくるし」

「じゃあ原稿上がったら、水着選び付き合って」

 これには寝室へ向かう足を止めざるを得なかった。

「ボク毎回思うんだけど、なんで女子って毎年水着を買い替えるの?」

「それ漫画の読みすぎだよ。毎年じゃないし、気分じゃん?」

「そうかな?」

「うん。そんでこれに関しては純くんに拒否権無いから」

「は?」

「寝るなら、おやすみ」

 マジか、こいつ。

 案の定、ゴールデンウィーク中に脱稿するはずはなく、ペン入れは休日フル稼働で約一ヶ月半を要した。

 

 そして、脱稿から一週間後の七月九日を迎える。

 数年ぶりのショッピングモールだが、浮かれる気にはなれなかった。既に行きの電車内でリンゴの相手をするのに疲れきったから。ファションに詳しくないだよ、ボクは。

「あ、白木くんだ。久しぶり」

 フロアを行きかう人たちと目が合わないように向かいの店の看板を眺めていると、懐かしい声に呼ばれた気がした。

 振り返って確信する。

 桃色の髪に大きな瞳。

 眼鏡がコンタクトに変わり、髪と背丈が伸びても童顔のまま。

 ボクが桃瀬さんを見間違うはずがなかった。

 まさか想い人との再会が水着売り場だなんて、どんな神の悪戯だろうか?

「こんなところで会うなんて奇遇ですね」

「純、お前なんで女性用のとこに居んだよ!?」

 一緒に歩いていたのは金髪を派手に遊ばせたバナナこと黄蜂(きばち)と、その友人・小柄な茶柱さんだった。

「いや、ボクは…」

 なんで3人揃って??

 早く説明しな…

「次、これどうかな?」

 無常にも開け放たれたカーテンは、今や地獄行きの門に等しい。

「今じゃないって!」

「えっ?」

 最悪だ。

 ボクの心情なんてお構いなしに、季節はゆっくりと移ろっていく。

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