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  作者: 涼暮月
3/13

死亡事故

 バイト帰り、都会の喧騒の中を歩きながら、駿は足早に駅に向かっていた。

 自由は良いことだと言う、それによって支えられる資本主義は最も洗練された仕組みだとも言う。

 駿は経済学の難しいことなどは何も知らなかったが、それでも、様々な経済主体が色々なものを生み出して消費者に提供することを悪いことだとは思っていなかった。

 それでも――たまに思う。絢爛豪華な大都会の裏では住居を失った人が他にやることがないかのように寝そべり、かろうじて職と住居がある人でも、希望を見いだせないまま虚ろな目をして働く。

 自由。そう、自由だ。貧困になる自由、わずかな賃金と引き換えに苦役に従事する自由、世の中には様々な自由があふれ返っている。

 自由の対極にあるのは――経済学の観念で言えば――保護という概念らしい。保護貿易という言葉くらいは、自由貿易の反対の概念として、駿も聞いたことがある。

 保護。そういう意味では西側では東側のことを揶揄を込めて統制社会主義と言うけれど、もしかしたら本当は保護社会主義なのかもしれないな、と思う。

 自由というのは何よりも尊いものだと言う人もいる。何よりも、の部分はともかく、その主張には駿もうなずける。けれど、過ぎたるは及ばざるがごとし、とも言う。自由を突き詰めることは良くないことなのではないのだろうか?


 駿がバイトを終えて家に帰ったとき、いつものように両親は家にいなかった。共働きで、いつも駿が帰ってくるのは遅いから、特段不思議には思わなかった。

 彼は家に帰るとリビングのソファでゆっくり座ってぼんやりとする。三十分ほどぼんやりとすると、母親が用意しておいてくれている夕飯をレンジに入れて温めて食べるのがいつものことだった。そして、食べ終わると皿を洗って授業の予復習にとりかかるのが日課だった。

 数学の復習をやっている時、不意に電話が鳴った。おっくうに思いながら、自分の部屋を出て階下に降り受話器を手に取った。

「もしもし」

「こちらは本富士署です。榊原さんのお宅でお間違いないですか」

「はい、榊原ですけど……」

 まさか警察から電話がかかってくるとは思っておらず、何の用かと不思議に思った。

 まず疑ったのは詐欺である。もし金銭にからんだことを言ってきた場合、それは詐欺だと思った方が良いだろう。そう思って、駿は心の中で身構えた。

「大変残念なお知らせなのですが、榊原隆志さんと奥様の美紀子さんと思われる方が交通事故で亡くなりました。至急署まで来て身元の確認をお願いします」

「えっ……」

 五秒ほど、電話の向こうで何を言っているのか分からなかった。段々と、相手の言っていることを理解しても、それが現実だとは思えない。

 いつの間にか電話は切れていた。とりあえず、まずは家を出て警察署に向かわなければならない。財布と学生証と、それに両親と自分のパスポートを一応手に持って家を出た。

 街灯がぽつぽつと照らす夜道を足早に歩いて行った。


 警察署についた駿は、そこで車に乗せられて市内の病院へとついた。そこで、横たわった両親と会った。

 二人で一緒にいたところを車ではねられたらしい。いつもは別々に帰ってくるが、今日はたまたまどこかで落ち合ったのだろう。

 はねた車は逃走中で目下捜索中らしかった。

「……間違いありません、両親です」

 駿は嗚咽交じりの声を絞り出した。警察や医師がお悔やみの言葉を述べているが、ほとんど耳に入ってこなかった。

 両親の死というのは衝撃的だ。高校一年生であれば普通は耐えられない。男子であっても泣きじゃくることもあるかもしれない。

 だから、駿は思う。

 どうして自分はここまで冷静なのだろう?

 駿は涙に睫毛を濡らしてはいたが、深い慟哭のような感情はなかった。自分の中のどこかが冷めているのを自覚していた。

 あるいは、心の一部は冷え切っているのかもしれないと思う。壁ができたあの日に、失ってはいけないものを失ったあの日に、どこかが凍りついてしまったのかもしれないと思う。

「……この後、両親はどうなるんですか」

 できるだけ悲しんでいるように聞こえるように、しかし、その実白々しく、駿は問うた。

「一応司法解剖して、特に問題がなければ御遺体はお返しするから、御親族の方と葬儀をするといい」

 病院までつれてきてくれた警察の人が、優しく言う。彼は心底駿に同情してくれているようだった。

 駿はそれにこくりと頷いた。


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