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商人と傭兵と殺し屋 怨み後篇


 昼から夜へ、徐々に暗くなっていく海辺。

 クロウは座り込んで、穏やかな水面に釣り糸を垂らしていた。


「あのハインツってのは通り名だ、本来の名はハーネス・クロイツ。

 外国の田舎から出てきた芋野郎だったが、どういうわけか今のギルドを建ちあげるに至ったらしい」


 先ほどからうんともすんともいわない釣竿を手に、ジッと海を眺めるクロウ。

 彼女の隣で、立ったままクロウの持つ釣竿から伸びた釣り糸の先を見つめていたアンソニーが告げた。


「ユーステス伯爵をはじめ、色んな権力者との交流を経て今となっちゃコルベニクとの一番大きな貿易ルートを仕切ろうとしてる」


 すると、遅れて釣竿とバケツを持って海辺に現れたヘルが首を傾ぐ。


「コルベニクったら、あの島国だろ? あんなとこと貿易して何貰うんだよ」


 アンソニーを横切り、クロウの隣に座り込むとミミズをつけた釣り糸を海に投げ込むヘル。


「あそこは一定の気候を利用して、年中香辛料がとれるからな……価値は間違いない」


「なるほどなぁ、それで爵位か」


 投げたっきり、ぴくりとも動かない釣り糸を眺めながら頬杖をつくヘルの方へ顔をクロウが、何か聞きたげに顔を向ける。


「ああ、爵位ってのはハインツの目標みたいなもんだよ」


 長い付き合いの彼女のことだ。

 表情に変化のないクロウの姿を見て何かを悟ったのだろう、すぐさま言葉をつづけた。


「貿易ルートを確保できりゃ、あいつは大きく国に貢献していることを讃えられて爵位を受け取るそうだぜ。

 ハインツ自身、そうやって勝ち組の仲間入りするのが目標だったみたいだしな。もし貿易ラインの利権をあいつのギルドが握っちまえば、晴れて成り上がり成功ってわけだ」


 その時、ヘルの垂らしていた釣り糸が動く。

 自分の竿に当たりが来たことに素早く気付いたヘルは慌てて立ち上がり、思い切り引き上げた。

 すると顔くらいはあろうという大きな魚が、吸い込まれるように彼女の胸へ飛び込んでくる。


「おっしゃぁ! 一匹目ぇ!」


 竿を持っていない左手で釣り上げた魚を握ると、ヘルは嬉々として大声をあげ、バケツの中へ魚を叩き込んだ。


「田舎から出てきたようなやつが今の世の中で成り上がろうなんて、当然ながら真っ当にできることじゃない。

 そこでハインツのギルドの裏を調べてたら、悪い奴らのパレードだったよ。中でも気になるのは、貿易ラインの利権を争って対立してる裏ギルドの奴らかな」


 子供のように飛び跳ねながら喜ぶヘルを横目に、アンソニーが口を開く。


「そいつら、ケツ持ちに外国で成果あげた傭兵団を雇ってるから生半可な連中じゃ太刀打ちできないだろうよ」


 アンソニーの話を聞いているのか聞いていないのか、クロウは竿を持ったまま逆の手で何やら懐をゴソゴソまさぐり始めた。


「はい、これ」


「契約書か、準備が早いな」


 ようやく懐から羊皮紙を見つけて取り出したクロウが、準備しておいたハインツ向けの契約書をアンソニーに手渡す。

 いつも見るものと何の変りもない文面に、相手が上り調子のギルド経営者ということもあってべらぼうに高い報酬金――――。

 だったのだが、それが気に入らなかったのだろう。アンソニーは、契約書に羅列された文字を読みながら顔をゆがめた。


「なんだこれ、一回で搾り取る気か?」


 眉をひそめるアンソニーの問いに、クロウは黙って頷く。


「冗談よせって、俺達が介入して対抗馬を潰せばハインツは確実に成り上がれる。こいつは継続的に搾り取っていくべき客だろ」


 彼ら歪み天秤の会には、二通りの客が存在する。

 単発で払えるだけの報酬を搾り取る単発客。

 それから、ユーステスのように今後多くの金を稼げる見込みのある人間から、何度も依頼を受けて継続的に搾り取る継続客。


 どうやらアンソニーは、今後成り上がる見込みのあるハインツを継続客として迎え入れるべきだと思っているようだが、クロウの見解は正反対だった。


「契約書には上も同意してる……出す契約書はそれ」


 話しているアンソニーではなく、またもや魚を釣り上げたヘルをジッと見つめるクロウ。

 完全に意見が対立してしまってる彼女に反論の一つもしてやりたい気持ちはあっただろうが、アンソニーは「上も同意してる」なんて話を聞いて言葉と感情をぐっと飲み込んだ。


「…………ほら、来た」


 刹那、三人とは別の足音が海辺に近づいてくる。


「殺し屋、本当に依頼を受けてくれるんだな」


 一匹たりとも釣果を出していない釣り糸を上げ、立ち上がったクロウの冷ややかな瞳が姿を現したハインツを映し出した。


「殺したいのは、誰?」


 ゆっくり問いかけるクロウ。

 彼女に続いて釣り糸を上げたヘルと、突っ立っていたアンソニーの目が、神妙な面持ちでやってきたハインツを睨む。


「今俺のギルドと貿易ラインの利権を争ってる裏ギルドがある。そこの経営者のケイン・リバーを殺してほしい」


「……わかった」


 アンソニーの手から契約書を強引に奪ったクロウが足を進め、それをハインツに差し出す。

 文字の読めるハインツは、契約書の中身を見るなり目を疑った。

 それもそのはず、そこ書かれていたのは自分の全財産に迫る勢いの金額。


「契約書に血印を押して、それで契約は成立する」


 淡々と話すクロウから契約書を渡され、何度も何度もハインツは契約書を見返した。

 こんなのは何かの間違いだ。いくら裏家業の人間とはいえ、こんなべらぼうなぼったくりをするはずがない。

 そんな思いとは裏腹に、契約書に羅列された文字が変わることはなかった。


「馬鹿言うな! こんな金払えるわけがないだろ!」


「じゃあこの話は終わり、帰って」


 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすハインツを前にしても、クロウは一切表情を変えない。


「ちょっと待てよ! ユーステスの時は、こんな額要求してなかっただろ!」


「あれは後金、前金としてしっかり相応の額をいただいた」


「にしても、これは高すぎる!」


 契約者を握りつしめ、物凄い剣幕で詰め寄るハインツ。

 すっかり暗くなり、月明かりを反射する海を背に一呼吸置いたクロウは、再び口を開いた。


「その裏ギルドは傭兵団がバックについてる……。

 多分、他の同業者じゃ受けてくれないその依頼を、安価で受けるわけにはいかない」


「それは……」


 思い当たる節でもあったのか、クロウの言葉にハインツは思わず言葉を喉に詰まらせてしまう。


「金が払えないなら帰って……払うなら血印を押して……」


 おそらく、これはチャンス。

 このままにしていれば、貿易ラインの利権は奪われて爵位を手に入れるというハインツの目標もまた振り出しに戻る。


 しかし、ここで最大の敵を潰せたのなら――。


「前金はこれだけしか持ってきてないぞ」


 しばらく考え込んだ後、息を呑むハインツは懐から銀貨を詰めた袋をクロウに手渡した。


「いいよ、仕事が終わったらきっちり全額いただくから」


 交換でもするように、今度は袋を受け取ったクロウがナイフをハインツに渡す。


「貿易ラインの交渉は四日後だ、それまでに頼むぞ」


 クロウがゆっくり頷いたのを確認すると、ハインツはナイフで自分の指を切り裂いた。

 指先から伝わってくる痛みに表情を歪めながら、溢れ出す血を広げた契約書に押し付けると、


「お前の依頼…………請け負った」


 クロウが抑揚のない口調で告げる。

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