3・脅威!ハイダルマリク九十九騎士Ⅲ
どうせ役に立つまいと俺はバリアーを解除していた。
モチロン張らないよりは張っていた方がマシなのだが、なにぶん一度に扱える浮力には限界がある。浮力を用いる別の技を使うにはバリアーはリソースを割きすぎる。
浮力を用いる技には【滑折歪曲】や【ボヘ砲】の他にも多彩なバリエーションがあって、それを状況によって都度切り替えていくのが俺たちの戦い方となる。
例えば今やっているように、【滑折歪曲】とは反対に限りなく薄く広く、自分と相手のいる一帯に浮力を展開することで、領域内の動きの一切を感知して相手の挙動を予見できるようになる。つまり、
「いい、加減ッ、当たらん、かッ‼」
「ふっ、ひょい、よっ、ほォっ!」
繰り出される剣撃を華麗に回避することも可能というわけだ。
この技の名は【武闘舞踏】といい、これがあればこそ盾が破られようとも俺たちは戦える。いかにチート剣を振るってこようが当たらなければどうということは無い……‼
まあその一方で攻めあぐねてるんだけどな。恥ずかしいことに。
「おおオォオ!」
ヒュンヒュンヒュンヒュンと次から次に飛んでくる剣閃。
力強さは感じないが、手数が多く何より速い。
奴の得物は双頭刃だか両剣だかいう、柄頭と柄尻の両方から刀身が伸びているタイプの剣だ。
フィクションではよく見かけるんだけど、実用性の点でかなり怪しいんだよなあ。まあ一口に言えばロマン剣なんだが、遣い手に恵まれたロマン剣をあなどるなかれ。
上からの振り下ろしを避けたと思ったら次は下から刃がせり上がってきたり、あるいは連続で上からだったりと、もー忙しい忙しい。
や、まあ、タダの速さ特化の剣なら角一発ガツンで終わりなんだけど、厄介なことに『万物切断』チートを持っていらっしゃるのでロクに触れやしない。
無視してかいくぐるのもリスキーだし、とりあえず躱し続けるぜッ。
ほっ! ほっ! ホアアーッ ホアーッ
「チッ」
業を煮やしたローエンが横払いで俺たちを遠ざけ間合いを広げた。
どうした疲れたか。――いや、案外平然としているしそうでもないらしい。
「避けるばかりでつまらん。ほうれ、かかって来るといい」
奴は仏頂面でそう言って構えた。
フン、目論見が見え見えのスケスケだな。
俺が躱すことだけに集中していない瞬間ならば攻撃を当てきれるとでも思っているのだろう。フ、愚か者めが。とんだ大間違いだということを教えてやる。
本来ならば「どうか襲っていただけませんかマロゾロンド大統領」と言われなければ応じないところだが、特別に「いいだろう」と返してやった。
そして俺たちは、スゥ、と右拳を軽く前に突き出すように構える。
これは我が師直伝のリードパンチ――截拳道における最速縦拳である。
前世において我が師は二次元世界にお住まいであり、それゆえに多くを語らないお人であらせられたが、その生き様は俺に数々の知恵と心得を授け賜ふた。
「十兵衛先生、ご照覧あれ」
ボソリ呟き、グッと拳を握る。
拳といっても実体は豆腐なので、あくまで感覚的にだ。
そして俺は相手に語りかける。
「お前にこの拳が躱せるか」
豆腐は浮いてスライド移動している。すなわち、足運びに"前兆"がない。相手はこちらが間合いを詰めてくるタイミングが掴めないはずなのだ。
断言しよう。相手は俺がいつ攻撃するのか読めない。動き出してから対応するしかない。見てからでは対処が追いつかない。
――しかし、前言をひるがえすが例外もある。
先ほど倒した騎士の中には見てから躱しかけた超人が混じっていた、このローエンなるジジイも多分その類で、きっと反応しやがるに違いない。
だから、くどいぐらいに言う。
「お前にこの拳が躱せるか」
さあ襲い掛かるぞ。準備はできているかローエン!
「お前にこの拳が躱せるか‼」
今!!!
スイィッ 縮地のごとく間合いを縮める。
「ッハァ‼」
ビュオン! 期待した通りの恐るべき反応で、こちらが仕掛けた直後に逆袈裟に振り上げられた金属刃。反対側の柄から伸びる刃もまた、向かい来る敵を切り伏せるべく閃いた。
惚れ惚れするくらい綺麗なカウンター。これは殺ったと本人も思ったろう。
――だが、俺たちには届かない。
俺たちはまだ、間合いの外にいる。
時間の引き延ばされた思考の中、さも「何故だ⁉」と言わんばかりの奴の間抜け面を拝み、記念に脳内スクショを何枚か撮る。パシャパシャ。
テメーが間合いをはかり損ねたのは、俺の術にかかったからだ。
【武闘舞踏】でテメーの視覚を狂わせた。
俺たちがただずっと躱していただけだと思ったか?
お目目がポンコツだから気づかなかったんだろうが、テメーの目元の浮力密度を徐々に高めていき、疑似凸レンズを逆向きに形成、狂った遠近感に目を慣れさせてやったんだよ。テメーが心中でつまらんと嘆いている時にもシコシコ罠を張っていたわけだ。
それを俺が仕掛けると同時に解除した。遠くのものが急に近くに来たように見えたろう? だから見誤った。そして確信が外れた人間は硬直する。
「――発射」
リードパンチと偽って突き出していた右拳から放たれた高密度の浮力押打が、奴が振り抜いた直後の間隙を突くように――――ぶち当たる‼
動く視界はスローモーション。
奴の甲冑が中央からめきめきと凹んでいくのが分かる。
足が地面から離れて体は宙へと持ちあがり、少しずつ、少しずつ、高度を上げていく。
――が、まだ終わっていなかった。
どれだけタフなのか、奴は意識を保ちこちらを睨みつけ、苦痛に苛まれているだろうに口を動かそうとしている。遺言であれば聞き逃すわけにもいくまい。
「ト」
「ン」
「ト」
「ロ」
「ポ」
「ロ」
ギョッとなる。何故正体が見破られたのか。
「ラ」
ん? ラ?
「ン」
トントロポロラン?
「ス」
トントロポロランス。なんぞそれ と考えるヒマもなく俺の第六感が警鐘をリグディンドンリグディンディンドン。
奴の手に未だ握られている機械剣を注視する。
スローモーに進む体感時間の中にあって高速で駆動しはじめたそれは、またたく間に『剣』から『槍』へ変形し――――このまま放っておくと『飛来し俺たちの体を貫いた』とかいうオチが待っているに違いないので俺は「臨兵闘者皆陣列在前」真言を唱えるとシュッシュと九字を切り螺旋に回転する31の浮力矢を生成、マロゾロンドの右腕にまとわせるとそのまま天を突いた。
「ボヘ崩拳‼‼‼」
光陰矢の如し。てか矢そのものが凄まじいスピードでボヘッと放たれ、吹っ飛ぶローエンに追いすがり――――着弾!
「あッばァーーーー⁉」
ドウッと浮力爆発が起こり、奴の意識を刈り取ったのだった。
へっ、汚ねェ花火だぜ!
「「「おおおっ!!!」」」
何だ何だ、決着がついて感慨にふけようという時に。
声のする方へスイーと回転。なんだ、観客どもか。
「「「Wooooo!!!!」」」
ヤクでもキメたのか、急に猿のように沸きだした。
ああ、俺たちが天に突きだしたままの腕が図らずもガッツポーズになってるからか? ファンサービスをしたつもりは無いんだが、フッ、喝采を浴びるのも悪くないな。ドウモドウモー!
なにはともあれ、勝利は俺たちに微笑んだ。
ならばと俺もニッと笑う。あくまで感覚的に。
「勝ったよ……マナト、モグゾー」
空を仰ぎ、脈絡なく関係ない人たちに勝利を報告しおえた俺は、ふと疑問を覚えた。
豆腐戦士の持つエネルギー、浮力。
なぜ俺たち豆腐戦士がジェダイの騎士ばりにフォースを扱えるのだろう。
謎だ。
トウフ…………フォース…………。
…………。
『ス』ってさ、上下逆さまにして読むと『と』に見えね?
フォーと。後ろから読むと『とーォフ』。
「なるほど」
言葉に力が宿るとは、つまりそういうことらしい。
「フォースと共にあらんことを」
いろいろと満足したので、俺たちは帰るべき場所――冒険者ギルドへと足を向けた。
さらば演習場、さらばライオネスと愉快な騎士たち。
支部を同じくする先輩がたの少なくない歓声に見送られながら、俺たちはこの場からスイ~するのだった。スイ~。
「あ」
帰途についてケッコー経ってから俺は気付いた。
そういえばローエンの他にもう一人ライオネスのそばに立ってなかったっけ! やっべ完全に忘れてた。放置して帰っちゃったじゃん。彼泣いてないかな?
まあいっか。護衛全員倒したら誰が姫さま護衛すんのって話になるし。
あー、あと。メテスカテスとかいう機械剣、パクんの忘れてたわ……。
でも……いいや。そんな道引き返してまで欲しいものでもない。
今更感が強いしな。なあ、メテ、ユンデ。
[ᛋ・∀・] ぷる ぷる
ぷる ぷる [・∀・ᚘ]
マロゾロンドの右手と左手が震えて頷く。
機械剣の刀身に刻まれていた怨嗟のルーンと慟哭のオガムの模様を浮力にて完全把握していた俺たちは、右手担当と左手担当のたっての願いにより彼らの豆腐ボディにその模様を彫ったのです。同じ効果が得られるように願いながら。
するとどうでしょう。宙をその手でなぞると断裂がはしりました。
わはーい! こんなことってあるんですね!
ついでに、分かりやすい見た目になった右手担当と左手担当は団員ナンバー007と008、メテとユンデという安直だがカッコイイ名前を手に入れたのであった。
めでたしめでたしである。
なんだか力を得るたびに豆腐から離れて言っている気がしないでもないが、きっと気のせいだろうと思うことにした。




