商人と傭兵と殺し屋 晴らし篇
男が生まれたのは、今なお続く宗教戦争のど真ん中だった。
生まれてからすぐ両親は先立ち、戦争孤児となった彼。
拾われた先でウルカと名付けられた彼は、数多の捨て駒の一つとなる為だけに育てられた。
来る日も来る日も戦闘訓練。
そうやって鍛え上げた力だけが、いつしかウルカにとってはたった一つの生きる術となっていた。
最初は少年兵として、紛争地帯に投げ込まれてどれだけの歳月が経っただろう。
常に死が背後にまとわりついてくる環境の中で、いつしか大人になったウルカは、考えた。
「くだらない奴らに顎で使われて生きる人生。
力さえ利口に駆使すれば、俺はそんな奴らすら見下せる時代の勝者に成り上がれる」
そしてウルカは、敵も味方も関係なく捨て駒にされた兵士達をまとめ上げ、全員で戦線を離脱する。
西へ、西へ――――。
未だ見ぬ外国を目指した彼らが目にしたのは、自分達が生まれ育った紛争地帯とは一転して、平和ボケした人々が暮らす大きな国だった。
「俺達はこの国で、一旗あげる」
ウルカの言葉に賛同した彼らは傭兵団となり、いつしか国内では知る人ぞ知る裏社会の住人となっていった。
*
コルベニクとの貿易ラインを仕切るギルドを決める交渉の場が開かれるまであと一日。
当然、利権を狙うケイン・リバーと金で契約している傭兵団も、交渉の場での仕事を請け負っていた。
「やけに静かだな」
短く整えた銀色の髪をかき上げ、打ち合わせをしようとケインの邸宅を訪れたウルカは、異変に気付く。
女癖の悪いケインのことだ。いつもは金で買われた娼婦共がキャーキャー騒ぐ耳障りな声が聞こえるものだが、今日ばかりはウルカの耳にそれらは聞こえてこない。
「おい、周囲を見てこい」
自分がまとめる傭兵団の男達を一言で散らし、ウルカ本人も背負っていた槍を構えて邸宅の中へ入っていく。
(外苑を張らせてた奴らの姿も見えねえな……これだから家の中まで警備させろって俺は言ったんだ)
いやに静まり返った大きな邸宅。
ウルカの足音だけが、廊下に響き渡った。
「リバーさんよ! いんのかー!」
そうとは予想していたが、案の定返事はない。
「おーい! 返事がねーなら、いただくもんいただいて……」
大声をあげながら、ウルカが傍に見えた部屋に入ったその時、これの視界に椅子に縛られた死体が飛び込んできた。
首から上がもぎ取られている奇怪な死体は、身なりから察するにウルカの探していたケインだろう。
「こいつは……」
とはいえ、ウルカは幾多もの戦場に出向いてきた傭兵である。
死体なんて日常的に見ていて、たった一つの死体を見たところで特別何か思うものがあるわけではないのだが――。
「まだそんなに時間は経ってねえか」
ウルカが注目したのは死んでいる事実よりも、殺した相手の手法だった。
鮮やかに|痕≪のこ≫っている、首を両断した切り口。
上等な業物と達人の腕前がなければ、こんな風にはならず、まだ頭を切り落としてからそう時間は経っていない。
(ウチのよこした外苑警備だけじゃねえ、こいつのギルドの人間だってここにはいたはずだ……。
そいつら全員の目を掻い潜り、女もろとも消してこいつを殺した……)
閑散とした室内で、ウルカはケインの首がない死体を蹴り飛ばした。
すると、硬直した死体は容易く倒れ、地面に転がる。
「殺し屋ってとこか、随分手際のいい奴もいたもんだ」
殺し屋稼業なんていうのは、裏社会に身を投じていれば珍しい話でもない。
ウルカだって、傭兵団としてこの国に来てからは何度も殺し屋という日陰者達を見てきた。
しかし彼の覚えている限り、ここまで手際のいい殺し屋は知らない。
「ウチの大事な金ヅルを殺しやがったんだ、報復は受けてもらうぜ」
楽しそうに笑った後、ウルカは邸宅から出て傭兵団の仲間達を呼び集めた。
彼の呼びかけで、ケイトの邸宅の馬鹿でかい庭に集まったのはやはり先ほど散らした男達。
そこに、邸宅の警備を任せていた者は一人もいない。
「ウルカさん、中はどうでした」
男の一人が問う。
「殺されてたぜ」
「えっ!」
ウルカの言葉が、彼のもとに集った男達に動揺を走らせた。
「綺麗に首を取られてやがった、あれは間違いなく殺し屋の仕業だ。
依頼達成の証拠に首を外して雇用主のところに持ってくのが、連中の一般的なやり口だからな」
手にしていた槍を背にしまい、腕を組むウルカ。
「どうするんすか、雇用主が死んじまったんじゃ……」
動揺する男達の視線の先で、ウルカは決して動じなかった。
「この世界は嘗められたら終わりだ。
殺し屋の足取りは不明だが、そいつらを雇った奴なら大体想像はつく。
どんだけ優秀な殺し屋かは知らねえが、所詮はこんな生温い国で粋がってる野郎だ……真正面からやりあえば俺達の敵じゃねえ」
この国の裏社会で数年生きてきた経験から得た自信を手に、ウルカは仲間を集めて歩き出す。
停泊していた馬車を動かし、彼らが向かったのは以前雇用主のケインから聞いたことのある、ハインツが身を隠す家。
とてもじゃないが、コルベニクの貿易ラインの利権を争っているとは思えないほど、郊外に建てられたボロボロの家の中からは何やら物音が聞こえてくる。
「慰謝料は、しっかり払ってもらうぜ……殺し屋の雇用主さんよ」
そう小さく呟いたウルカが先陣を切り、ボロボロの家の扉を蹴破った。
中にいたのは、数個程度の袋に硬貨や宝石を詰め込み、逃亡の準備をしていたハインツ。
「よう、逃げるにはちっとばかし遅かったな」
愉しげに笑みを浮かべたウルカが、ハインツのもとへ詰め寄ろうとしたその時、
「いや、俺の思い描いた通りになってくれて、むしろ最高の気分だよ」
ハインツは笑った。
「なに?」
追い詰められたはずのハインツ。
しかし、そんな状況で気味悪く笑う彼を前にウルカは足を止めた。
「お前ら、ケイン・リバーのケツ持ちやってた傭兵団だろ?」
「だったら、雇用主を殺された俺達が報復に来たってのは分かるだろ?
殺し屋の雇用主さんよ」
「今は一刻を争うからな、頭の回る傭兵で助かった。
その通り、俺が殺し屋を雇ってケイン・リバーを殺すよう命じた張本人だが……その殺し屋というのが厄介な奴でな」
すると、ハインツは宝石がたんまり入った袋をウルカの足下に放り投げる。
「お前らの言い値で、お前ら傭兵団を雇おう」
「俺達を?」
「ああ、そいつは前金だよ。
ケイン・リバーが死に、お前達まで俺と手を組んでくれれば貿易の利権は間違いなく俺のものだ。
あいつのところで働いてた時よりも、多額の報酬をくれてやる……悪い話じゃないだろ?」
しばらく黙り込んだ後、ウルカは足下に転がっていた宝石を拾い上げ、小さく笑みをこぼした。
「仮契約なら、その話受けようか」
「仮契約?」
首を傾げたハインツの視線の先で、ウルカはゆっくりと頷く。
「俺達にだって雇用主を選ぶ権利くらいはあるさ。
お前が利権を握れなかったり、手を組むにふさわしくないと思った時には、お前を殺して全財産をいただく」
威圧的なウルカに内心嫌悪感は抱いたものの、今は一刻を争う状況である。
自分が下手に出てしまうような条件ではあるものの、ハインツは重たく頷いた。
「分かった、それじゃあ早速その前金分の仕事をしてもらうからな」
「なんなりと、新しい雇用主様」
互いに、何を踏み台にしてでも成り上がってやろうという思いを腹に抱えたまま、仮契約は無事成立したのだった。
*
その日の夜、またもやハインツが身を隠すボロ小屋に訪問者の影が二つ。
「寝てんのか?」
ケインの首を片手に、ボロ小屋の前に立ったヘルが呟いた。
「おーい、返事がないなら勝手に入るよ」
彼女の隣でアンソニーが何度か扉をノックしてみるが、返事は一切ない。
痺れを切らしたアンソニーの手が、無断で扉を開く。しかし薄暗い部屋の中には――――誰もいない。
それどころか、タンスなんかが無造作に開けられていて、荒らしたような形跡だって見受けられた。
「どうなってんだ、こりゃ」
一足先に部屋へ足を踏み入れたアンソニーに続き、ズケズケと室内に入ってきてはベッドのシーツをめくったり開いていないタンスを開けてみたりと、非道の限りを尽くすヘル。
アンソニーも、部屋の中を調べまわってみるが、ここにはハインツほどの男ならば持っていてもおかしくない硬貨や宝石類が見当たらなかった。
「どれも、手頃に持ち出せそうなものばかりが無くなってるな」
「おいおい、まさかハインツの野郎……」
薄暗い部屋で互いに顔を見合わせたアンソニーとヘル。
どうやら二人の考えることは同じだったようで、足早に部屋を出る。
「あんたらが、歪み天秤の会とかいう殺し屋かい?」
すぐにでもクロウに報告しようと小屋を出た二人の前に現れたのは、大勢の厳つい男達だった。
「どうした? 仕事の依頼なら、また後にしてくれると助かるけど……絶対そうじゃないよね」
どう考えれも、良くない状況にアンソニーはひきつった笑みを浮かべる。
しかし、その隣で状況を悟ったヘルは顔が歪むほどのあくどい笑みで、やる気満々と言わんばかりに首の骨を数度鳴らした。
*
同刻、海辺で夜釣りを楽しむクロウの背後からも、たった一人の彼女を取り囲むように大勢の男達がやってくる。
先日とは違って釣果をあげているクロウが、釣り上げた魚をその辺に投げ捨てれば、カラス達が我先にと打ち上げられた魚に群がった。
「歪み天秤の会とかいう殺し屋だな?」
自分達に気付いているのかいないのか、一切反応を見せないクロウに男のうちの一人が言い放つ。
「……ウチは報酬高くつくよ」
釣竿をあげ、肩に担いだクロウが立ち上がって背中越しに言う。
「殺し屋よ、お前さんも運が悪かったな。次に生まれ変わる時は足を洗うか、相手は選んだ方がいいぜ」
「依頼じゃないなら……帰って」
夜空に浮かぶ丸い月を背に、ゆっくり振り返ったクロウの無感情の視線が妖しく男達を貫いた。




